肉食系女児ですか
なんと……レビューをいただきました。
素晴らしい神レビューにただただ感謝です。感激だ……。
良かったら、そちらも一度チェックしてみて下さいませ。
放課後、図書室で日課の勉強を終えた俺は、図書室に備え付けてある時計を見る。
時刻は18時少し前。今日、橋爪さんは図書室に顔を出さなかった。
部活に所属していない彼女は大抵、放課後は図書室で本を読んでから帰るのだが、来ない日だってある。
遂に誰かに寝取られたか?と密かに思った事は内緒だ。
俺はそれ以上気に留める事もなく帰路に着いた。
部活に青春を掛ける若人達の声が運動場から聞こえてくる。
金属バットでボールを打つ甲高い音と、その後に「穴山、何やってんだ」と野球部の顧問が激高する声が聞こえてくる。
穴山の奴……エラーでもしたのか?確かアイツはファーストだったな。取りこぼしか?
心の中で穴山に「ドンマイ」と声援を贈ると、俺は学園の正門を後にする。
季節は夏。もうすぐ夏休みだ。
夏特有の濃い朱色の夕焼け空を見上げると、朱に染まった入道雲がゆっくりと動いていた。
俺は生温い夏の風を感じつつ、軽く目を瞑り、蝉の鳴き声に耳を傾ける。
(偶には一人で帰るのも悪くは無いな。)
そう思った俺は、少し遠回りをして家に帰ってみる事にした。
いつもの通学路を逸れて、住宅地に入り込む。夕日に染まった家々を眺めながら歩くと、小さな公園が見えてくる。
(この公園……小さい頃に、俺と美織が遊んでた公園だな。)
懐かしく思った俺は、少し公園を覘いてみる事にした。
寂れた公園。誰もいないと思って覘いた公園には先客がいた。
夕暮れの中、一人でブランコを漕ぐ少女。小学生だろう……ブランコの脇に色褪せたランドセルが置かれていた。
今は夏なので、18時くらいまでは日が出ていて明るいが、もうじき日も沈む。
小学生が公園で一人。普通に危ないな。
「おーい、ランドセル・ガールよ。どした?」
放っておいて、明日の新聞に少女誘拐の記事が載っていると気分が悪いので、俺は声を掛けてみる事にした。
少女はゆっくりとこちらを見て……目を見開いた。
虚ろだった少女の瞳に光が宿り、目尻から涙が零れる。
(え……?ヤバッ!変質者と思われた?!)
動揺して後ずさった俺に、少女はブランコから降りて一歩近づく。
頬を伝う涙をそのままに、少女は口を開く。
「……パパ?」
「はい?」
パパ?パパって何だ?パパイヤの略か?パパラッチ、パンチパーマ、パパス……他に何がある?
俺の混乱を他所に少女は俺ににじり寄ってくる。
「パパなの?」
にじり寄ってくる少女に、公園中央にあるトイレの壁まで追い詰められた俺は、為す術なく“壁ドン”される。
(いや、マジで何、この状況!ランドセル・ガールに俺がNTRされそうなんですけど?!)
少女はじっと俺の瞳を見つめたまま、何も喋らない。ただ、クリクリとした大きな黒い瞳が俺を覗く。怖っ!
そこで、俺はある考えに思い当たる。
パパ、それはつまり“パパ活”の事ではないかという事だ。
最近、小学生がお金欲しさに自分の下着を売ったり、パパ活したりする事がある。(主にフィクションで)
きっと、この子は俺をパパ活のターゲットとして捉えているのだろう。
しかし、残念だったな。少女よ!高校生の俺には金が無い。
「俺、300円しか持ってないぞ。」
事実だ。俺は毅然とした態度でそれを告げた。
その言葉に少女は小首を傾げた後、「私は120円だけ」と呟いた。
何て事だ……自販機でジュースも買えないじゃないか。
根本的に何かが噛み合っていないと感じた俺は、ブランコに腰掛けて、少し少女の話を訊いてみる事にした。
少女の名前は道野辺芹ちゃんと言うらしい。
家は近所で、いつも母親が帰宅するのをこの公園で待っているそうだ。
その理由を聞いて俺は愕然とする。
芹ちゃんが公園で母親の帰りを待つ理由、それは「本当のパパじゃない人が家にいるから」らしい。
そして、その本当のパパは交通事故で亡くなっていた。
この近所で飲酒運転の車にサラリーマンが轢かれて亡くなったというニュース。数年前に聞いた事がある。
もし、そのサラリーマンが芹ちゃんのパパであるならば、本当のパパじゃない人とは、母親の彼氏か再婚相手かだろう。
まだ幼い芹ちゃんには、受け入れがたい問題だ。
……かと言って、俺が口を挟める問題でもない為、俺には黙って芹ちゃんの話を聞いてあげる事しかできない。
「さっき、お兄ちゃんを見た時、パパが帰って来たかと思ったの……。」
芹ちゃんは寂しそうにそう呟いた。
小さな身体が夕焼けの中、小さく揺れていた。
それを見た俺は「ちょっと、待ってて」と彼女に告げて、自販機でジュースを2本買い、1本のプルタブを開けて手渡す。
もう1本のプルタブも開けて、俺がそれを飲むと、芹ちゃんは「ありがとう」と呟いた。
「俺は300円持ってるからね。」
そう言って、芹ちゃんに微笑みかえると、再び彼女の頬を涙が伝った。
しばらく、ブランコで芹ちゃんの学校の話などを聞いていると、公園の前を一台の車が通りすぎた。
その車を見て芹ちゃんはブランコから立ち上がる。
「ママ……帰って来たみたい。」
待っていた母親が帰って来たというのに、芹ちゃんは相変わらず寂しそうだ。
そして、母親にも何か違和感を覚える。
いつも芹ちゃんがこの公園で帰りを待っている事を知っているのなら、せめて車から降りて迎えてやれよ……。
家に向かって歩き出した芹ちゃんの小さな背中を見て、俺はやるせなさを感じていた。
振り返って「バイバイ、お兄ちゃん」と寂しげに笑う少女に、俺ができる事など、たかが知れている。
だけど――
「芹ちゃん、明日もこの公園に来てもいいかな?」
そう言った俺の言葉に振り返った芹ちゃんの目尻から、再び涙が零れた。
「うん。お兄ちゃん、また明日!」
少女は手を振りながら去って行く……本当のパパの居ないその家へと。
少女の正体とは……?