貴方を尊敬しています
部屋の窓からぼんやりと入道雲を眺める事に飽きた俺は、ゆっくりと立ち上がる。
明日は穴山と砂川さん、橋爪さんと俺の四人でWデートだ。そして、今日は……すこぶる暇だった。
本来、俺は夏休みにアルバイトをする予定であったのだが、骨折でそれが出来なくなった。久しぶりにゲームでもして遊ぼうかとも思ったが、拳が痛くて、コントローラーも上手く握れない。
夏休みの宿題はもう全てやってしまったし……というか、今、気が付いたのだが、俺は転校する事になっているから、宿題をする必要が無かったんじゃ……。
ま…まあ、いいか。勉強にはなったしな。
立ち上がった俺が軽く背伸びをした時だった。ポケットに入れているスマートフォンが「ピコン」とメッセージの受信音を鳴らした。
メッセージの送信者は……角さんか。
『平、体は大丈夫?』
心配させてしまっているのだろうか。俺は角さんがあまり気遣わなくてもいいように、『全然、余裕』とメッセージを返信した。
『もう痛くないの?』
『大した事ないよ。昨日も普通に買い物に行って来たし。』
『えっ?!そうなの?じゃあさ――
「こんちわ~っス!」
「こ…こんにちは。」
メッセージアプリでやり取りをする中で、角さんがジュリオくんと一緒に家へ見舞に来てくれる事になった。
ジュリオくんは足を捻挫している為、こちらから出向こうとも思ったのだが、頑なにジュリオくんが俺の見舞いに行きたいと言ったらしく、松葉杖を突きながらも、角さんと一緒に家へ来る事になった二人を俺は出迎える。
二人を自室へ通した後、角さんが買ってきてくれたケーキを切り分け、ティータイムにする。
「ケーキ、ありがとう。角さん。」
「いや、こちらこそ、今回はあんがとね。平。」
「あ…ありがとうございました!平さん!」
俺達三人は順にお礼を言い合った後、顔を見合わせて笑う。
「樹里王、必死過ぎ。マジ、ウケるんだけど。」
角さんから揶揄われて、恥ずかしそうに俯くジュリオくんの頭へ、俺は手を伸ばす。
「どういたしまして。そして……ごめんな。遅くなっちゃって。」
ジュリオくんの足首に巻かれたギプスシーネが痛々しい。
「そ…そんな事ありません!僕…怖かったんです。何も出来なくて……何が何だか解らなくて……。でも……でも、平さんが来てくれたから、僕は救われました!」
潤んだ瞳で真っ直ぐに見据えるジュリオくんの頭に手を置いたまま、俺は微笑み掛ける。
「良く頑張ったな。」
「っ……。」
笑顔のまま、涙を流すジュリオくんの頭を撫でながら、そっと抱きしめる。
怖い思いをしたはずだ。それでも、彼はその刻まれた恐怖の記憶と向き合っていかなければならない。だが、ジュリオくんは強い子だ。きっと忌まわしい記憶など乗り越えてくれる事だろう。
「……ちょっと、男二人でいつまで、抱き合ってんの?」
ジト目の角さんから指摘を受けて、俺とジュリオくんは慌てて離れるが、その様子を見た角さんの瞳が怪しく光った。
「そういえば……平さぁ、アッチという噂もあるよね。」
そう言って小指を立てた角さんを見て、ジュリオくんが小首を傾げた。
先日、少年専門間男に狙われたばかりのジュリオくんの前で、その話は無いだろと思いながら、俺は角さんへデコピンを放った。
「いったぁ~い!」
額を抑えてケラケラと笑う角さんに釣られて、俺も頬を緩めると、ジュリオくんが角さんの袖を引いた。
「お姉ちゃん、アッチって何?」
ほら、言わんこっちゃない……。
俺がフォローを入れようとした瞬間、再び角さんの瞳に怪しく光が灯った。
「それはね、平が樹里王の事を大好きって事よ。」
姉の戯言を真に受けたのか、ジュリオくんが俺の方へ勢いよく振り向く。
「ぼ…僕も……その、好……そ、尊敬してます!」
顔を真っ赤にして叫ぶジュリオくんに微笑みつつ、角さんを横目に見ると、舌を出してケラケラと笑う彼女の瞳と目が合った。
ホントに悪戯好きだなぁ……。
その後は他愛の無い話を三人で楽しみ、いい時間になった為、ジュリジュリ姉弟が帰宅する事になった。
「お邪魔しました~!」
「お邪魔しました。」
「うん。またね。」
玄関まで見送りに出た俺に、もう一度お礼を言ったジュリオくんが上手に松葉杖を突きながら歩き出した。その背中を支えるように一緒に歩いて行く角さんだったが、不意に立ち止まり、こちらを振り返った。
「平……アタシ、GPS入れてもいいよ。」
赤み掛かった入道雲が浮かぶ空を背景に振り返った角さんの姿に、俺は少し呆けて言葉を失う。
角さんはいつもの様な悪戯な笑みは浮かべておらず、真っ直ぐにこちらを見据えていた。
その姿に、普段、彼女へ感じる事のなかった儚さを感じた俺は、照れ笑いをしつつ、こう応えた。
「防犯意識が高い事は良い事だね。」
GPSの話をし始めたからには、やっと角さんも間男の危険性に気が付き、美少女としての自覚が出て来たのだろうと思って、そう応えた俺であったが、どうやら何かを間違えたらしく、ツカツカと歩いてきた彼女から反撃のデコピンをくらった。
「……馬鹿。」
少し不機嫌そうに呟いた角さんであったが、その頬は紅く染まっているように見えた。
次回はWデートです!




