女子高生達の選択
お待たせ?致しました。
下卑た笑いを浮かべながらにじり寄る2人の男達を見据え、坂梨美織は思案を巡らせていた。
現在、美織達3人と男2人との距離はおよそ15mほど。
神社の境内から脱出するには、崖を降るか、鳥居の先にある階段を降るかしか方法がない。
今は夜、街灯などの光が無い崖を、月明かりのみに頼って降る事は不可能であろう。
美織は鳥居の先を一瞥する。
鳥居までの距離はおよそ25m。その先にある階段を10mほど降れば民家のある住宅地まで逃亡する事が出来るのだが、美織達3人は浴衣を着ている上に、履物は下駄だ。
基礎身体能力で成人男性に劣る女子高生3人が、服装というハンディキャップを負ったまま、住宅地まで逃げ切れる可能性は限りなく低いと思われる。
唯一の優位性は、相手が2人である事に対して、こちらは3人であるという事だ。
今から全力で鳥居まで走れば、美織達3人の内、1人くらいは逃げ切れる可能性もあるが、美織はすぐさまその可能性を否定した。
何故なら、すでに3名の内1名は除外して作戦を立案する必要があるからだ。
野球部のマネージャーにして、穴山将一の恋人である砂川瑞穂。彼女はおそらく動けない。
瑞穂は今も恐怖で顔を引き攣らせ、極度の緊張からその体を強張らせている。
(壮太……。)
美織は心の中で愛しい幼馴染の名を呼ぶ。
坂梨美織はこのような状況とは無縁の生活を送って来た、ごく普通の女子高校生のはずだ。だが、彼女はあまりこの状況に動じていなかった。
美織は中学2年頃、ちょうど壮太が角膜の手術をした頃から進学塾へ通っていた。
美織は塾までの道程に市電を利用していたのだが、人目を惹く美少女である美織は、その間に痴漢被害を被った事があった。
比較的、気丈である美織はすぐさま痴漢の手を掴み、自身が被害にあった事を他の乗客へと周知した。
その後、他の乗客に取り押さえられた痴漢は警察へ引き渡され、美織は事なきを得た。
後日、壮太が入院する病室を、見舞いという名目で訪れた美織は、彼に先日遭った痴漢被害の話をした。
『ちょっと!聞いてよ、壮太〜!』
美織は痴漢に対する怒りと、塾通いで溜めたストレスを壮太の病室で吐き出し続ける。
気の済むまで喋り続ける美織の言葉に相槌を打ちつつも、壮太は内心、気が気じゃなかった。
(こ…これが、美少女が負う危険性……ネトラレリスク……か。)
この頃の壮太は未だ、NTRに対する耐性を得ておらず、美織の話に激しく動揺していた。
『な…なぁ、美織……。』
美織の話が一旦終わったところで、壮太は美織の瞳を見据えた。
『お前に……どうしても受け取って貰いたい物があるんだ。』
何時になく真剣な瞳をした壮太が、美織へ渡したかったそれは、後日、宅配便で坂梨宅へ届いた。
以降、壮太は事ある毎に美織へ口酸っぱく言う事になる。出掛ける際には必ずそれを持っていくように――と。
今、美織の化粧ポーチの中にも、壮太の言い付け通りにそれらが入っている。
(壮太……ありがとう。壮太のお陰で、私はまだ動けるよ。)
一方、橋爪志緒も彼女なりに、この状況を打破する為の思案を巡らせていた。
(見捨てる……という手もあるのですが……。)
恐怖で動けなくなった瑞穂を横目に、志緒は溜息を吐く。
この状況においても、志緒は相変わらず、貼り付けたような笑みを湛えていた。
彼女には逃げ延びる手立てがあるのだ。ただし、それは彼女のみが逃げ延びる為のものであり、誰かを救う為のものではない。
志緒も自身の化粧ポーチへと手を伸ばし、その中にあるモノを握る。
スタンガン――そう呼ばれるそれは、押し当てた対象へ電気ショックを与え、行動不能にする護身用の防犯具である。
志緒は自身が良からぬ輩から狙われ易い質である事を、過去の出来事から充分に理解していた。
備えあれば、憂いなし。志緒にとって、そのことわざは常に実感可能なのものであり、学園への登下校ですら、常にスタンガンを制服のスカートへと忍ばせていた。
当然のように、今日の夏祭りにもそれを備えていた志緒だったが、彼女はスタンガンを過信してはいなかった。
何故なら、自身が非力な普通の女性でしかない事も、また正確に理解していたからだ。
相手がこちらを軽んじている内ならば、スタンガンによる不意の一撃で相手を無力化する事ができるだろう。しかし、意表を突くことが可能なのは一度のみ。
志緒がスタンガンを所持している事を認識された時点で、二度目は無い。……腕力で成人男性に圧倒的に劣る女子高生の志緒は、冷静にそう考えていた。
故に、志緒がスタンガンで戦い、他2人を助けるという選択は有り得ない。
(……助ける義理もありませんしね。)
志緒にとっては、美織も瑞穂も等しく興味の持てない存在であった。むしろ、美織に関しては、志緒と壮太が結ばれる際の障害に成り得る可能性もある為、邪魔な存在であると感じている。
あるいは、瑞穂も後々邪魔になる可能性がある。
志緒にとって、壮太こそが絶対者であり、それ以外の人間に魅力を感じる事は決して無い。
故に、瑞穂が将一を見限って、志緒の大切な壮太に惚れる可能性が懸念されるのだ。
そう考えれば尚更、志緒には積極的に2人を助ける理由が無かった。
このまま逃げれば、男2人の内、1人は志緒を追ってくるだろう。その1人にスタンガンを当てれば、志緒のみならば、逃亡が可能のはずだ。もしくは、もう1人くらいならば……。
(ただ、アレは無理でしょう……。)
志緒は色のない微笑みを浮かべたまま、冷たい眼差しを瑞穂へと向ける。
その時もう一つ、人影が近づいてくる気配があった。
その場にいる全員に緊張が走る中、ただ一人、瑞穂だけが頬を緩め、目尻に涙を浮かべた。
(将一くん!!)
救世主アナヤマン参上!……?
次回はジュリオ、芹サイドの話になる予定です。




