境内にて
それは穴山将一達6人が花火鑑賞の為に、角家の近所にある神社へ向かい、その境内に辿り着いた時だった。
「……すみません。僕、ちょっとトイレに行きたい……です。」
この境内まで穴山達を案内して来た角樹里王が、恥ずかしそうにそう呟いた。
その呟きを聞いて、もう一つの小さな影がおずおずと手を上げる。
「わ…私も行きたい……。」
手を上げたのは道野辺芹であった。
樹里王も芹もまだ小学生で体が小さい。そんな二人が祭りの最中、かき氷やタピオカティーなどを飲食すれば、近いうちに尿意を催す事は必然であった。
そんな二人の発言に、将一はガシガシと頭を掻く。
樹里王だけならば、将一は「そこらで済ませよ」と言った事だろう。だが、芹もとなると、流石にそうは言えない。
この小さな神社の境内にトイレが設置してあるとも到底思えない。
「ぼ…僕の家、近いからそこで……。」
樹里王が芹に自分の家のトイレを提供するよう申し出ると、芹は少し黙考した後「じゃあ……お願い」と頷いた。
「ジュリオくんの家まで、どのくらい掛かるの?」
二人のやり取りを見ていた砂川瑞穂が、樹里王へ尋ねる。
「10分……いや、8分以内には戻って来られると思います。」
樹里王の家が近所である事を瑞穂も聞いていた。だから、瑞穂達はその返答を聞いた上で、憂いなく二人を送り出した。
『すぐに戻ってきます!』
樹里王が瑞穂達へそう告げて、境内を出発してから10分が経過した。
「大丈夫だったかしら……。」
樹里王と芹を送り出す際、自分も着いて行くべきだったのではと、瑞穂は少し危惧し始めていた。
年齢の割に大人びている二人だが、彼らはまだ小学生。
いくら近所に家があるとはいえ、子供二人で夜道を歩かせる事には、やはり不安が残る。
「別に、大丈夫だろ。」
特に心配した様子もなく、暢気に応えた将一を見て、瑞穂は小さく溜息を吐く。
将一と瑞穂は恋人関係にあるが、野球部の部員とマネージャーという関係でもある。
マネージャーでもある瑞穂は、マネジメントの一貫として、野球部員である将一の長所も短所も熟知していた。
瑞穂の評価する将一の長所は、豪胆さ、思い切りの良さ。短所はその裏返しで、浅略である事であった。
「将一くん、その根拠は?」
詰問するような瑞穂の態度に、将一は言葉を失い項垂れる。
瑞穂としては、将一に慎重さを身に付けて貰いたいと常々思っていた。そうする事によって、野球においても彼がステップアップできると考えているからだ。
「あー……じゃあ、俺、ちょっと二人を見てくるわ。」
「えっ!ちょっ……将一くん?!」
将一はそう言うと、瑞穂が止める間も無く境内の階段を駆け下りて行った。
二人を見てくると言って飛び出した将一だが、そもそも彼は角家が建つ正確な場所を知らないはずである。
その将一が二人を捜しに行ったところで、瑞穂にはあまり意味があるとは思えなかった。
「行っちゃった……ね。」
坂梨美織が苦笑いを浮かべて瑞穂を見ると、彼女も同じように苦笑いを返す。
その中で橋爪志緒だけが、これまでのやり取りを微笑みを貼り付けたまま傍観していた。
(本当に……平くん以外の男性は、お猿さんばかりなのですね。)
志緒がこの夏祭りに参加した目的、それは未来の夫たる壮太に他ならない。
だが、今日の壮太は忌々しい事に芹の保護者という名目で祭りへ参加いる上に、祭りを回る面子に宿敵たる美織の他、将一や瑞穂、角姉弟までがおり、壮太を独占する事など不可能であった。
端的に言ってしまえば、志緒はすこぶる機嫌が悪かった。
それでも、橋爪志緒という人間は微笑みを絶やさない。その作り物の仮面を脱ぐ事はない。そして、その異常性に気が付いている人間は、学園においては同族の坂梨美織、ただ一人だけであった。
その時、神社の拝殿がある方向からガタリと物音が聞こえた。
美織達が音の聞こえた方向を見据えると、夜闇の中から二つの人影がヌラリと浮かび上がり、彼女達の方へと近づいて来た。
(ひ…人?どうして、こんなところに?)
このような場所に人がいるとは思いもよらなかったのであろう。瑞穂が明らかな動揺を示す。
一歩一歩と近づいてくる二つの影に、美織と志緒の顔も緊張した面持ちへと変わる。
「よぉ、可愛い〜姉ちゃん達ぃ〜っ!」
その影の一人、舌を出した下衆顔でヘラヘラと笑う男が美織達へ声を掛けた。
年齢は美織達と同じか、すこし上くらいに見える。それなりに背丈もある若い男だった。
「うおっ!マジだ。可愛い娘ばっかじゃん!ラッキ〜。」
もう一つの人影も美織達へ、その下心だらけの下卑た瞳を向ける。
(この瞳……。)
透かさず志緒が臨戦態勢に入る。男達のこういった劣情に塗れた視線に敏感な志緒は、二人の危険性に逸早く気が付き、備えをとったのだ。
二人の男がこの神社へ足を運んだ理由は、賽銭泥棒をする為であった。
夏祭りで散財しすぎた二人は、小銭欲しさに、この神社の賽銭箱を漁る事にしたのだ。
その時、神社へやって来たのが美織達であった。
とっさに身を隠した二人であったが、しばらく経つと、その中にいた唯一の男性である将一が何処かへと去り、後に残ったのは3人の少女のみ。それも特別容姿に優れた美少女ばかりであった。
二人の男は舌なめずりをした。
この神社の境内は近隣の住宅地より少し高い位置にあり、人目に付き難い。故に何かが起こったとしても、目撃される可能性は極めて低いと思えたのだ。
危険な状況を理解したのか、険しい顔をした美織も警戒度を上げて身構える。
不意に男達は一人の少女に目を向けた。
清楚なボブカットに浴衣姿が似合う、その少女、瑞穂は混乱して足が竦んでいた。
男達の口角が歪に釣り上がる。
砂川さん、ピンチ……。穴山、間に合うか?
どうでもいい事ですが、小説投稿ジャンルがコメディーなのに、主人公が不在だとコメディーになりませんね!汗




