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それそれの想い

 坂梨美織と橋爪志緒の二人の女子高生は、催涙ガスを浴びて悶絶しているチャラ男二人の奥に悠然と佇む大男、熊門を見据える。

 熊門も同様に警戒した面持ちで美織達を睨みつけていたが、突如「フッ」と口元を和らげた。


「いやぁ~、まうごつビックリしたばい。姉ちゃんら、すごかなぁ。」


 豪快に笑う熊門。その姿は一見、隙だらけに見えて隙が無い。


 美織はもう一つの催涙スプレーを化粧ポーチから出し構えるが、もう催涙スプレーは熊門へ通用しないのではないだろうかと危惧し始めていた。

 先ほどは不意打ちだったからこそ、通用したのであり、熊門が油断していない今、催涙スプレーを彼に吹き付けたとしても、避けられる、又は反撃を受ける可能性があると考えたのだ。


 それに、美織の手持ちの催涙スプレーは今、手に握っている一般的なスプレー型の一本のみ。

 先ほどの手榴弾型催涙スプレーと違い、対象に3m程度までは接近する必要があるのだ。無論、その距離からスプレーの噴射を受ければ、普通の人間なら避けられない。だが、美織は熊門という男から、得体の知れない威圧感を感じていた。


 そう、それはまるで――


(勇太さん……壮太のお兄さんみたいな感じがする……。)


 美織のその感覚は実は的を射ていて、勇太の兄同様、熊門という男も()()()()()人間である。


 壮太の兄、勇太はレスリング部に所属しており、実力は国体選手に選ばれてもおかしく無いレベルだ。

 そして件の大男、熊門はプロライセンスこそ持ってはいないものの、ボクシングや総合格闘技の経験者であった。


 隙だらけのようで隙がなく、穏やかなようで激しい瞳をしている熊門に、美織は危機感を募らせていった。



 一方、橋爪志緒は美織とは全く異なる事柄で思い悩んでいた。

 何故なら、志緒は美織とは違い、壮太から贈り物をされた事が無かったからだ。


 美織と壮太は幼馴染同士という絆があるが、現在の志緒と壮太の関係は友人同士でしかない。将来的に志緒の中では壮太と結婚する事が確定しているものの、未だプレゼントを贈り合う仲へ発展していない事に、志緒は危機感を募らせていたのだ。


 どうすれば、壮太と仲を深める事ができるのか?


 そこで志緒は一つの考えに辿り着く。そもそも、志緒と壮太との間に“フラグ”が立っていないという事に。


 志緒は壮太から気に入られる為に、男性向けの美少女恋愛ゲーム、所謂“ギャルゲー”で、男性が女性に“萌え”を感じるパターンを研究していた。

 そこで判った事は、恋愛ゲームのヒロインは完璧ではいけないという事だった。何かしらの欠点があるからこそ、男性はその弱さに萌えを感じる……逆に完璧すぎると、逆に男性はそのヒロインに対して萎縮、敬遠してしまうのであろう。

 基本的に男性は女性に比べて自尊心が高い傾向にある為、ある女性に対して劣等感を感じてしまえば、その女性と恋仲になる事が難しくなるのだ。

 ヘタレ系の主人公が美少女ヒロインと自身との釣り合いを気にしたりする心理描写から、志緒はその事を理解していた。


 要するに、まだ壮太に弱さを曝け出していないが故に、壮太は自分に萌えない……志緒はそう考えた。


 そして、ギャルゲーにおいて、特定のヒロインのルートに入る為に必要な二つの要素がある。それが、好感度とイベントフラグだ。

 好感度の方は、萌え成分を補えば良いとして、問題はフラグをどう立てるかという事だ。


 美織であれば、幼馴染同士であるという事がそのままフラグ足り得る要素なのだが、志緒の場合はフラグを立てる為には、特別なイベントを演出する必要がある。

 例えば、主人公(壮太)がヒロイン(志緒)の悩みを解決する。実は子供の頃に出逢っていて、結婚の約束をしていた。ヒロイン(志緒)が()()()()()()()()()に主人公(壮太)が――


(………!!)


 まさに晴天の霹靂であった。

 一つの妙案を思い付き、志緒の口角が歪に釣り上がる。


(フフッ……このイベント……いただきました。フフッ…フフフ……ッ。)




 美織と志緒がそれぞれに思案を巡らせている中、熊門も状況を打破する為に考えていた。


 仲間二人が戦闘不能に陥り、せっかくの美少女達をお持ち帰りする事はおろか、この場で○す事すら難しくなったのだ。

 顔を洗ったりする水場が無いこの神社において、催涙スプレーの効果は絶大だ。催眠ガスを浴びた男二人は、おそらく1〜2時間程度は行動不能となるであろう。


(置いて帰るわけにもいかんとなると……どがんすれば良かかね……。)


 男二人を置いて帰った場合、美織達から警察へ通報されて、二人が逮捕される可能性が高い。そうなった場合、最悪、熊門も芋づる式に逮捕されてしまうという懸念があった。


(今回は未だ、()()とはいえ、余罪があるけんが……ヤバかなぁ。)


 熊門達は強姦・婦女暴行の常習犯であった。

 その上、薬物の売買にも関わっている為、警察から捜査の手が伸びるという事は大きなリスクを孕む事となるのだ。


(仕方無か……。一人捕まえて、脅すしかなかか。)


 熊門はへたり込んでいる少女、砂川瑞穂へとその鋭い視線を向けた。


 数の優位で圧倒的に劣る現状、誰か一人でも逃してしまえば、即通報され、仲間達は逮捕されるであろう。その事態を回避する為には、催涙ガスを浴びた仲間達が自力で動けるようになるまでの時間を稼ぐ必要がある。


(それに……援軍もぼちぼち来るけん。)


 密かにほくそ笑む熊門だが、彼は知らない。

 熊門達のもう一人の仲間、本来なら援軍として到着するはずだったその男(ショウネトリスト)が、既に壮太によって叩きのめされ、昏睡しているという事を。



 熊門はふと全身から力を抜く。

 その様子に美織達が疑問を覚えた瞬間――


「ひっ?!」


 その巨体からすれば、信じられないくらいのスピードで突進してきた熊門に、逃げ遅れた瑞穂が捕まる。

 腕を捻り上げられ、うつ伏せに倒された瑞穂が苦悶の表情を浮かべた。


「い…痛い……!」


「おお、悪いなぁ。だけど、ちょっと大人しくしといてばい。……そっちの二人の姉ちゃんもな!!」


 動こうとした美織と志緒を制すように、熊門が叫んだ、その直後だった――


「やめろぉおおおおおお!」


 一人の男が境内へ続く階段を駆け上がってきた。

 男は美織達の友人にして、今、熊門から拘束を受けている少女、砂川瑞穂の彼氏である、穴山将一であった。



 将一は激昂していた。

 何故なら、将一にとって、付き合い始めたばかりの最愛の彼女である瑞穂が、見ず知らずの大男に組み伏せられていたからだ。


 将一は落ちていた石を拾う。

 野球部のレギュラーメンバーである将一にとって、20m程度の距離が離れた相手へ投石をぶつける事はそれほど難しい事ではない。

 それに相手は大男。体積が大きい分、的も大きい。


 将一が熊門を目掛けて投石をしようと、投球ポーズを取った時だった。

 熊門は組み伏せていた瑞穂を片手で持ち上げて、投石からの盾にする。


「くっ……卑怯だぞ!」


「いきなり、石ば投げてくる奴が良く言うばい……ほんなこて。」


 瑞穂を盾にされては、将一としても石を投げ捨てて、投石を諦めるしか無かった。



 一方、橋爪志緒は、この状況下にあって、再び微笑みの仮面を被り直していた。


(なるほど……この状況を(ヒロイン)平くん(主人公)で再現すれば良いのですね……。)


 薄ら笑いを浮かべる志緒に対して、美織もまた催涙スプレーを手に歓喜していた。


(また……コレを使える。壮太からの愛を感じられる……!)


「ウフフフフッ……。」

「エヘヘヘヘッ……。」


 打ち上がる花火が夜空を照らし、狂愛に病んだ二人の少女の上げる不気味な笑い声が木霊する中、将一と熊門が睨み合った。

ヒロイン達がヒドインすぎる……。笑

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― 新着の感想 ―
[一言] まず警察に通報しろよw
[一言] ほんとにヒドインですね! でもそれがいいっ!笑
[一言]  これはあれですよこのふたりはねとられてもじんせいたのしめてしまうこころのもちぬしなんだきっとそうだそうなんだよしッこのかいはよまなかったことにしよう。
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