表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/93

胸騒ぎ

すみません。3日ほど、お休みをいただきました。

 ズボンの裾を捲った俺は、足を怪我したジュリオくんを引き上げる為、用水路へと降り立った。

 用水路の幅は大人3人がギリギリ並べる程度、深さは凡そ1.5m程度で、水位は俺のくるぶし辺りまであった。


 用水路の中、俺はざぶざぶと音を立てながら(うずくま)るジュリオくんの元へと歩いていく。


(………。)


 ジュリオくんの側まで辿り着き、彼を抱き上げようと手を伸ばしたところで俺は逡巡する。

 両腕で自分を掻き抱き、小刻みに震えているジュリオくんの胸中を思えば、今、俺が彼に触れてもいいもかと躊躇われたのだ。迂闊に触れることで先程の恐怖が想起されてしまう懸念がある。

 

 芹ちゃんの話から推測して、俺が先程殴り飛ばした男はおそらく男の娘スキー、又はショタスキーの間男(ネトリスト)、言わば第二次性徴前の男児専門の間男――少年専門間男(ショウネトリスト)であろう。


 今も尚、田んぼの畦で昏睡しているその男は、ジュリオくんを“性の対象”として見ていたに違いない。

 力で圧倒的な優位にある大人から……況して、同じ男性から自分が性の対象として見られるという恐怖はまだ幼いジュリオくんにとって、耐え難いものであった事だろう。


「ジュリオくん……。」


 出来る限り優しく呼びかけた俺の声に、ジュリオくんはその潤んだ瞳を向けた。


「平……さん。ぼ…僕……僕ぅ……。」


「……もう、大丈夫だよ。」


 俺はジュリオくんを抱きすくめる。

 ジュリオくんの体に触れる事に躊躇はあったが、そうしなければ、彼が今にも壊れてしまいそうに感じたのだ。


 俺の中でジュリオくんが静かに嗚咽を漏らす。


「足……痛いよな。」


「う…うぅ……はい……。」


「そっか……良く、頑張ったな。」


 最悪の事態は免れたが、ジュリオくんが心に負った恐怖の傷痕は簡単には癒えないであろう。

 それでも、俺はその痛みが少しでも紛れるように、優しく彼の背中を撫で続けたのだった。




「平、救急車と……警察、呼んだよ。」


 未だ気を失っている男を憎々し気に睨みつける角さん。

 俺が男を殴り倒した直後、駆け着けてきた彼女に、俺は救急車の手配と警察への通報をお願いしていた。


「ああ……皆さんも、すみません。ご助力、ありがとうございます。」


 今、俺達の周りには角さんが連れて来てくれた、近所の人達が集まっている。

 ギュッとしがみついて離れない芹ちゃんを抱いたまま、俺は彼らに頭を下げた。



 幸い、芹ちゃんに怪我は無かった。

 どうやら、男も芹ちゃんに怪我をさせるつもりは無かったようで、防犯ブザーを奪い取る為に彼女を組み伏せただけのようだ。……とはいえ、男が芹ちゃんを害そうとした事自体に間違いは無く、俺は奴を殴った事を後悔はしていない。

 何より――


「浴衣……汚れちゃった……。ブザーも……無くなっちゃった。お兄ちゃんからの初めてのプレゼントだったのに……。」


 芹ちゃんにこんな悲しそうな顔をさせた男だ。許せるはずも無い。

 もう一発くらい蹴りを入れてやろうかと思い、泡を吹いている男の顔を見下ろした時、俺はその顔に見覚えがある事に気が付いた。


(この顔……確か。)


 夏祭りで屋台のおっさんからリンゴ飴を買う少し前、俺はこの男とすれ違った。

 この軽率そうな男は3、4人程度のチャラ男グループにいて、別にもう一人、やたら体の大きいチャラ男とこの男の二人が祭りに来ているチャラ男連中の中でも特に目立っていた為に、記憶に残っていたのだ。


 俺が険しい表情で男を見下ろしていると、不意に芹ちゃんが呟いた。


「神社……。」


 俺が芹ちゃんへ向き直ると、ハッした表情をした芹ちゃんと目が合った。


「この人、神社に友達を待たせてるって……!」


「……!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺のネトラレーダーがまたエマージェンシーアラートを発した。

 嫌な汗が噴き出し、呼吸が乱れる。



 すかさず俺は穴山に電話を掛けるが繋がらない。

 祭りの喧騒で電話に気が付かないだけならいいのだが、妙な胸騒ぎを感じた俺は、美織と橋爪さんのスマートフォンにも電話を掛けるが、やはり繋がらなかった。


「角さん!」


 俺は角さんの元へ走ると、芹ちゃんを下ろして彼女へと託す。


「芹ちゃんを頼む!俺は神社へ行く!」


「えっ!?ちょっ、平?!」



 角さんの返事を待たずに俺は駆け出す。

 気絶しているとはいえ、チャラ男の近くに芹ちゃん達を残して行く事が当然気掛かりではあったが、それでも俺には妙な確信があった。

 今、行かなければ絶対に後悔すると。



 只の杞憂である事を願いつつ走ると、一歩地面を蹴る毎に、鈍い痛みが拳に走った。


 俺は日頃から体を鍛えているので、筋力にはそれなりに自信がある。

 おそらく、純粋な腕力だけを比較すれば、現役野球部員である穴山にも引けは取らないであろう。だが、俺は筋肉を鍛えても“骨”は鍛えてない。


 アニメやドラマ等ではよく、拳で人を殴るシーンが見られるが、現実でそれをやると間違いなく()()()()


 人間の拳骨とはそんなに頑丈なものではなく、例え、正しい拳の握り方を知っていたとしても、日頃から拳骨を鍛えている空手家など以外、骨で骨を殴れれば、必ず()()と断言できる。

 それは、バンデージの上にグローブを付けたボクサーなどでもそうなので、俺のような素人が力任せに拳を振るえば尚更の事だった。



 焦る気持ちに連動するように拳がズキズキと痛みはするが、俺は全力で神社へと駆ける。

 そして、ようやく神社へ辿り着いた俺は、境内へ続く階段を駆け上がり――戦慄した。

次回、神社組の話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ショウネトリステスはわりと多い気がしますが、ショウネトリストは希少かもしれませんね(笑)
[一言] ショウネトリストはほんとにえぐい笑 神社組気になってました次回楽しみにしてます! 更新お疲れ様です!
[気になる点] 穴山の穴が無事かどうか [一言] 神社でだらしなくアヘ顔を晒している人がいると思う 誰かは言えない これ以上は!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ