人妻では無かったらしい
角家で美味しい晩御飯をご馳走になった後、ふとスマートフォンを見た俺は不在着信があった事へ気が付き、着信履歴を確認すると――
「うおっ!? ……穴山?」
その着信履歴の数に、俺は思わず声を上げた。
着信履歴は穴山、穴山、穴山……全部、穴山将一の名前で埋め尽くされていた。まさに穴山フィーバー状態だ。
何事かと思った俺が透かさず掛け直すと、ワンコールで電話は繋がった。
「そ…壮太ぁあああああ!!」
歓喜にも似た穴山の悲鳴が耳を劈き、俺は危うくスマートフォンを落としそうになる。
「壮太!? 壮太なんだな? 壮太、壮太ぁあああ!」
ひぃっ?! な…何だ? 穴山のヤツ……狂乱してる?
穴山に何が起こったのかは分からないが、取り敢えず落ち着かせようと、俺は努めて冷静に問い掛ける。
「お…落ち着け、穴山。何があった?」
「何があったって、それは俺の台詞だっての! 壮太お前、今何処よ?」
「うん? 何処って……今は角さん家だが?」
「……角の家? 何でだよ!? じゃあ、坂梨達も一緒なのか?」
「ん? 何で美織達が……って、あー……そういう事か。美織から伝わってないみたいだな……」
事情を察した俺は穴山へ謝罪を入れつつ、角家へ来く事になった経緯を掻い摘んで話す事にした。
「――という訳なんだ。マジですまん、穴山」
「そういう事なら仕方ねーな。別にいいけどよ、俺は……」
芹ちゃんが体調を崩し角家へ運び込まれた事、その連絡を受けた俺が常石先生と一緒に角家へ向った事、その際、美織へ連絡を入れ、穴山への伝言を頼んだが、手違いで伝わっていなかった可能性がある事を説明すると穴山は溜飲を下げてくれた。
……というか穴山、全然怒らないんだな。偶にちょっとキモいけど良い奴だよ、お前。
「はぁ……しっかし、マジで焦ったぜ。俺以外の面子が次々と水族館から消えて、尚且つ、壮太にも電話が繋がんねーんだからよ。一瞬、皆が俺を置いて、今流行りの異世界転移でもしたのかと思ったぜ」
「そういえば、穴山……お前、この間、俺ん家で異世界転移モノの漫画を熟読してたな……」
「おぅよ。もし壮太が異世界転移したとして、俺抜きじゃ大変だぜ? だから、そん時はちゃんと俺も連れてけよ?」
尚も「俺はアタッカー……いや、タンクか?」などと、妙な事を口走っている穴山だが、これも俺達を待ち続けて味わった孤独故の反動なのだろうか。
まぁ……普通に寂しかったんだろうな。俺が「その時は当然、お前も一緒さ」と言うと、電話の向こうからスンと鼻を啜る音が聞こえた気がした。
「それじゃあ、問題は連絡がつかない女子達だが……美織と橋爪さんには俺から連絡を入れるとして、穴山は砂川さんへ頼むわ」
俺と一緒にいる常石先生の所在は判っているが、何故か所在不明となった美織達が心配な為、俺は彼女達へ再度連絡を取ってみる事にした。
美織と橋爪さんの連絡先は俺のスマートフォンへ登録してあるから、二人への連絡は俺から行うとして、砂川さんへの連絡は彼氏である穴山に任せようとしたのだが……俺の提案に穴山は無言で応えた。
「……穴山?」
返事が無かった為、俺が聞き返すと穴山は歯切れ悪く言葉を紡ぎ出した。
「……ん、んん~、わりぃんだけど、壮太。瑞穂への連絡もお前がしてくんね? 連絡先は教えるからさ……」
「は? 何でだよ……。砂川さんと喧嘩でもしたのか?」
「…………」
穴山は俺の質問へまたも沈黙を返した。静寂が漂う中、電話越しに水族館内の喧騒だけが、やけにはっきり聞こえてくる。
暫くの沈黙の後、穴山はバツが悪そうに切り出した。
「……瑞穂とは別れた」
「わ…別れたって……マジか」
予想外の告白に俺は唖然とする。
今日のWデートは穴山と砂川さんの仲を進展させる目的で企画したものだったが、まさかその最中に二人が破局する事になるとは……。
「穴山……悪かった」
俺は自分の短慮さを反省し、穴山へ謝罪の言葉を述べた。
「な…何で、壮太が謝んだよ?」
「もしかしたら、今日のWデート……砂川さんには負担だったのかもしれない。穴山と砂川さんの仲を進展させようと企画したデートだったが、砂川さんには些か性急に感じられたんだろう。その結果が――
「ちげぇ! そりゃ違うぞ、壮太」
皆まで言わせずに、穴山が俺の言葉を遮った。
「お前の所為じゃねー。それは絶対だ。だから、謝んなよ? な?」
「穴山……」
俺は出掛かった謝罪の言葉を飲み込み「分かった」とだけ応えた。だが実際、穴山と砂川さんの破局は俺のお節介が招いたものである可能性が高い。
穴山と砂川さんの温度差。それを埋める為に多少強引にデートへ誘ったまでは良いが、その後のフォローはあまり上手くいかなかった……というか、途中から普通に俺が楽しんでしまっていた気がする。
親友の恋路を応援するつもりが、別れさせる事になってしまい、落ち込む俺に穴山はこう言った。
「瑞穂、他に好きな奴ができたんだってよ……それに、俺も新しい彼女できたし」
「……何だって?」
飛び出して来た発言があまりにも予想外だった為、俺が訊き返すと、穴山は「ヘヘッ」と笑った。おそらく電話の向こうではドヤ顔を決めているに違いない。
「俺達が通学中によく見かける美人妻いただろ……実際は人妻じゃなくて、指に嵌めてたのは婚約指輪だったみてーだが、まぁ、何だ? その人が俺の彼女だ」
「いや、全く分からん」
穴山の言う通り、俺達は通勤時に駅へ向かう美人さんと擦れ違う事があった。そして、何度かその人が通学時の話題に上る事もあったが……穴山の彼女に? 意味が解らん。
「何かさぁ……運命、感じね?」
「いやいや、その人、結婚はしてないにしても婚約者がいるんだろ? ……まさか、寝取ったのか? 寝取ったんだな?」
運命だと……? はっ!? 此奴、寝取りし定めに生まれし間男“ネトリスト・オブ・ネトリート・デスティニー”か?!
な…何という事だ……友人達の恋路を応援する為に俺が催したWデートの裏側で、まさか当人たる穴山が人様の婚約者を寝取るという残酷な寝取物語が展開していようとは……。
おお……ダビデ様、お許しをぉ!!
「ね…寝取ったとか人聞きの悪い事言うなよっ! いくら何でもまだ寝てねーから」
「……つまり、時間の問題と?」
こ…こいつ、やはり野球部だな。(偏見)
股間に生やした熱り勃つ穴山棒でその美人さんのストライクゾーンにアレしてコレして、満塁ホームランをブチ噛ますつもりに違いない!
……ああ、甲子園が見える。(錯乱)
「は? そりゃ、いつかは……って、何言わせ――
「この間男めええええええっ!!」
親友がやはりネトリストであった事を確信した俺は通話ボタンを押し、電話を打ち切った。
穴山の新たな彼女ですが、実は6話「美人妻は赤信号」でチラッと登場しています。
非常に分かり辛い伏線でしたが、気が付いていた方もいたようで……ビックリ!




