可愛さと男らしさ
河原に移動した俺達8人は取り敢えず、ジュリオくんの誤解を解く為に先日、俺と芹ちゃんが知り合った経緯から話をする事にした。
勿論、その際に芹ちゃんの“パパ”の関する事には触れない。
とはいえ皆、ある程度の察しはついている事だろう。特にジュリオくんに関しては、俺が芹ちゃんの家族である可能性を考慮する事なく突っ掛かって来た事から鑑みて、道野辺家の事情をそれなりに知っていると思われる。
「なるほどねぇ、そういう事かぁ~。」
経緯の説明を終えると、ジュリジュリ姉こと角さんが手を振りながらケラケラと笑った。
「ほーん。そんで、芹ちゃんがやたらと壮太に懐いているわけか。」
おい……穴山。今のお前の発言で一瞬、芹ちゃんの眼光が鋭くなったぞ。
最近の傾向として、芹ちゃんは子供扱いされる事を嫌っている節がある。今の場合だと、おそらく“懐いている”の部分に悪感情を抱いたのだろう。
やはり、背伸びしたい年頃なのだろうなぁ。
その後もこれまでの経緯を話し、誤解も解けた事でお開きに……と話を纏めようとした時、それまで黙って話を聞いていたジュリオくんが俺の前に歩いて来て、ガバッと頭を下げた。
「すみません……僕、平さんに失礼な事を言ってしまいました……。」
おぉう……誠実な少年だな。
先程は余程興奮していたのか口調も少々荒かったが、角さんからもジュリオくんは大人しい性格だと聞いていたし、おそらくはこちらの丁寧な口調が彼の地なのだろう。
「実は僕……先日、道野辺さんに告白して。その……フられちゃって、その原因がこの前見た変質者なんじゃないかと思ったら、つい……。」
なるほどな。まぁ、大体想像通りだが。
誤解とはいえ、確かにジュリオくんから見れば、変質者から愛しの芹ちゃんがBSSされたように感じる事だろう。
ん?……という事は、俺が間男ポジションか?
何と言う事だ!これは……何とかして、芹ちゃんのジュリオくんへ対する好感度アップを図り、小学生同士の淡い恋に割って入ったゲス間男ポジションから脱却せねば!
「小学生同士の恋愛かぁ。可愛いな~!」
「……ですね。微笑ましいです。」
「本当。いいわね、可愛らしくて。」
美織達が次々にジュリオくんへフォローを入れるが、ジュリオくんの表情は晴れない。それどころか、更に落ち込んだように見える。
そんなジュリオくんを見た角さんが、「やれやれ」と肩を竦める仕草をした事で、俺は何となく察した。
ジュリオくんの外見を改めて見てみると、同年代の男子よりも背が低く、躰も随分と華奢のようだ。
さらに顔は所謂“女顔”で、ウィッグでも被れば、まず男子には見られないだろう。
これは俺の憶測に過ぎないのだが、彼はおそらく自分の顔や体格にコンプレックスを持っている。
今も自嘲気味に笑うジュリオくんと、そんな彼の肩をさりげなく叩く彼の姉である角さんの様子からも、こういった事は初めてでは無いのだと思われる。
そうでなくても、ジュリオくんくらいの年齢の少年は男らしく思われたいものだ。
逆にその対極にあたる“可愛い”や“微笑ましい”という言葉は、彼にとってあまり嬉しくないもののはずで、想い人の前ならば、尚更、男らしくありたいと願うだろう。
ここは一つ、俺がフォローするか。
「ジュリオくん。」
俺がジュリオくんの名を呼ぶと、彼はおずおずと顔を上げた。怒られると思っているのだろう。
俺は腰を屈め、ジュリオくんと目線を合わせる。
「ジュリオくん。君はカッコイイな。」
「え……?カッコイイ……僕が?」
唖然とした表情を浮かべるジュリオくんに俺は「うん」と頷き、微笑み掛ける。
「好きな人に告白する事。その好きな人を全力で守ろうする事。どちらもとても勇気がいる事だよ。今回は誤解もあったかもしれないけど、君がやった事は、とても男らしくてカッコイイ事さ。……少なくとも、俺はそう思うよ。」
俺の言葉にジュリオくんは目を見開き、その目尻に涙を浮かばせた。
その涙を然りげ無くハンカチで拭き、俺は彼の耳元で「よく頑張ったな」と賞賛を贈った。
あれこれ話をしている間に、それなりの時間が経ったらしい。
まだまだ祭りを見て回れていない俺達は引き続き、夏祭りを楽しむ事にした。
屋台を食べ歩き、射的に金魚すくい、俺達8人は夏祭りを満喫する。
そんな中、不意に俺の隣に砂川さんが並んだ。
「……私は、平くんがよく解らないわ。」
「そう?」
こちらに横顔を向けたまま、砂川さんは話を続ける。
「人の事……その……寝取られる(小声)……とか何とか、将一くんに妙な事を吹き込んだ、悪質なゲイ野郎かと思っていたら、さっきはジュリオくんの胸中を敏感に察して、的確なフォローをしてあげたり……。」
うん。ゲイは誤解なんだけどな。その誤解、ちゃんと解いとけよ、穴山……。
「悪い人では、ないのよね?」
「そこで俺が『そうだよ』と頷いたら、逆に嘘臭くない?」
俺がそう返すと、砂川さんは「確かにね」と、少し表情を和らげた。
砂川さんの笑顔を初めて見たが、黒髪のボブがによく似合う、柔らかい笑顔だった。
そこで、俺はふと気が付く。
(砂川さん、若干、足……引きずってる?)
視線を砂川さんの足元へ向ければ、どうやら足を少し引きずっているように見える。
有り勝ちなのが下駄の鼻緒切れだが、見た感じ、切れては無さそうだ。緒ずれでもしたのだろうか。
穴山は……あぁ、あそこで輪投げに夢中みたいだな。
何やってんだか。彼女放ったらかしで遊んでて、間男に目を付けられても知らねーぞ。
俺はこんなこともあろうかと持って来ていた絆創膏を取り出して、砂川さんへ渡す。
「ありがとう……随分、用意がいいのね。」
「今日は芹ちゃんも草履だからな。念の為、持って来たんだよ。」
「……やっぱり、悪い男かもね。君……。」
その言葉に俺は無言でサムズアップを返す。
何だかんだで、少しは砂川さんと打ち解けられたかもしれない。友人の恋人として、俺も出来ることなら彼女とは仲良くしたいしな。
ジュリオくんの覚醒は、もう少し後で!