確約された未来へ向かって
又又、お待たせ致しました……。汗
無言で睨み合う二人の少女は、互いを見据えたままゆっくりと歩き出した。
学園随一の美少女と名高い坂梨美織と、学園随一の豊満ボディを持つ隠れ美少女の橋爪志緒。
少女達は一定の距離を保ちつつ、悠然と前進して行く。
二人が前進を続けると大きな水槽へと突き当り、その中を少女達の歩行に合わせて、一匹のジュゴンがフワフワと近寄って来た。
二人は水槽の両側へと迂回して進み、その交差する視線をジュゴンが遮る。
「――!!」
射し殺さんばかりの視線に、久しく忘れていた野生の感覚が蘇ったジュゴンは、自身が危機的状況へ置かれている事に気が付き、仲間達の方へと全速力で逃げて去って行った。
水槽を迂回して進んだ二人の少女が再び合流し、志緒が貼り付けたような笑みを浮かべたまま口を開いた。
「坂梨さんが恐ろしい顔をなさっているから、ジュゴンさんが怯えてしまいましたね。」
「そうかな?橋爪さんの本性に気が付いて逃げたんじゃない?」
志緒を真っ直ぐに見据えたまま、美織が不自然に口角を上げる。
「……それで、どういうつもりなの?」
「どういうつもり……ですか?少々、意味が解りかねますが。」
美織の問いにわざとらしく小首を傾げた志緒が、視線をエレベーターのある方向へと注いだ。
「どうでしょう、坂梨さん。何やら誤解もあるようですし、ここの二階にあるカフェで少しお話でもしませんか?」
「……はぁ?」
突拍子も無い提案に眉をひそめた美織へ、志緒が挑発するかのような不敵な笑みを投げ掛ける。
「勿論、お断りいただいても構いませんが……。」
言葉を切った志緒がその視線を少し離れた位置にいる壮太の方へ向けた。
(なるほど……話を着けようって事ね。上等じゃない!)
志緒の態度を自身への挑戦だと受け取った美織の瞳に、闘志の炎が燃え上がる。
美織は先程、バス停で壮太と合流した際に彼から掛けられた言葉反芻した。
『お前の事が心配なんだ。一人になんて……しておけない。』
その言葉を事実上、愛の告白であると受け取った美織に、もはや怖いものなど無かった。
「良いよ。じゃあ、行こうか……橋爪さん。」
(私と壮太の間に入り込む隙きなんて無い事、陰湿根暗女に教えてあげるんだからっ!)
(フフッ……愚かですね。)
美織と共にエレベーターで二階へ上がった志緒だが、彼女は今、全力で階段を駆け降りていた。
カフェはエレベーターを降りて直ぐの場所にあり、美織はそこで飲み物を注文した後、腰を据えて志緒と話をするつもりであったが、志緒の思惑はそうでは無かった。
志緒には時間が無かった。事は急を要するのだ。
清楚なワンピースを翻し、階段を駆け下りる黒髪の美少女の姿に水族館を歩く観光客が振り返るが、当の本人である志緒にとっては有象無象の視線に構っている暇は無かった。
以前の志緒であれば己へ注がれる視線、特に男性からの視線には嫌悪感と恐怖を抱いていたはずだが、彼女はそれを克服しつつあった。
平壮太という絶対的な存在が、嫌悪と畏怖の対象であった男性からの視線を無価値なものとしたのだ。それはある意味において、信仰と類似していた。
神が隣にいるにも関わらず、矮小な雄ザル共へ怯える必要があるだろうか?否、無い。
自分にとって、壮太は運命そのものである――志緒は満面の笑みで走る。
ジュゴンの泳ぐ水槽を鑑賞している壮太達の元へ、素知らぬ顔で戻ってきた志緒はそっと彼の隣へ並んだ。
「穴山さんと砂川さんを二人きりにしてあげては如何でしょう。(小声)」
壮太からの視線を感じた志緒は、小声で壮太へ耳打ちする。
勿論、この提案も壮太と二人きりになる為に必要なものだが、他の目的も含まれている。
今日のデートは本来、穴山将一と砂川瑞穂の仲を進展させる為に企画されたものであり、志緒にとっては、瑞穂という不穏分子を退場させる目的も参加理由の一つであった。
瑞穂は壮太に惹かれている。
坂梨美織ほどの超絶美少女では無いが、紛れもなく美少女であり、角樹里亜ほど抜群のスタイルでは無いが、減り張りのある女性らしいスタイル。
小学生である道野辺芹よりは大きいとはいえ、小柄で華奢な体躯は庇護欲を唆られる上に、志緒と同様に色白でたおやかである砂川瑞穂。
志緒は彼女を放置すれば、将来的に脅威に成り得ると考えていた。
「……そう言えば、今日は二人のデートをフォローしに来たんだった……。確かにそろそろ頃合いかもね。二人っきりにしてあげよう。(小声)」
耳元で囁かれた壮太の返答に脳を溶かされながら、志緒は楽園へ想いを馳せる。
(あぁ……これが神の息吹……。)
甘美すぎる吐息に緩んだ頬を引き締めて、志緒は将一と瑞穂の元へ向かう。
(さぁ……穴山将一さん。男を見せて下さいませ。)




