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学園長との面談を終え、自宅に帰ってきた俺は、ドサッと自室のベッドへ倒れ込んだ。
(あー……肋骨がズキズキする。)
痛み止めを飲んではいるものの、寝転がるとヒビの入った肋骨が少し痛む。
そういえば、俺が殴ったチャラ男は顎骨を複雑骨折したと聞いている……あいつは今頃、もっと痛い思いをしているのかもな。無論、同情などしないが。
あの時、チャラ男から芹ちゃんが害されたと思った瞬間、俺の中に暴力的な何かが沸き起こった。
かつて、俺はあれほどの激情を抱いた事は無かった。
そういえば……と、俺はふと思う。
俺が転校してしまえば、また芹ちゃんが一人ぼっちになってしまうのであろうか。
また独り公園で母親の帰りを待ち続けなければならないのだろうか。
(やっぱ一回、会っとくべきだよな……。)
転校するにあたり、心残りは芹ちゃんの事だ。転校するにしても、それまでには芹ちゃんと両親の問題を解決しておきたい。
……一介の高校生でしかない俺に、何が出来るかは分からないが。
家で悶々と燻っていても意味がないので、取り敢えず俺は出掛けることにした。行き先は勿論、芹ちゃんの家……ではなく、俺の行きつけの防犯グッズ専門店だ。
先日の事件で、俺が芹ちゃんへ贈った防犯ブザーが失われてしまった為、また新しいものを芹ちゃんへプレゼントしようと思ったのだ。
防犯ブザーを失くして落ち込む芹ちゃんの姿が脳裏に想い起こされて、俺は居た堪れなくなる。
(今度はもっと可愛いデザインのやつ、買ってあげよう。)
「いらっしゃっせー……って、お前かよ。壮太。」
「なんだ。今日のシフト、兄貴かぁ。」
俺が行きつけの防犯グッズ専門店へ入ると、出迎えたのは兄貴の勇太だった。
兄貴はこの店でアルバイトをしていて、どうやら今日のシフトに入っていたようだ。
「おい、壮太。お前……出歩いて平気なのかよ。」
「うーん。まぁ、一応?」
同じ家に住む兄貴は、先日の事件で俺が拳と肋を骨折した事を知っている。
骨折ともなると、医者からも言い含められているように、本来なら家で安静にして居なければならないのだが、肋骨の痛みとは案外意識しないと解らない程度のもので、俺は胸部固定帯を巻いて普通に歩いてこの店まで来ていた。
「兄貴、今日は彼女、休みなのか?」
「ば…馬鹿!店長に聞こえんだろ!」
焦る兄貴が面白くて、つい揶揄ってしまった。
最近、兄貴は同じアルバイト仲間の女子大生と恋人関係になったようで、バイトのある日は妙にそわそわしている。デカい図体して、キモい奴め!
それはそうと、彼女がアルバイト先の店長に寝取られるパターンも何気に多い。兄貴は粗○ンだから、少し心配だ。店長が間男で無い事を祈ろう……とは言っても会った事はないが、ここの店長はどうやら女性らしいので、それほど心配はしていない。寧ろ、兄貴の方が寝t……(以下略)
「……で、今日は何を買いに来たんだよ。」
「防犯ブザーを見せてくれ。」
億劫そうに兄貴がショウケースを開けると、俺はすぐさま防犯ブザーを見繕い始めた。
最近の防犯ブザーは可愛らしいデザインのものも多く、その中でも芹ちゃんの琴線に触れそうなものを精選してゆく。
「あっ!これとかいいかも。どう思う、兄貴?」
「あぁ?知らねーよ……つーか、それ、何かピンク○ーターっぽくね?」
うむ。兄貴の意見は参考にならないな!やはり、こいつは間男予備軍に違いない。
俺が内心、兄貴の危険性を再認識していた頃、来店を知らせるチャイムが鳴った。
「え……美織?」
「そ…壮太!?それに、勇太さんも?」
来客は美織であった。
「ななな何で、壮太が?!」
何故か激しく動揺している美織へ俺は首を傾げつつ、来店の目的を伝える。
「防犯ブザーが欲しくてね。」
「えっ、防犯ブザー……?」
「おぉう……あっ!美織、良かったら、一緒に可愛いヤツ探してくれよ。」
「え……?あ、うん。いいよ。」
(も…もしかして、壮太、私を心配して、またプレゼントを買いに?)
照れくさそうに俯いた美織と一緒に、防犯ブザーを見繕う。
「あ……これ。」
美織が手に取ったそれは、某有名ゆるキャラがプリントしてある、如何にも女の子が好きそうなデザインのキーホルダー型防犯ブザーであった。
うむ。これなら、芹ちゃんのランドセルにも色が合うし、いいかもしれない。
「じゃあ、これにするか。」
「あ……うん。」
(やっぱり、壮太、私の為に?ど…どうしよう……すごく、嬉しい……。)
会計を終えた俺達は、兄貴の「あざっした〜」という気の抜けたお礼の挨拶を背中に受けながら、店を後にした。
家が同じの方向にある為、俺と美織は肩を並べて帰路へ着く。
「その……壮太。体、大丈夫なの?」
もじもじと言い辛そうに、質問する美織へ俺は微笑み掛ける。
「ああ、全然大丈夫だ。」
実際、客観的に判断して、体は手放しで大丈夫と言い難い状況にあるのだが、今は寧ろ、懐具合の方が危険な状況だ。
何せ、怪我のせいで夏休み中のアルバイトが出来なくなってしまったのだ。……とは言っても、それを美織に伝えても意味が無い為、俺は彼女を安心させるように微笑み、レジ袋から例の物を取り出す。
「それはそうと……はい、美織。」
俺は先程、店でついでに買った、催涙スプレーを美織へ手渡す。
「そ…そんな、悪いよ。いつも壮太に買って貰ってばかりで……。それに、防犯ブザーまで……。」
「防犯ブザー……?あー……。」
申し訳なさそうに眉尻を下げた美織に、俺は続く言葉を失った。どうやら、勘違いさせてしまったらしい。
「………?」
「実は買った防犯ブザー、芹ちゃん用なんだ……悪ぃ。」
「……ぇ?」
突然、隣から消えた美織を探し、足を止めて振り返ってみれば、そこには瞳からハイライトを消した美織が、催涙スプレーを握り締めて立ち止まっていた。
「美織……?」
「あ……うん。何でも無いよ。スプレー……ありがとう。」
「お…おぅ。」
何となく、ばつが悪くなった空気を変えようと、俺は努めて明るい声を出す。
「と…ところで、美織は何を買ったんだ?」
「私?私はね……放電警棒〜。」
そう言って、放電警棒をバッグから取り出し、ニコリと微笑んだ美織から、また謎の圧力を受け、俺は背中に冷や汗が伝うのを感じた。
兄貴の勤める防犯グッズ店は、主に通販で収益を得ているようです。




