美人妻は赤信号
何故か頬を少し赤らめた美織といつもの通学路を歩いていくと、これまたいつもの地点で穴山と出会う……が、いつもと違い、今日の穴山は近寄っては来なかった。
(もしかして、昨日の事、気にしてるのか?殊勝な奴だな。)
そう思いつつ、隣を歩く美織の表情を盗み見る。
昨日と違い、今日の美織は気不味そうな顔をしていないので、俺は大丈夫だろうと思い、穴山に声を掛けた。
「おはようさん。穴山、今日も浅黒いな。」
「お……おう。おはよう、壮太。」
少し躊躇いがちに近寄ってくる穴山に軽く手を上げて迎え入れると、穴山はその焼けた肌から白い歯を覗かせて微笑んだ。
「今日も立派に黒光りしてやがる。さすがは野球部。」
「おい……壮太。その言い方やめろ。」
しかめっ面で抗議の声を上げた穴山を軽く無視して、三人で通学路を歩き出す。
何だかんだで、俺は穴山の事を警戒しつつも友達だと思っている。
できれば、これからも付き合っていきたい。そして、それは美織も同じだ。
異性の幼馴染で美少女……ネトラレリスクフルの美織だが、顔が可愛いだけではなく、何気に優しいところや、家庭的なところも知っている。普通に良い奴だ。
だから、あくまで仲の良い異性の友人として、これからも付き合って行きたいとは思っている。
「なぁ、壮太。見てみろよ。」
他愛のない会話をしつつ、通学路を歩いていると、突然、穴山から腕を突かれ、彼が指差す方向に目を向ければ、なるほど……かなりの美人さんが駅の方角へ向かって歩いていた。
オフィスレディーなのか、スーツに見を包んだその姿は“できる”キャリアウーマン風だ。
俺がその美人さんを観察していると、美織に袖を掴まれた。
美織の方を向けば、彼女はジト目でこちらを見上げている。何だ?フラストレーションか?
「大人の女性もいいよなぁ……。」
そう呟く穴山。俺はそれには同意しない。
何故なら、女性の指には指輪が嵌められていたからだ。つまり彼女は人妻……美人妻だ。
美人妻といえば、上司に寝取られるのが鉄板か?同僚とか後輩も危険だな。
「でも、指輪嵌めてたな。ちぇ……人妻かよ。」
さすが、穴山だ。目ざとい。それでこそ間男の素質ありと、俺が認めた男だ。
だから、俺は穴山の肩を叩き、こう言おう。
「人妻だからって、それを気にするお前じゃないだろ?むしろ、逆に興奮する質じゃないのか?」
「は……ちょっ!お前の俺に対する評価どうなってんだよ?!」
焦る穴山に美織が白い目を向ける。ドン引きしているようだ。
しかし、何を焦っているんだ?穴山は。
野球部といえば、その下半身のバットを使って、ベッドの上で寝取り無双する事ばかりを考えている連中の温床ではないのか?(完全に偏見です)
『へへっ!俺のコイツでお前の○○○にストライクだぜ!』
俺は脳内で、全裸の穴山が下半身のバットを振り回し、甲子園へ昇り詰めていく様を想像して、顔を顰めた。
そして、美織と二人で穴山から少し距離を取る。
「お…おい。壮太?……坂梨まで……酷くね?」
その後も暫く三人で会話しながら、登校する。
何故か少しテンションの下がった穴山を適当に宥めつつ歩くと、今度は見知った背中が目に留まり、俺はその人物に近寄り声を掛けた。
「おはよう。橋爪さん。」
ビクッと肩を震わせた橋爪さんだったが、ゆっくりとこちらを振り返り、俺の顔を見たら、安心したように顔を綻ばせた。
「おはようございます。平くん……と、坂梨さん。」
「……おはよう、橋爪さん。」
先程までの明るい顔を曇らせて顔を伏せた橋爪さんと、これまた表情を曇らせた美織が挨拶を交わす。
この二人、知り合いだったのか?
疑問を浮かべた表情をした俺に、橋爪さんが察したように言葉を掛ける。
「坂梨さんとはクラスメイトなんですよ。同じ特進科ですし。」
なるほど、クラスメイトなら知り合いであってもおかしくない。
俺はそれ以上の疑問は挟まずに、四人で再び通学路を歩きした。
会話は無い。誰も言葉を発さずに、黙々と歩く。
そのまま学園に辿り着いた俺達は、軽く手を振り、各々の教室へと向かう。
「なぁ、壮太……。」
教室が同じ方向にある穴山が、二人の姿が見えなくなったところで耳打ちしてくる。
「あの二人って、もしかしてお前のこ――
「あへぇ!?」
俺は、そのくすぐったさに堪えきれずに、つい声を漏らしてしまった。
だって仕方がないじゃないか。俺は昔から耳が弱いんだ。
こうやって耳元で囁かれると、すぐにアヘ顔を晒してしまう。
さすがは野球部。俺のウィークポイントを見事に突く天晴なNTR技能だ。
そんな俺を見て穴山は呆れたように肩を竦めた。
野球は友情を確かめ合う素晴らしいスポーツですよ!