傲慢な要求
最後に一礼をしたドルフィントレーナー達へ拍手が贈られ、イルカショーが閉幕すると同時に観客達、特に子供は大喜びでイルカプールの方へと駆けて行く。
これから始まる“イルカ触れ合いコーナー”で、実際にイルカへ触れられる事が嬉しいのだろう。
「平くんも、イルカに触って来たら?」
先生の言葉をどこか遠くへ感じながら、俺は苦笑いを浮かべた。
確かにイルカの触感には少し興味がある。以前、番組でイルカの触感を例えるとナスのようだと聞いた事があり、実際にはどうなのかと触ってみたい気持ちもなくは無いのだが――
「流石に今、子供達に交じって触りに行くのはちょっと……。」
イルカと戯れる子供達の弾んだ声が聞こえる。
(芹ちゃんも連れて来てあげれば良かったな。)
明るい表情を浮かべる子供達を見ている内に、俺は芹ちゃんの事を思い浮かべていた。
今でこそ、満面の笑みを見せてくれるが、出会った当初、芹ちゃんはいつも寂しそうな表情を浮かべていたように思う。
涙を堪えながらも健気に笑う彼女を見て、俺は何かしてをあげたいと思い、せめて寂しさを紛らわせてあげようと、放課後は彼女と一緒に公園で母親の帰りを待つ事にした。勿論、防犯的な意味で心配だったという理由もあるが、それを差し引いても、俺は芹ちゃんを放って置けなかったのだ。
理由は解らないが、初めて会った時から俺は芹ちゃんの事が気になっていたのだと思う。
「何だか、複雑な表情を浮かべているみたいだけど……。」
下から覗き見るような常石先生の視線に、俺はふと思う。
芹ちゃんの身内である先生ならば、道野辺家の家庭問題を解決に導く事が出来るかもしれないし、彼女の心に寄り添ってあげる事も可能かもしれない。
(じゃあ、俺は……?)
常石先生は良い先生だと思う。芹ちゃんの事は彼女に任せても問題は無いだろう。……だが、俺はそれで良いのか?
全てを先生に任せたまま、安心して転校して行けるのか?
――無理だ。だって、芹ちゃんは俺の……。
「先生、俺に道野辺家の家庭事情へ首を突っ込む権利を下さい。」
「えっ?!何、突然?」
驚く常石先生を見据えたまま、俺は懇願する。
「一介の高校生……ましてや部外者でしかない俺ですが、芹ちゃんを放って置けないんです。少なくとも翠さんと話をする場を設けて貰えませんか?」
「……どうして、そんな事を?」
先生からすれば、尤もな疑問だと思う。
道野辺家の家庭問題は赤の他人が首を突っ込むには複雑過ぎる。逆に問題を大きくしてしまう可能性もある。だが、それでも俺が介入しようとする理由は自身の“勘”という不確かな根拠によるものだ。
芹ちゃんが言う“本当のパパじゃない人”が真面な人間であり、彼女を愛してくれる人間であれば問題は無いのだが、もしその人物に後暗い事情があったのなら?
芹ちゃんと母親との関係の改善を先生に任せて転校した後、万が一の事態が起こったら?
仮にその懸念が当たっていたとしても、俺にそれを解決できる道理など無いが、どうやら俺は自分が思っていた以上に傲慢な人間であったらしい。
「結局は只の自己満足……なんでしょうね。俺は決して高尚な人間ではありませんから。……それでも、俺に口を挟む権利を貰えませんか?」
「………。」
神妙な顔付で黙っていた先生だったが、ふと顔を上げて、俺を見据えた。
「もしかして……平くんって〇リ――
「違いますよ!?」
締まりの無いやり取りになったなと、俺が脱力した時だった。俺のスマートフォンが震え、着信を知らせる。
ディスプレイに表示された名前は「角樹里亜」、俺は通話ボタンを押す。
「あ、もしもし?」
「あっ、平?アタシだけど。ねぇ……今から、アタシん家に来れない?」
「え?角さん家に?」
「うん。その……芹ちゃんがちょっと大変な事になってて。あ、怪我の具合が悪いなら――
「芹ちゃんが?!いや、大丈夫。直ぐに行く!」
すみません。しばらく、シリアス回が続くかもしれません。




