その衝動を拳に
闇を切り裂き、俺は走る。速く……もっと、速く!
今尚、鳴り響くこの甲高い電子音は――防犯ブザーのSOSコール。
毎日のように、独り公園で母親の帰りを待つ芹ちゃんの身を案じ、俺は以前、彼女へ防犯ブザーを渡している。
今、鳴り響いている防犯ブザーが、芹ちゃんのものとは限らない。
芹ちゃんのものであっても、間違えてピンを抜いてしまっただけかもしれない。
だが、その時はその時だ。
(芹ちゃん……!)
今は音の方向へ、全力で駆けるのみ!
民家の間を抜け、裏の田んぼへと出た俺は目を凝らし、辺りを見回す。
(……誰かいる!?)
夜闇の中、一つの動く人影を捉えた瞬間に防犯ブザーの音が突然、途絶えた。
いや、正確には途絶えたわけでは無いであろう。おそらく、防犯ブザーは持ち主から奪われ、水田の中、又は用水路の中にでも投げ込まれたようだ。
先程、人影を捉えた時、俺にはその影が何かを投げ捨てるような動作をしていたように見えた。
俺がその人影の方へ一歩踏み出した瞬間、不意に雲間から覗いた月が辺りを照らした。
月明かりにより、照らし出された田んぼの畦に、二つの人影が鮮明に浮かび上がる。大小の二つの影が。
大きな影が小さな影を――踏みつけている?
それを認識した瞬間、俺の中で何かが壊れた。
日常を平穏に送る上では、必要の無いもののはずである、それを抑えていた何かが。
小さな人影は浴衣を着ていた。あの浴衣は――
「うぉおおおおおおおお!!」
解き放ったそれは暴力的な衝動となって、俺の全身を駆け巡り、体中の血液を沸騰させた。
俺は解き放たれた衝動の赴くまま、一直線に大きな人影へと突貫する。
大きな人影がこちらに向き直った。男……男だ。どこかで見たような覚えがある。
男は俺の存在に気が付き、慌てて身構える。だが――
(遅い!!)
俺は既に男に肉薄していた。
「俺の子に何しやがるんだ、ゴォルァアアアアアア!!」
突き出した拳に、何かが砕けたような感覚が伝わる。
砕けたのは、俺の拳骨か、あるいは男の顎骨か。極度の興奮により痛覚が麻痺している為なのか、それは解らない。
ただ、今はこの拳にありったけのそれを込めて――振り抜く!
意表を突かれた男は、まともに反応する事も出来ずに、俺の拳をその顎で受け「ひゅっ」という、か細い声を発しながら、そのまま後方へと大きく吹き飛んだ。
大の男が吹き飛ぶ程の破壊力を出したのだ。反動が俺の拳から肩を突き抜けて、足腰まで伝わる。
吹き飛んだ男は、体を一本の棒のように硬直させたまま頭から倒れ、全身を痙攣させている。拳で顎を打ち抜かれた衝撃が脳髄まで伝わり、失神したのだろう。
直立した姿勢のまま倒れた男は口から泡を吹き、痙攣を繰り返している。
俺はその男の頭部を徐に踏みつける。俺の中でそれはまだ暴れ狂っている。こいつを殺れと咆哮を上げている。
許すつもりなど無い。消してやる。我が子に暴力を奮った事を後悔させてやる!
「お兄ちゃん!!」
誰かが俺の足へとしがみついた。その小さい手で……愛しい手で。
そう。この手は……この声は――
「……芹?」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
泣いて俺にしがみつくこの子は……芹。俺の……ん?? 俺の……何だ?
「芹ちゃん。怖かった……ね」
芹ちゃんの泣き顔を目にした瞬間、俺の中で暴れ狂っていたそれは何処かへ掻き消えた。
こ…今作ってアクションのジャンルでしたっけ?!(混乱)