邪魔ですね
とある方から、複数の誤字報告をいただきました。
凄く助かります。本当にありがとうございました!
プラネタリウムに着いた平壮太達は入場料金を支払う為、受付へと向かった。
「只今、カップルシートも空きがございますが、如何でしょうか?」
受付の女性が壮太達へ、新設されたばかりのカップルシートを勧める。
女性からすれば、男女の四人組で来ている壮太達はカップル組に見えた。故に彼女が彼らへカップルシートを提案した事は決して間違いではないのだが――
「い…いえ、一般席でお願いします。」
女性の提案を透かさず砂川瑞穂が断った。
その言動を穴山将一は気に留め無かったようだが、橋爪志緒は瑞穂が悩む素振りすら見せずにカップルシートを拒否した事に違和感を覚えていた。
壮太と志緒のダミーカップルとは違い、将一と瑞穂は正真正銘の恋人同士だ。
確かに、カップルシートは一般席に比べて、多少料金が高くなるというデメリットはある。将一と瑞穂は付き合いだして日が浅い為、まだ気恥ずかしさが勝り、瑞穂が衝動的にカップルシートを拒否した可能性もある。だが、志緒はとある疑惑を抱いていた。
志緒の瞼がスッと細められ、その冷たい瞳で瑞穂の横顔を捉える。
(やはり、危惧していた事が起きましたか……。この脆弱好鴨女……この機会に処理させていただいた方が良いようですね。)
受付の女性がカップルシートを志緒達へ勧めた際、瑞穂が一瞬だけ壮太へと躊躇うかのような視線を投げかけたのを志緒は見逃さなかった。そして、今もどこか熱っぽく壮太の背中を見つめている瑞穂の瞳を見て、志緒の疑惑は確信へと変わる。
結局、一般席でプラネタリウムを鑑賞する事になった壮太達は、横一列に並んで席に座る。
部屋の中央に設置されている投影機から見て、左から将一、瑞穂、志緒、壮太の順に座っており、壮太の隣には別の女性客が座った。
「あ……ごめんなさい。」
隣に座った女性客の手提げバッグが壮太に当たり、女性は壮太へと頭を下げる。
「いえ、気にしないで下さい。」
壮太が女性へと微笑むと、女性も微笑み返し――
「……て、あれ?平くん?」
壮太の顔を見た瞬間、驚いた表情を見せた。
その女性の顔に壮太も見覚えがあり、女性同様、壮太も驚きの声を上げる。
「常石先生!?」
壮太の隣へ座った女性客は、壮太達の通う学園で教鞭を取っている、常石明菜という女子教諭であった。
壮太の上げた声に将一達も明菜の方へ視線を送り、驚きの声を上げる。
明菜も同様に将一、瑞穂……と、順に視線を送り、志緒へとその視線を向け、目を見開いた。
「え……?もしかして、橋爪さん……なの?」
明菜の視線の先には志緒が上品な微笑みを浮かべて座っている。
普段、学園に通っている時とは違い、野暮ったい前髪の向こうにある綺麗な素顔を覗かせている志緒を見て、明菜は雷に打たれたような衝撃を受けた。
学園の地学教諭にして、独身のアラサー女性である明菜。年齢イコール彼氏いない歴である彼女の素顔は草食系同性愛者であった。
基本的に人見知りをする明菜は、自身の性的思考を他人に暴露する事なく、これまでの人生を歩んで来た。だが、彼女は今、目の前に座っている超絶美少女を前にして、抑えようのない衝動に打ち震えていた。
明菜にとって、今日の志緒は理想の美少女像そのものであり、これまでの人生において、彼女はこれほどまでに他人を「欲しい」と思った事はなかった。
「先生。俺ら、今日はデートなんスよ!」
将一が照れ笑いを浮かべつつ、瑞穂の肩に手を置く。
それを見た明菜は、将一と瑞穂が恋人関係にある事を察し、次に壮太へと視線を向けた。
「平くんと橋爪さん……も?」
「うーん……俺と橋爪さんは、穴山達に随行してる感じですかね。」
震える唇でその疑問を口にした明菜であったが、壮太の返答を聞いた瞬間、ほっと胸を撫で降ろした。
「……良かった。(小声)」
(平くんと橋爪さんは恋人同士ではない。ならば、私にもチャンスがあるかも……!)
明菜が密かに闘志を燃やす一方、志緒は内心、苛立ちを募らせていた。
(また邪魔者ですか……。)
今日、志緒が己に架したミッションは二つある。
一つは壮太との仲を深める事、最低でもキスまでは済ますつもりでいる。そして、もう一つは恋敵の一人である瑞穂を潰す事だ。
先日の夏祭りで、志緒の企てた“囚われのヒロイン”計画は美織の邪魔もあり、瑞穂に美味しいところをとられてしまった。志緒はその雪辱を晴らす目的でもある、今日の“偶然から始まる恋物語”作戦により、壮太のファーストキスを奪うと同時に、瑞穂の心を圧し折らなくてはならないのだ。
(……そのつもりでしたのに、ここに来て、ターゲット追加ですか。)
先程の会話で、志緒と壮太が恋人関係に無い事を察した明菜は「良かった」と呟いた。それは隣に座る壮太ですら聞き取れないほど小さな呟きであったが、志緒は読唇術を駆使し、明菜の呟きを読み取っていた。
明菜の呟きの意味するところ。勿論、その真意は志緒が考えているものとは少し異なる。
明菜が安堵したのは、壮太と志緒が恋人関係にない為という点においては、志緒の懸念と同じであるが、明菜の興味は壮太ではなく、専ら志緒のみなのだ。
今日のデートで壮太の心を掌握する為、最大限の努力をして来た志緒であったが、皮肉な事に、その努力により、NTRへの強い忌避感を抱く壮太からは敬遠されるようになり、代わりに百合系間女予備軍(壮太の定義では)である明菜のハートを射止めてしまう結果となったのだ。
「平くん……席を変わって貰えますか?」
志緒が壮太へ席の交代を要求すると、明菜は「えっ?」と小さく声を上げた。
「私、天体に興味があるので、常石先生から色々と教えていただきたいのです。」
志緒の発言の中にあった「色々と教えて」の部分に興奮を覚えた明菜であったが、努めて冷静を装い「私は構わないわよ」と微笑んだ。
壮太としても、席の交代に異論を唱える必要が無かった為、志緒と席を交代する。
照明が落ち、投影機が天井に星の瞬きを映し出した。
想定外の人物により、狂わされた橋爪さんの計画……!




