白から黒へ
自販機で人数分の飲み物を購入して、美織達の待つ神社へと向かう。
並んで土手を歩く俺と角さんの間に会話は無い。
(あれぇ?おかしいな……。)
俺が角さんに自信を取り戻させる為に、選んだ言葉は正解だったはずだ。実際、彼女は喜んでいたようだし……。
だが、今、彼女は少し俯きがちに歩いている。俺と瞳を合わせようともしない。
(これは……失敗?)
少し不安になった俺は、角さんと話をしてみる事にした。
「角さんってさ……オシャレだよな。」
「えっ、何?突然……。」
うん。まぁ、そういう反応になるよな。俺も適当に話し振っただけだしな。
「いや、まぁ、何となく……?」
「自分から振っておいて疑問形?……もしかしてアタシ、派手かなぁ?」
そうだな。派手かと問われれば、派手……かな。
金髪だし、アイシャドー?付け睫?やピアスを着けていたり、美織や橋爪さん、砂川さんと比べると派手な外見をしている事は間違いないだろう。
人工的に焼いた浅黒い肌や、着崩した服装も、まぁ……一般的には軽薄な印象を与えがちだが、広義においては派手だと言える。
俺が答えあぐねていると、角さんはポツポツと自分の話をし始めた。
「アタシさぁ……昔、イジメられてたんだよね。まぁ、イジメって言っても、無視されたりとかだったけど。」
俺は無言で話の続きを促す。
「真面目すぎたんだと自分でも思う。陰キャってヤツ?だからさぁ、高校に入って、自分を変えたいって思った。所謂、高校デビューってヤツよ。」
そういや、高校デビューした彼女がチャラ男に寝取られる話もあったな……。(遠い目)
「でも、うちの学園、同中の奴が結構いてさぁ、ホントはアタシが芋臭い女だって、バラされちった……。」
余計な事をする連中もいたもんだ。少し……腹立たしいな。
他人の過去を面白可笑しくほじくり返す……俺が嫌いなタイプの人間だ。
「そんな時、アタシの事を庇ってくれた奴がいたんだ……『俺も高校デビューだが、何が悪いって』言って。」
………あれ?何か、身に覚えが……。
「そいつ、中学までは勉強嫌いで、見た目もダサダサだったらしいんだけど、高校からは身嗜みに気を使うようになって、突然、勉強も始めて……今じゃ、普通科の成績トップだよ。……ねぇ、平。」
俺の名前を呼んだ角さんの瞳は、少し熱っぽかった。
その瞳に吸い込まれるように、俺は一年前の記憶を辿る。
学園の中庭に何人かのギャルが屯していた。俺は偶々その日、中庭の掃除当番だった為、その場に鉢合わせた。
その内の一人のギャルが泣きそうな顔をしていた事を憶えている。
聞けば、そのギャルは“高校デビュー”らしく、他のギャル達から「調子乗んな」と謂れのない非難を受けていた。
その様子を面白くないと思った俺は、確かに言った気がする……「俺も高校デビューだ」と。
「あぁ……あの時の白ギャル。」
そう。あの時のギャルは白い肌をしていた。だから俺は、今の今まで、あの白ギャルが角さんである事に気が付けなかったのだ。
ぶっちゃけ、俺でなくても、肌の色が変わり、バリバリのギャルメイクを施された今の彼女と、あの時の白ギャルが同一人物だとは、気が付けないのではないだろうか。
「あの時は、まだ肌、焼いてなかったからなぁ。メイクも薄かったし……やっぱ、気が付いてなかったかぁ……。」
少し残念そうに、角さんが笑う。
その顔を見て、俺はふと恐ろしい可能性に思い当たった。
もし……あの日の出来事がフラグになっていたら?
この前の告白が、罠や嘘告白などではなく、純粋な感情から来たものだったら?
「あの時の平の言葉でアタシ、完全に吹っ切れてさぁ、今じゃこんなんだよ。」
ヒラヒラと手を振りながら、笑う角さんの笑顔が……もし――
「だからさぁ、もし、平が派手なのが嫌いなら……アタシ、イメチェンしてもいいよ。」
――好きな人にだけ見せる特別なものだとしたら?
マ…マズイそ、俺!
確かに……確かに彼女が欲しい願望はある。何故か砂川さんに誤解されているが、俺はゲイじゃない。ついでに言えば○リコンでもない。
だが、あの時の白ギャルは……間違いなく可愛かった。そう、“美少女”だっだのだ。
今の角さんは化粧が濃いせいで、今ひとつ分かり難いが、その素顔はとても整っているのだろう。
ネトラレリスク診断の落とし穴を突かれたな……。
ネトラレリスク診断は対象人物の現在から未来を予測する事で、未来に起こり得るリスクを算出する。だが、現在は過去がバックボーンになっている事を忘れてはならない。
その過去が俺の想定範囲を超えていた場合、診断の正確性を欠いてしまう事になるのだ。
それに、もし……もしも、彼女が俺に本気で好意を寄せていた場合、どうなる?
地味系美少女から、白ギャルへクラスチェンジ。その後に黒ギャルにランクアップした角さんは、言わば、清純系美少女とギャルとのハイブリッド生物と言っても差し支えない存在だ。
危険だ……。そう、とても危険なのだ。
妖艶な外見に反して、中身は清楚……なんという地雷!
俺が内心、冷や汗をダラダラと流している時だった――
「おーい!壮太ぁ!」
神社のある方向から、穴山が走って来た。
「どうしたんだよ、穴山。」
俺の質問に穴山が肩で息をしながら答える。
「ジュリオくんと芹ちゃんが……二人が迷子かもしれねぇ。トイレに行ったまま、戻って来ねぇんだよ。」
「え……樹里王が?!」
その言葉に強く反応したのは角さんだった。
確かに不可解な話だ。角さんやジュリオくんは、この近所に住んでいると聞いた。
用を足す為に自分の家に戻ったとしても、家の近所で迷子になる事など有り得るのだろうか?
「穴山、芹ちゃんとジュリオくんはいつ、トイレに行ったんだ?」
「神社に着いてすぐだ。もう15分は経った。」
「角さん、君の家までは、神社から何分くらいかかる?」
「3分……いや、2分あれば、着くはずだけど。」
やはり妙だな。用を足した後、角家でゆっくりしている?……その可能性も無くはないが、往復で5分の道程。用を足している時間も含めれば、最大10分くらいは掛かるだろうが、何せ子供2人だ。不安は拭えない。
(芹ちゃん……。)
芹ちゃんを夏祭りに誘ったのは俺だ。俺には彼女の安全を約束する義務と責任がある。
「角さん、一緒に来てくれないか。芹ちゃんとジュリオくんを捜す。」
角さんが頷いた事を確認した俺は、買ってきた飲み物を穴山へと渡す。
「お…おい、壮太。俺も捜すの手伝うぞ。」
そう食い下がってきた穴山を、俺は手で制す。
「お前は神社に戻れ。今、神社に残ってるの面子……考えてみろ。」
俺の言葉にハッとした表情を見せた穴山は、踵を返して神社へと向かった。
今、神社に残っているのは美織、橋爪さん、砂川さんの美少女3人組だ。
境内があまり人目に付かないような場所であった場合、彼女達がそこで危険に巻き込まれる可能性もゼロじゃない。
……とはいえ、彼女たちを置いてきた穴山を責めることも出来ない。
残った面子の中で、一人で行動しても問題が無いのは、男の穴山くらいのものだ。
穴山が芹ちゃんとジュリオくんを探しに出た事はやむを得ないと言える。
(くそっ!俺のネトラレーダーが、警鐘を鳴らしてやがる!)
俺と角さんは角家のある方向へと走り出した。
フ…フラグが……。汗




