幼馴染という地雷
さて……そろそろ、思考を現実の世界に戻す事にしよう。
現在、俺こと平壮太は高校2年生である。
中学生の頃に角膜移植を受けて……つまり、ネトラレリスクについて考え出して早3年になる。
3年も考え続けていれば、俺もある程度はネトラレリスクを計算する事が可能になってくる。
今も尚、楽しそうに他愛のない話を続ける幼馴染の坂梨美織の言葉に適当に相槌を打ちつつ、俺は密かに何度目かのネトラレリスク診断を行う。
坂梨美織――俺と同じ学園に通う幼馴染にして、学園内外で有名な美少女。
同じ高校2年生ではあるが、彼女は特進科で、俺は普通科。要するに頭のスペックは美織の方が断然上。
さらに優れた容姿は勿論、明るい性格と相まって、彼女には男女共に友人が多い。
部活は女子バレー部に所属しており、運動も得意だが、水泳だけは苦手らしい。ちなみに俺は帰宅部だ。
さて、では何故、俺のような平凡な男子が美織のような高スペック美少女と一緒に歩いているのかと言うと、俺と美織が幼馴染だからというだけの理由だ。
同じ学園に通い、家は近所。学園までは歩いてける距離となれば……朝の登校を共にする事に、さほど不自然さは感じないだろう。
小学生の頃から変わらない俺と美織の時間。
中学の頃に、気恥ずかしさから少しだけ疎遠になった事もあったが、俺と美織は基本的に毎朝の登校を共にするくらいには仲の良い友人同士だ。
そう、友人。ここが重要だ。
かつて俺は、美織に淡い思いを寄せていた事があった。
中学の頃、少しだけ疎遠になった時に、クラスメイト達が美織の噂話をしているのを聞いて、彼女の魅力に気が付いたのだ。
何とも間抜けな話だが、これは仕方が無い事だと思ってもらいたい。
美人は3日で飽き、ブスは3日で慣れるという言葉があるが、俺が美織の顔を見ている時間は、鏡で自分の顔を見ている時間よりも遥かに長い。
美織がいかに美少女であろうと、俺は彼女の容姿には慣れてしまっていた。
だから、当たり前のように隣にいた少女の魅力に俺が気が付けたのは、少し距離を置く事で、美織という人間を客観的に見る事が出来るようになったからだ。
そして、俺は思春期特有の勘違いをする事になる。
美織にとって、俺は特別な存在ではないだろうかと、謎の自惚れを抱くようになった。
漠然と美織と結婚する未来を思い描いた事もあったが……今となっては絶対に有り得ない事だ。
何故なら、美織のネトラレリスクは偏差値にして驚異の82……これは非常に危険な値だ。
美織には数多くの寝取られ因子“ネトラレファクター”が存在している。
先ず、俺と幼馴染同士である事。
俺が美織の魅力に気が付けなかった事もそうだが、幼馴染という関係は、安心感を得られるという意味においてはプラスの補正を得る代わりに“刺激”が少なすぎて、新鮮味に欠けるというマイナス面がある。
思春期の俺達にとって、刺激の無い生活は耐え難いものだ。
いつも己を興奮させてくれる何らかの刺激を求めている。
人によって、燃える恋愛であったり、没頭できるテレビゲームであったり、単車で暴走する事だったり様々であろうが、刺激というものが無いと、快感を得られないのだ。
そして、彼女はかなりの美少女でもある。
俺が自分に戒めている掟の一つに「美少女は敬遠せよ。」とある。
何故、美少女である事がネトラレリスクになるのかは説明するまでもないだろうが、大きく分けて二つの危険因子を孕んでいるからだ。
一つは単純に狙われやすい事。
誰だって、リスクを冒して誰かを手に入れようとするのなら、その誰かは可愛い方が良い。
美少女である事はそれだけで色々な下心を持つ輩を惹き付ける危険因子となる。
もう一つは周りからの嫉妬だ。
俺のような特別な取り柄のない冴えない平凡な男と、美織のような高スペック美少女が恋人関係になったとあれば、少なからず面白くないと感じる人間がいるはずだ。
俺の方が彼女に相応しいのに何故?……そういった暗い感情を抱く者の中には、強引に彼女を手に入れようと画策する輩が出て来て、それが危険因子となる。
故に、俺のような平凡な男子にとって、美少女である事が“地雷”なのだ。
美織はその二つのネトラレファクターを持つ上に性格も良く、友人も多い事でさらにネトラレリスクが上昇する。
もはや、ネトラレリスクの女王“クイーン・オブ・ネトラ―”の称号を授けてもいいくらいだ。
故に俺は美織を敬遠する。
先ほど述べたように、美人は三日で飽き、ブスは三日で慣れるのだ。
俺も彼女が欲しい願望はあるが、そもそもそれは美少女でなくても構わない。
気が合って、一緒にいて楽しくて、性格も良ければ、多少顔面偏差値が低かろうが問題ない。
ネトラレリスクフルな美少女よりも断然安心して愛を育めて、むしろ結構だ。
「ねぇ、壮太。聞いてるの?」
「ああ、聞いてるよ」
ぼうっと美織の横顔を眺めたまま、ネトラレリスクについて考えていると、隣を歩く彼女から不満の声があがった。
「じゃあ、今、私が何て言ったか答えてみて」
「……お腹すいた?」
「言ってないから!」
俺が話を聞いていなかった事が不満なようで、美織が不機嫌そうに頬を膨らませる。
そんな仕草が可愛くて、俺がつい頬を綻ばせると、彼女は少し赤面したままこちらを睨んだ。
「何か……子供扱いされてる気がする」
「そんな事ないけど……」
「そんな事あるよ。目の手術してから、何だか壮太、少し大人っぽくなったよね?」
どうなんだろう……自分ではよく分からないが、角膜移植する以前に比べて確かに色々な事に少し冷めた感じはある。
とは言え、大人っぽくなったかと言われればそれは違うと思う。
俺の中で明確に変わったものは物事の考え方ではなく、美織への想いだ。
美織へ抱いていた淡い感情が消失した為、彼女に対して余裕を持って接する事が出来るようになった。
俺はリスキーな未来は望まない。ただ、それだけの事だ。
適当にはぐらかしつつ、通学路を二人して歩くと、唐突に後ろから肩を叩かれた。
「よっ! 壮太っ」
爽やかな声に後ろを振り返れば、案の定、そこには見知った友人の姿があった。
穴山将一――中学の頃からの友人で、美織とも面識がある。部活は野球部で、健康的に焼けた肌に白い歯が眩しい。
そういえば……と、ふと思う。
美少女幼馴染、体育会系の友人とくれば――
「間男?」
「は……?」
あ……ミスった。ついつい口に出してしまった。
でも、仕方がないじゃないか。親友キャラは大体、間男だ。(偏見)
「ねとりすと?何だそりゃ?」
「いや、何でもない。ウォッチリストみたいなもんだ」
「ほ~ん……?」
大して興味がないのか、深く突っ込まれる事もなく、俺達三人は一緒に通学路を歩き始めた。
いつも以上におしゃべりな穴山が昨日の部活がどうだったとか、ガチャを回したら何が出たとか、至極どうでもいい話をしているのを適当に聞き流しつつ、美織に視線を向けると、彼女はどことなく浮かない表情をしていた。
「美織、どした?」
俺が声を掛けると、美織は「ううん、何でもない」と首を振り、いつもの笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て俺は思う。
「これは……BSSかな」
「「はい……?」」
いや……俺は美織への恋慕を失っているので、正確にはBSSではないのだが、気分的にはそんな感じだ。
どうでもいいけど、NTRとBSSって紛らわしいな。
広義においてはどちらもNTRではあるのだろうが……俺と美織は両想いではないから……この場合は何なのだろうか?
まぁ、今ここで言葉の定義に関して言及する必要は無いな。
とりあえずは、キョトンとした表情を浮かべている二人に俺はこう言おう。
「二人がそれで良ければ、問題ないんじゃないか?」
「どうしたの……壮太?」
「びーえすえすって何だ? テレビ局か何かか?」
未だに頭の上に?を浮かべている二人を見て、俺は熟思う。
(どうやら、NTRの回避に成功したようだ。俺の六戒は正しかったな!)
思い込みの激しい主人公!