お風呂に入ろう
身動ぎをした芹ちゃんがゆっくりと目を開けて、身体を起こす。
まだ寝惚けているのか、眼を擦りつつ、ボーっと周りを見渡す芹ちゃんの視線が俺で留まった。
「あ、お兄ちゃん……」
俺に気が付いた途端、フニャっと頬を弛ませた芹ちゃん。俺は彼女の元へ歩み寄り、そっと髪に触れた。
「おはよう、芹ちゃん。体調は大丈夫?」
「うん、大丈夫! だけど……」
続く言葉の代わりに、芹ちゃんが視線を送った先では常石先生が笑顔を浮かべていた。
「どうして、明菜おばさんがここに?」
「ああ、それはね――」
俺と常石先生が角さんから連絡を受けて、芹ちゃんの元へ駆け付けた経緯を話すと、彼女は少し複雑そうな表情を浮かべた後「心配かけて、ごめんなさい」と小さく頭を下げた。
「でも、思ったよりも体調が良さそうで安心したわ」
常石先生が芹ちゃんの傍らに寄り添い、その小さくたおやかな手を握る。
手を握られた芹ちゃんが上目遣いで恥ずかしそうに俺を見上げたので、優しく微笑んであげると、芹ちゃんは先生の手を振りほどいて、俺にギュッと抱き着いてきた。
「あら……フラれちゃった」
そう言いつつ舌を出して笑う常石先生を見て、俺は思う。先生ならば、芹ちゃんの本当の家族になってあげられるのではないかと。
暫く俺に抱き着いていた芹ちゃんだったが、急にハッとした表情を浮かべて、俺から後ずさる。
「ん? どうしたんだい、芹ちゃん?」
少し距離をとって、もじもじとする芹ちゃんへ問いかけると、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。
「私、いっぱい汗かいたから……その、に…にぉぃとか……」
ああ、やっぱり芹ちゃんも女の子なんだな~と、俺が笑えば、少し剥れた芹ちゃんから抗議の目を向けられた。
「もう、お兄ちゃん……」
「ごめん、ごめん。でも、全然臭いとかしなかったよ? というか、実は俺も結構汗かいてて、むしろ俺が臭うかも」
実際、芹ちゃんからは子供特有の甘い匂いしか感じなかった。元々、体臭が薄いのだろうか?と、俺が考えていたら、芹ちゃんがポツリと呟いた。
「……お風呂、入りたい」
その言葉に角さんが待ってましたとばかりに反応する。
「だよねっ! お風呂入って行ってよ。そんで、ついでに晩ご飯も食べて行ってね。……よかったら、平とセンセも」
「えっ? 俺もいいの?」
角さんが満面の笑みで頷く。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
俺がそう応えると、何故か興奮気味の常石先生が再び芹ちゃんの手を握る。
「ねぇ、芹! 一緒にお風呂へ入らない?」
「えっ?! わ…私、一人で入れ――
「遠慮しないでいいのよっ!」
やけに張り切った常石先生が芹ちゃんを引き摺るようにお風呂へ連れて行く。引き摺られる芹ちゃんが瞳で「助けて」と言っているように感じたが、俺は軽く手を振って彼女を送り出した。
少しは元気が出てきたみたいだ。良かった。
「じゃあ、私はご飯の準備があるから」
そう言って部屋を出て行こうとする角さんを呼び止める。
「角さん、芹ちゃんの事、ありがとう。それと、本当に良かったの? こんな大人数で」
「良いの良いの。家、元々から家族多いし、皆、賑やかなの好きだしね~」
ひらひらと手を振りながら、去っていく角さんの背中にもう一度「ありがとう」を告げる。
さて……これで部屋に残されたのは俺とジュリオくんの二人のみなのだが――
「ジュリオくん、芹ちゃん達がお風呂出たら、俺達も一緒に入ろっか?」
「えええっ!? ぼ…僕と平さんが一緒にぃ?!」
「う…うん。男同士だし、家族が多いなら、お風呂の待ち時間も長くなっちゃうから――と、思ったんだけど……?」
「ぅ……はい。そ、そ、そうなんですけど、けど……」
ジュリオくんがやけに顔を赤らめてアワアワと狼狽える。
「その、流石に嫌……だよな。ごめん」
「そんな! 嫌じゃないですよ?! ですけど、あの……えーっと……」
「やっぱ、アンタら二人、ちょい怪しくなぃ?」
「「――っ?!」」
突然聞こえた声の方へ俺とジュリオくんが同時に視線を向ければ、そこにはエプロン姿の角さんがニマニマと悪戯な笑みを浮かべて立っていた。
……変な誤解、やめてね?
壮太×ジュリオくんの「アッー!」な展開はありませんよ……たぶん。汗
ジュリジュリ姉弟を登場させると、書いていて和みます。




