変えたい自分
【角樹里王】
僕が道野辺芹さんに興味を持ったのは、美化委員会が切欠だった。
僕達の学校ではクラスに一名ずつ、校内の掃除や花壇の手入れなどを行う美化委員を選出する事になっている。
正直、僕は気が進まなかった。だって、美化委員は体育委員や放送委員、他の委員会に比べて“女の子”がするイメージが強い委員会だったから。
本当は……本当は僕は、情報委員になりたかった。
コンピュータが得意な僕なら、適任だと立候補したかった。だけど、内気な僕が先生からの推薦を断れるはずもなく、僕はやむなく美化委員となった。
美化委員の仕事は地味で退屈だった。
校内のゴミ拾いや、廊下に貼られたポスターなどの掲示物の補修、花壇の手入れ。どれも僕には興味が持てないものだった。
ある日、僕は一人で花壇の手入れをする女子を見かけた。
彼女は僕と同じ学年で、隣のクラスの美化委員に選出された道野辺さんという子だった。
ただ一人、黙々と花壇の草むしりをする彼女へ、僕は声を掛けた。
『どうして、そんなに一生懸命なの?』
僕の問いに道野辺さんは一瞬だけ手を止めて、再び草むしりを始めた。
『それが、私の仕事だから。』
当たり前の事だった。僕達は美化委員。学校を綺麗にする義務がある。
ただその時、僕には道野辺さんがすごく“大人っぽく”感じた。
その他愛の無い会話で、僕は道野辺芹さんに興味を持った。
道野辺さんはとても綺麗な顔をしているけど、あまり喋らない子のようで、友達は多くなく、学校では一人でいるところをよく見かけた。
僕もあまり友達が多い方ではないけど、彼女と僕とでは、あまりにも違う。
いつもビクビクと他人の顔色を伺う僕とは違って、道野辺さんはいつも堂々としている。
それがまるで「自分はいつだって自分だ」と主張しているかのように見えて、僕は彼女に密かに憧れを抱いていた。
どうやったら彼女のように、一人でも堂々としていられるのだろう……。
僕はいつしか彼女を目で追うようになっていた。
道野辺さんに興味を持った僕は、彼女の事をもっと知りたくなった。
そして、判ったこと。
彼女はどうやら小学校に上がってすぐ、交通事故でお父さん亡くしており、現在はお母さんと二人暮らしで、兄弟はいない。授業参観には誰も来た事が無い事から、親しい親戚もいなさそうだという事だった。
辛い境遇なのに、それでも弱音を吐かない道野辺さんを、僕は素敵だと思った。
ある時から、道野辺さんに明確な変化が現れるようになった。
上手く言えないけど、道野辺さんは時折“少女”の顔を見せるようになったのだ。
どことなく話しかけ辛いオーラを纏っている事は前と変わらないけど、放課後になると彼女はいつもの凛とした“大人っぽい”仮面を脱ぎ捨てて、僕達と同じ子供の顔に戻る。
そして、美化委員の仕事が無い日は終業のチャイムが鳴ると、すぐに帰ってしまう。
美化委員のある日も、放課後は少しそわそわしているように思えた。
僕は不安になった。
それは、僕がきっと彼女に恋をしてしまったから……。
僕は、道野辺さんの事を高校生の姉、樹里亜に相談してみる事にした。
「そりゃぁ……彼氏じゃね?」
僕の心臓がドクンと跳ねた。
僕と道野辺さんはまだ小学生。男女交際なんてまだ早すぎる。だけど、僕には妙な確信があった。おそらくそうではないかと。
俯く僕にお姉ちゃんは、いつになく真剣な眼差しを向けた。
「樹里王、アンタ、後悔するよ……このままじゃ。好きなんだろ?告白するしか無くね?」
真っ直ぐにこちらを見据えるお姉ちゃんの瞳に僕はたじろぐ。
「告ってみりゃ、その子に彼氏がいるかどうかも分かるし……大体、アンタは自分でいつも言ってんじゃん。“男らしく”なりたいんだろ?その子が好きなら告白しなよ……手が届かなくなる前にね。」
確かに、彼氏の有無は直接本人に聞いてしまえば分かる問題だ。だからって、いくら好きでも告白だなんて……。でも……でも、僕はいつも後悔していた。
入りたい委員会に入れ無かった時も、僕はただ黙って受け入れるだけだった。
僕は背が低い。体だって貧弱だ。だけど……だけど、このままで良いのか?
ずっと、僕は嫌だったんじゃないのか?友達から「男らしくない」と言われる度、僕だってカッコイイって言われたいって……そう思っていたはずだ。
「お姉ちゃん……僕、告白するよ。」
一学期の終了日、僕は道野辺さんを体育館裏へと呼び出した。
「話って何?」
僕に向き合う時の道野辺さんは、いつも通りの無表情だ。
だけど、僕は挫けない!今日こそ、男らしい僕になってみせるんだ。
「道野辺さん、僕と付き合って下さい!」
僕は叫ぶ。恥ずかしいけど……声が震えちゃったけど……自分を変える為に!
少しの間を置いて、道野辺さんが口を開いた。
「ごめんなさい。無理。」
……予想通りだった。
道野辺さんは表情を全く表情を変えることなく、僕の告白を断った。
「最近、仲良くなったかr……友達とか、いる?」
本当は「彼氏がいるの?」と訊きたかった。だけど、僕は訊けなかった。
「別に……いないけど。」
「じゃ…じゃあ――
(訊け!訊くんだ、僕!このままじゃ、また“男らしくない”僕に戻ってしまうぞ。)
――彼氏……は?」
それを訊いた瞬間、道野辺さんの雰囲気が変わった。
いつもの大人っぽいクールな道野辺さんから、少女……いや、“乙女”の道野辺さんへと。
頬を染めて、少し俯いた道野辺さんは、決して学校で見せる事の無い、はにかむような笑顔を浮かべていた。
おそらく、これが彼女の本当の素顔……。
「……結婚したい人なら。」
不思議と落ち込んだりはしなかった。僕では道野辺さんのあの笑顔を引き出す事は出来ない。
トボトボと一人下校する中、不意に電柱に貼り付けてあったポスターが目に止まった。
――子供に声掛けする不審者に注意。
最近、この辺りも物騒になってきたのかな?嫌だな……。
夏休みに入ってしばらく経ったある日、僕は両親と街の洋服店“しまうま”へ買い物に来ていた。
そこで僕は見てしまった……道野辺さんが、誰か知らない男性と楽しそうに下着を選んでいるところを。
あんな大胆な下着を道野辺さんが着けるのか……とかいう興奮は全く無い。
道野辺さんが男性に見せる顔……それは僕が見たくて堪らなかった、本当の笑顔だった。
買い物から帰って来た僕は、しまうまで見た事をお姉ちゃんに話した。
「それって、もしかして……不審者じゃね?」
不審者――お姉ちゃんの言葉に僕の心臓が強く脈打つ。
「で…でも、その男の人が道野辺さんのお兄さんとか親戚とかって可能性もあるんじゃ……。」
しまうまで道野辺さんと一緒にいた男性が、彼女の家族や親戚である可能性もある。だけど、お姉ちゃんは肩を竦めてこう言った。
「普通……親兄弟と下着選ぶとか無いっしょ。そういうのは女友達か……親密な仲の恋人としか。大体、その子って父親とは死別してて、兄弟もいないし、親しい親戚もいないってアンタが言ってなかった?」
確かにそう聞いた。それに、僕だってお姉ちゃんと一緒に下着を買いに行ったりしない。
じゃあ、あの男性は……?
「その子、変な男に騙されてなきゃいいんだけど……。」
それを聞いた瞬間、僕は頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。
僕は何と馬鹿だったのだろうか。
いつもと違う様子を見せた道野辺さんの姿に動揺するばかりで、その事に思い当たらなかった。
親や兄弟でも無い年上の男性。その男性と一緒に下着を買う道野辺さん……。
考えてみれば、おかしい。
下着を一緒に買う仲という事は、下着を見せ合う仲という事ではないのか?
あの男性はお姉ちゃんと同い年くらいに見えた。
そんな年上の男性が小学生の道野辺さんと下着を見せ合う?……それって……。
僕は何て馬鹿だったんだ!もっと早く気が付いていれば……!ごめん、道野辺さん!
夏休みに入り、道野辺さんの家も連絡先も知らない僕は悶々と過ごしていた。
そして夏祭りの今日、僕はその人と出逢った。
壮太より、ジュリオくんの方が主人公気質な気が……。
そろそろ、ジュリジュリ姉視点も入れるかもしれません。




