良いお嫁さんになるね
大きな座卓を二つ繋げて、俺達は晩餐を囲む。
先程、俺は自宅へ電話をし、晩飯が要らない旨を母さんに連絡した。芹ちゃんの家には常石先生が連絡を入れたようで、晴れて俺達は角さんの家でご馳走に与る事となったのだが、畳の上に胡坐をかいて大勢で食事をする習慣が無い俺にとっては、角家の食卓は凄く新鮮に感じる。
一番の上座には角さん家のお祖父さんが座り、その近くに角さんのお祖母さんやお父さんが座っている。お母さんだけは料理を運ぶ関係上、俺の座る下座付近に……というか、俺の隣に座っており、ぶっちゃけ緊張を禁じ得ないのだが、俺が固くなっていたら、芹ちゃんにも緊張が移ってしまいそうなので、無理矢理に平静を装った。
「沢山あるから、ドンドン食べてね~、平くんっ!」
隣を向けば、ニコニコと満面の笑みを浮かべた角さんのお母さん――ジュリママが、俺の茶碗に大盛りのご飯を装い渡してくれた。
「あ…ありがとうございます」
緊張から震えそうになる手を気力で抑えつつ、俺は茶碗を受け取り、反対側の隣へ目を向ける。
そちら側の隣には芹ちゃんが座り、彼女の隣には常石先生が座っている。つまり、芹ちゃんは俺と先生に挟まれた形で座っているのだが、芹ちゃんは俺にピッタリと張り付いたまま離れようとしない。
お風呂上がりの芹ちゃんからは石鹸の良い匂いが漂ってくる。着替えは角さんのおさがりを貰ったようで、服からも柔軟剤が香っている。
「芹ちゃん、さっぱりして良かったね」
「うん。お兄ちゃんもシャワー浴びたんだよね?」
「うん、俺も使わせてもらったよ」
流石に汗臭いまま晩御飯の席に与るのは気が引けたので、先ほど、俺も角さん家のシャワーを借りた。
ちなみにジュリオくんは恥ずかしいのか俺と一緒にお風呂へ入らなかった。……まぁ、ジュリオくんもお年頃だし、色々あるのだろう。
「「「いただきます!」」」
俺達は手を合わせて食前の挨拶をした後、それぞれの食事に箸を伸ばす。
「……あ、すっげー美味い」
カンパチの煮付けを口に入れた俺は、思わず感嘆の声を漏らした。
それはお世辞抜きで美味しかったのだ。優しい味が口の中に広がり、俺は舌鼓を打ちながら煮付けを口へ放り込んでゆく。
「あら、あらっ! よかったわね~、ジュリア。頑張って作った煮付け、彼に大好評みたいよ~?」
何故か“彼”を強調して、ニヤニヤと笑うジュリママを見て俺は思う。
(この小悪魔な感じ……角さんにそっくりだ)
「ちょっ!? お母さん、余計な事言わなくていーってのにっ!」
顔を真っ赤にして憤慨する角さんを見て新鮮に感じる。
どちらかといえば、いつも揶揄ってばかりの角さんが揶揄われる側になってる……珍しいな。
「角さん、すっごく美味しいよ。料理、上手なんだね?」
「た…平まで……。その……別に上手とかじゃ……家、お母さんが料理できないから、仕方なくアタシがやってるってだけで……」
恥ずかしそうにモジモジと話す角さん。やっぱり珍しいな。
「あらっ? 私だってご飯は炊けるわよ?」
「いや、それ料理っていわなくなぃ?!」
角さんとジュリママのやり取りを微笑ましく見ていたところで、上座の方へ座るジュリパパから声が掛かった。
「どうだい、平くん。ジュリアは良い嫁になるとは思わないかな?」
「えっ?! はい、そうですね……?」
「――ぉ! そうか、そうか! ハッハッハ」
お酒を飲んで気分が良くなったのか、ジュリパパが豪快に笑う。そして、何故に嫁?
その時、服の裾をギュッと握られ、そちらへ視線を向けると、芹ちゃんが何か言いたげな瞳でこちらを見つめていた。
俺が小声で「どうしたの? もしかして、お手洗いかな?」と尋ねると、芹ちゃんは頬を膨らませてしまった。こっちはこっちで何故?
俺が首を捻ったところで、今度はジュリグランパ(お祖父さん)から声が掛かった。
「時に平くんや、農業をどう思うかい?」
「えっ、農業ですか? 素晴らしい事業だと思いますけど?」
「ほぅ! それはどうしてだね?」
「そうですね……農業の担い手が減ると、只でさえ低い日本の食料自給率が更に落ち込む為、全てを輸入に頼る事になり、食の危険が……とか、難しい問題もあると思いますが、単純に俺はビジネスとして農業は“有り”だと思ってます」
「ほぅ……ほう、ほう! 平くんは農家に興味があるのかね?」
「興味……と言えるかは分かりませんが、農家は供給より需要が勝っている仕事の為、やり甲斐と将来性を備えた仕事ではないかと思います……けど、えっと、何か……?」
そこまで言って気が付いたが、角さんの祖父母並びに父母が皆、満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。……いや、本当に何故?ちょっと怖いんだが?
「もう、お父さんも、お祖父ちゃんも止めてってば! 平、困ってんじゃん!」
俺が続きを言い淀んでいると、角さんが助け舟を出してくれた。だが――
「あらっ! 駄目よ、ジュリア。ここはガンガンいこうぜの精神で攻めないと――
「お母さん!!」
何が何だか解らないけど、角家の晩餐は初めから賑やかであった。
一点、隣に座る芹ちゃんだけが「駄目……絶対に駄目」とか「渡さないから」とか呟いていた事だけが気になったが。
「そういえば、平くんって手を怪我しているのよね?」
「えっ、はい。そうですけど……?」
農業に関する話が終わったと思ったら、次は俺の右拳へ巻かれたバンデージに気が付いたジュリママから話を振られた。
「ねぇ、ジュリア。利き手だったら大変だろうし、食べさせてあげたら?」
「ちょっ!? お母さん!!」
ジュリママの揶揄いに再び角さんが悲鳴にも似た叫びを上げた時だった。隣に座る芹ちゃんがズイッと俺の前に自身の体を差し込んで来て、箸でおかずを摘み、それを俺の口元へと運んだ。
「……あの、芹ちゃん?」
「お兄ちゃんには私が食べさせてあげるね? あ〜ん、して?」
いや、さっきまで普通に自分で食べてたんだけど――と、言おうとした俺は口を噤んだ。芹ちゃんから謎の圧力を感じからだ。
この感じ……偶に美織や橋爪さんから感じるやつに似てる……。
「わっ……わぁ、嬉しいな〜」
恥ずかしさを堪えて、芹ちゃんが差し出してくれたおかずを口に入れると、芹ちゃんは年齢に不釣り合いなほどに妖艶な笑みを浮かべて、俺の耳元へ囁いた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんには私がずっと……」
「あらあら、これは強力なライバルね〜」
いや、ジュリママ。呑気に笑ってる場合じゃないですよ?
何か角さんやジュリオくんまで複雑そうな顔してるし、それ以上に芹ちゃんが――っていうか、耳元で囁くのら…らめぇ〜!
「あ…あへぇ……」
(何か怖い! 何か怖いぞ、角家っ!)
壮太は耳がクソザコ性感帯な設定です。笑




