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事実と懸念

 水飛沫を上げながら高くジャンプしたイルカに会場が沸くと、俺も合わせて拍手を贈りながら、隅の席へと腰を下ろした。

 隣には常石先生が座り、同様にイルカとそのトレーナーへ拍手を贈っている。



 ひとしきり拍手を贈った後、先生が口火を切った。


「悩んでる事、聞かせてくれる?」


「はい。じゃあ……。」


 居住まいを正した常石先生の姿に、少し気後れする。

 何故なら、俺が今から先生へ相談する内容は恋愛相談……では無く、ましてや俺自身が抱える問題でも無い。更に言えば、一介の高校生に負える問題でも無い、他人の家庭問題だからだ。

 そして、それは先生が俺に望む“お悩み相談”からは少し外れたものとなるだろう。



「実は、俺には仲の良い小学生の女の子がいるのですが……。」


「えっ?あ……うん。」


 今、明らかに目が泳いだな!

 小学生女児と仲が良い事をイコールで〇リコン疑惑へ結びつけるの勘弁して下さい。(涙目)


「その子、あまり家庭が上手くいって無い……というか、家庭に居場所が無いみたいなんですよね。」


育児放棄(ネグレクト)されてるかもしれないって事?」


「いや、正直、俺も詳しい事情までは分かってはいないので、ネグレクト……に該当するレベルかどうかを、俺には判断できませんが、少なくともその子が母親から大切にされてるようには思えないんですよ。」


「……大切にされてない?」


「はい。例えば、買い物がしたいと言ったら、万札を数枚渡して一人で買いに行かせるだけだったり、夏祭りなどのイベントへ殆ど連れて行って貰った事が無かったり……何より、()()()()()()()()()()が家にいる事がその子の精神的苦痛(ストレス)になっているようで、母親が仕事から帰宅するまで家に帰りたがらないんですよ。」


「本当のパパじゃない人がいるって……まさか、ふ…不倫?」


「あー……いえ、そこは母子家庭なので、男性はその子の母親が再婚する予定の彼氏?みたいなものだと思います。」


「そう……母子家庭なの。」


「はい……。父親とは死別しているそうです。」


「っ……!死別……。」


 死別という言葉に強く反応した先生が瞳が揺らす。

 もしかして最近、身内の死でも経験したのだろうか……?


 居た堪れない空気の中、暫く無言でショーを眺めた後、俺は口を開いた。


「その子、芹ちゃんって―― 

「は?えっ?せ…芹ちゃん……?!」


 芹ちゃんの名前を出した瞬間、常石先生が狼狽えたように目を見開いた。


「……もしかして、その子は道野辺芹って名前じゃないよね?」


「えっ?!」


 先生が芹ちゃんのフルネームを口にした事で、今度は俺が驚きの声を上げた。


「先生、芹ちゃんを知ってるのですか?!」


「え…ええ。道野辺芹は私の姪よ……。」


「姪……という事は?」


「その子の母、道野辺翠、旧姓で常石翠は私の姉にあたるわ。」


 マ…マジか。こんな偶然、あんだな……。

 これがドッキリじゃなくて、現実だっていうのだから、事実は小説より奇なりって言葉が出来た訳だ……。


 しかし、この事実は俺にとって僥倖だと言っていい。

 何せ、一介の高校生、ましてや赤の他人である俺が道野辺家の家庭事情に口を挟む事は難しいが、身内である常石先生ならば、そこに突っ込む事が許されるはずだ。


 どうやって芹ちゃんと母親の間に介入するかを考えていたところだったので、正直、助かった。



「お姉ちゃん、どうして……。」


 表情を曇らせた先生の呟きは、再び沸き起こったイルカショーの歓声に搔き消された。


「その、芹ちゃんのお母さん……先生のお姉さんは、どんな方なんですか?」


 自分で質問しておいて何だが、問いが抽象的すぎたようだ。

 応えに困った常石先生が苦笑いを浮かべた。


「美人で自慢の姉……だったのだけど、最近、実家に寄り付かなくなってから会ってないのよね。」


 目を伏せた先生が「それに……」と続ける。


「その“本当のパパじゃない”男性が良い人だったら問題ないのだけれど、お姉ちゃん、あんまり人を見る目がないっていうか、えっと……。」


 歯切れ悪く口籠る先生の言葉に、俺は察する。

 おそらく、芹ちゃんのお母さんは熱しやすい……言わば、惚れっぽい人間なのだろう。


 人はフェニルエチルアミンが脳内で分泌される事によって“恋に堕ちる”という。


 この脳内ホルモンはドーパミンなどの他の脳内ホルモンの分泌を促し、胸を高鳴らせる“ときめき”や胸を締め付けるような“切なさ”を演出するのだが、同時に脳を一時的に()()()()()事も知られている。


 恋は盲目という言葉があるように、フェニルエチルアミンが大量に分泌されている間は、相手の悪いところすら愛おしく感じるものなのだが、問題は分泌量が多すぎると理性的な判断が出来なくなってしまう事だ。


 故に惚れっぽいという事は時に理性や合理性を欠いた判断をしてしまいがちであると考えられるのだ。

 無論、惚れっぽい性格の人が皆、フェニルエチルアミンを多く分泌しやすい人であるという訳ではないだろうし、盲目的に恋しながらも理性的な判断を下す事のできる人はいるだろう。だが、俺は惚れ症である事がネトラレリスクを上昇させる危険因子(ネトラレ・ファクター)であると考えている。


 聞けば、芹ちゃんの母、翠さんは美人であるとの事。美人で惚れ症……もしかしたら、翠さんは相当なネトラレリスク偏差値を誇るのではないだろうか?


 ……となれば、芹ちゃんの言う()()()()()()()()()()って、まさか……な。

その懸念が杞憂でなかった場合、壮太は……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 脳生理学にまで手を伸ばしていたこのNTRアドバイザーはとどまるところを知らない……。 [一言] 普段は過剰に反応してるNTRレーダーだけど、今回はその懸念が的中してて、さあ壮太どうする………
[一言] 予想より早く情報共有ができてよかった… 西洋は血統が最重要視されましたけど 日本は家系が最重要視された文化でしたからね… 現行法も子供を一番に守るためという建前はわかるけど そのために托卵…
[一言] >つくづく日本は托卵に甘い国だといえる そうなのでしょうね、日本は血よりも家を大事にする国と言われてますから。 ナーロッパでは、よく養子が家を継ぎますが、 実際の中世ヨーロッパでは、養子が…
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