お前が心配なんだ
昼食を終えた俺達は、ファミリーレストランを後にして、次の目的地である水族館へ向かう為、近くのバス停に移動する。
しばらく歩き、俺達がバス停に辿り着くと、そこには一際目立つ、美しい少女が立っていた。
「ん?……美織?」
その少女は俺の良く知る人物、幼馴染の坂梨美織であった。
「あれっ、壮太?偶然だね~。」
美織が咲いた花のような満面の笑みを浮かべ、こちらへ近寄って来る。
「チッ……。」
(やはり、近くに居ましたか……性悪幼馴染。)
俺が手を上げて美織を迎え入れると、後方から舌打ちをするような音が聞こえた。
何事かと恐る恐る振り返るが、そこには、いつもと同じように柔らかい微笑みを浮かべた橋爪さんと、何らかの会話をしている穴山と砂川さん、何故か未だに同行しようとする常石先生がいるだけだった。
(気の所為か……?)
どうやら美織はこの街へ買い物に来ていたらしい。確かに街の規模は俺達の家や学校がある町よりも、隣町であるここの方が大きい為、目当ての物が手に入り易いのであろう。ただ……。
「美織、一人で来たのか?」
「えっ?う…うん。」
一人……か。
流石にこのような昼間から、先日の夏祭りの夜に出遭った熊門とかいうチャラ男達のような危険人物が襲ってくる事は無いであろうが、美織ほどの美少女が一人でいると、ナンパされる可能性が非常に高いであろう。
ナンパ男達の中には執拗な者や、強引な者もいるかもしれない。
改めて美織を見ていて思う。
夏空の中、亜麻色の長い髪をさらさらと風に靡かせながら佇む少女。仄かに鼻腔を擽るシャンプーの甘い香りに引き寄せられるように、香りの元を辿れば、目鼻筋の整った眩しいほどの美貌と、少女特有の可憐さを兼ね備えた彼女が俺を見つめている。
完璧……そう、美織は完璧な美少女だ。完成されし美少女と評しても過言ではなかろう。
本来、美しいか否かという概念はそれを評価する人間の主観によるところが大きい。つまり、美しさ、美少女というものは観念であると言える。
一説によると、人は自身や両親とある程度似ている顔に好感を覚える傾向があるらしく、逆にあまりにもタイプの違う顔へは好感を抱かない傾向にあるとされている。
平たく言えば、好みは人それぞれなので、百人中百人が美少女であると評する人物など存在しないはずである。……だが、俺の幼馴染は違う。
学園のアイドル。学園一の美少女と呼ばれる彼女は誰もが認める美少女だ。
幼馴染として見慣れているはずの俺でさえ“美少女”を強く意識させるレベルの美織の美貌に心を奪われない者はいないであろう。そして、それは同時に非常に危険である事を意味する。
誰もが認める超絶美少女が一人、街を歩いていたとして、それを見つけた間男は何を思うだろうか?
間男達はこう考えるはずだ。
――むしろ、寝取らない方が失礼であると。
現に、あの大学生くらいの年齢に見える真面目そうな男性でさえ、ちらちらと美織を伺っているようだ。
うむ。流石は美織だ……“寝取られ因果律に選ばれし女帝”の称号は伊達じゃない。(白目)
美織……お主こそが、真の地雷なり。
ラブコメの世界に有り勝ちな設定だが、もし、美織と俺が幼い頃に将来を約束した間柄であったのなら、彼女のネトラレリスクは、かの絶対者たる“アブソリュート”橋爪さんにも引けを取らないレベルの高偏差値を叩き出していた事であろう。
結婚の約束とかしてなくて良かった~っ!グッジョブだ、幼き頃の俺よ。
「そ…壮太……そんなに見つめられると恥ずかしいよ……。」
頬を紅く染めた美織が俯く。
どうやら、考え事をしている最中、ずっと美織を凝視していたらしい。
「あ……悪い。美織って本当に美少女だなと思って。」
「えっ……えええ??ど…どうしたの、壮太?いきなり……。」
うん。狼狽える様子も美少女だ……。だから、俺は言わねばならない。
「美織、一人では出掛けるな。心配だ。」
「心配……?」
「ああ。この前の夏祭りの夜にあったように、妙な連中に狙われるかもしれないだろ?……お前の事が心配なんだ。一人になんて……しておけない。」
「壮太……うっうう……。」
(一人にしておけないって……ずっと一緒に居ようって意味だよね。嬉しい……。)
俺の胸に飛び込んで、そのままポロポロと珠のような涙を零す美織。
よほど夏祭りの日に起きた事件が怖かったのだろう……。
肩を抱き、頭を撫でてやると、美織は俺の胸に頭を擦りつけるように潜り込み、涙を流し続けた。
志緒「クソビッチィイイイ!!」




