憧憬の力
水族館の中に入ると、直ぐに大きな回遊水槽があり、その中を様々な海の生き物達が泳いでいた。
回遊水槽を眺めながら、恍惚とした表情を浮かべた坂梨美織が平壮太の腕を抱き、その肩に頭を預ける。
「エイって、意外と可愛いよね。」
鮫と同じ軟骨魚類に属するエイは、平たい独特の形状をした体を持つ生き物だ。
美織の「可愛い」という感想には、些か共感をしかねた壮太であったが、エイの独特な形状と泳ぎ方には興味を惹かれ、感慨深くその動きを観察した後、彼女の感想へ「そうだな」と同意で返した。
「何だか……エイの顔って、笑ってる顔みてぇだな。」
壮太と美織から少し離れた位置で、穴山将一が水槽内を優雅に泳ぐエイを指差して白い歯を見せる。
「そう?何だか、私には泣いている顔のように見えるわ……。」
同じく、将一の隣でエイを眺めていた砂川瑞穂がそう呟いた時、後ろから二人の間にずいっと人影が割り込んで来た。
「エイの目に見えるところって、実は鼻孔……つまり、鼻の穴らしいよ?」
突然、割って入った人物を見て、将一と瑞穂の声が重なる。
「「先生、まだ居たんだ……。」」
一方、橋爪志緒は壮太達とは行動を共にせず、一人、入口にある見取り図の前で思案を巡らせていた。
(この水族館……案外、広いのですね。ここなら……。)
この水族館で決行する志緒の作戦。その名も“水も滴る良いおっ〇い作戦”は、今までの失敗を踏まえ、小細工少なめの直球勝負でありながら、成功すれば、そのまま壮太とゴールインも有り得る究極の作戦だ。(志緒の見解)
この作戦には、兎にも角にも壮太へ志緒が性の対象である事を認識させると同時に、強制的に二人っきりとなる状況を作り出し、あわよくば、そのまま二人で大人の階段を昇るという狙いがある。
さて、古今東西、男性から愛されて続けてきたものとは何か?
酒?ギャンブル?富や名声?……それも勿論では有るが、最たるものは、おっ〇いであろう。
チンパンジーやゴリラなどを含む霊長類の中でも、人間ほど極端に雌の乳房が肥大化する生き物は存在しない。何より、人間以外の動物の雄は、雌の乳房への愛撫を行わないと考えられている。
何故、人間の雄が雌の乳房を弄るのか。その疑問に対する明確な答えを提示する事は出来ないが、一つだけ確かな事は人間の雄がおっ〇いに対して、何かしらの憧憬を抱いているという事であろう。
志緒はほくそ笑む。
(貧乳はステータス?……失笑ですね。)
壮太の周りに彷徨く雌犬達の中で、志緒ほどその胸に憧憬を詰め込んでいる人間はいない。
その憧憬量の差は歴然で、ランクの高い順に志緒G、樹里亜D+、瑞穂C+、美織C−、明菜B、芹A−、樹里王&将一AAとなっている。
確かに世界には貧乳派の男性が一定数いる事を志緒も承知してはいる。だが、貧乳が好きな男性の割合を世代別に比較すると、若年層、特に10代の少年達は少ないと思われる。このデータは貧乳好きが子供の頃から貧乳好きでは無かった可能性を示唆している。(文献:志緒達の通う学園の蔵書)
無論、壮太が若くして貧乳派に属する勇士である可能性もあるが、貧乳派が巨乳を忌み嫌うとは限らないであろう。
以前、志緒が聞いた話によると、壮太は男性向け恋愛ゲーム(全年齢版)にハマっていた時期があるらしいのだが、美少女ゲームのヒロイン達は貧乳と巨乳、どちらが多数派であろうか。
答えは、巨乳を誇るキャラクターが圧倒的多数である。何故なら、美少女ゲームヒロインの普通乳は、現実世界では十分に巨乳に含まれる大きさに該当するからだ。
要するに確率で言えば、壮太も巨乳好きである可能性が高いと志緒は考えているのだ。(寧ろ、信じている)
(それに……仮に平くんが、ちっ○い派であったとしても、おっ○いの素晴らしさを教えて差し上げれば良いだけの事です。)
志緒には自信があった。
以前はコンプレックスでしか無かった“おっ○い”が、志緒と壮太とを巡り逢わせたのだ。壮太がおっ○いを嫌うはずが有ろうか?否、有り得るはずがないのである。(結論)
回遊水槽を眺める壮太達、その最後方からチラチラとこちらを伺っている明菜へ、志緒がその微笑みを向けると、彼女は犬が尻尾を振るが如く、嬉しそうに駆け寄って来た。
(まずは手始めに、鬱陶しくも水族館にまで着いて来た、常石明菜から処理させていただくとしましょう。)
橋爪さん理論は、あまり真に受けないようにお願い致します。笑