熱量の差
今回の展開、凄く迷いました。
穴山将一は悩んでいた。
将一は朗らかで細かい事を気にしない、少し大雑把な性格ではあるが、鈍感ではない。
彼の恋人であり、隣を歩く少女、砂川瑞穂が見せる表情に少し陰りがある事に気が付いていた。
『穴山さん、砂川さんと二人っきりになって、仲を進展させるべきですよ。』
将一は先ほど、橋爪志緒から受けた言葉を反芻して、溜息を吐いた。
彼の親友である平壮太が今日のWデートを企画した意図は、将一とその恋人である瑞穂との仲を進展させる事にある。
瑞穂は彼の所属する野球部でマネージャーを担っており、高校入学当時から二人は知り合い同士ではあったが、恋人関係になったのは極最近であり、将一からの告白へ彼女が応じた形で二人は付き合う事となった。
理知的でクールな性格をしているが、思春期という多感な時期の瑞穂にとっても“恋”という未知の果実は、興味を惹かれるものであったのだ。
将一の悩みは、自身と瑞穂が互いに注ぐ想いの熱量が違う事についてだ。
良くも悪くも将一という人間は心根が真っ直ぐであり、少し前までは壮太の幼馴染である坂梨美織へ恋心を寄せていた事もあったが、彼が注ぐ瑞穂への想いは決して軽率なものでも無ければ、まして打算的なものでも無かった。純粋な好意であった。
好きになったら一直線。後悔するくらいなら行動する。それが穴山将一という少年のポリシーである。
一方、恋愛という未知の概念への好奇心から将一の告白に応じた瑞穂は、彼に対して友愛の情こそ感じてはいたが、明確な恋心を抱くまでには至らなかった。
男性との交際経験が無かった瑞穂は、将一という一人の少年へでは無く、恋に恋していたと言えるだろう。
志緒の提案に乗り、二人っきりで行動する事になった将一と瑞穂だが、その表情は晴れない。
(まだ、手すら握ってねーんだよなぁ……。)
隣を歩く瑞穂の横顔を盗み見ながら、将一は再び溜息を吐く。
将一にとって、瑞穂は彼の人生で三番目に出来た恋人であり、その年齢にしては恋愛経験が豊富である将一はその分“別れ”の経験も豊富である。
初めての交際は中学一年生の頃。お互い幼かった事もあり、互いに意識し合った末に気不味くなり、自然消滅という形でその恋は終わりを迎えた。
二度目の恋は中学三年生の頃で、一回目の反省を活かし、接吻を交わす関係にまでは進展したものの、進学先の違いから、卒業と同時にその恋も過去のものとなった。
過去の恋愛から、将一は終わる気配を何となく見越す事が出来るようになっており、瑞穂との関係の先行きを危ぶんでいたところで、今回のWデートである。
志緒の計らいにより、瑞穂と二人っきりになった現状、案ずるより産むが易しと決心を固めた将一が口火を切った。
「瑞穂、少し話さねーか?」
「……ええ、良いわよ。」
普段見せない将一の真剣な瞳に、瑞穂も何かを感じて神妙な面持ちで頷いた。
水族館の二階、ウミガメの泳ぐ水槽の側にある長椅子に将一と瑞穂の二人は腰掛けた。
「あー……そのだな……。」
快活な性格の将一にしては珍しく、歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
「瑞穂、もしかして……俺と付き合った事に後悔してねぇ?」
坊主頭をガシガシと掻きながら、明後日の方向を見つめながら発した将一の言葉に、瑞穂は下ろしたてのフレアスカートの裾をキュッと握った。
瑞穂は自分の心に芽生えた新しい感情を明確に意識し始めていた。
生まれてから初めて抱いた淡い恋心。
その対象は隣に座る恋人ではなく、その友人である少年。
瑞穂は葛藤していた。封印するつもりでいた気持ちは、もはや自身の意思では抑える事が出来なくなりつつあった。
封印しようとして、出来なくて……その結果が今の状況だ。
将一を傷付けたくないが為と言い訳をし、見て見ぬ振りをして来た気持ちと、瑞穂は唐突に向き合わなくてはならなくなった。
もう、先延ばしにする事は出来ない。
本来、この様な状況になる前に、自分から将一へ言わなければならなかった。
彼に非は無い。全ては自分が悪い。
瑞穂は握りしめたスカートの裾から手を離すと、将一へと向き直った。その瞳に決意の色を灯して。
瑞穂は将一へ本音を返す事が今、示す事の出来る唯一の誠意だと思えた。
軽蔑されるかもしれない。罵倒されても仕方が無い。それでも、瑞穂は真剣に向き合うと決めた。
人を好きなる事、彼女はその意味をもう知っているのだから。
「将一くん、私に告白してくれてありがとう。嬉しかった……その気持ちに嘘はないわ。」
「………。」
「だから、後悔なんてしてない……けど、私は――
アナヤマン……。泣




