小さな騎士様
合流場所に到着した俺と芹ちゃんを、相変わらず黒光りした坊主頭の穴山が手を振って迎える。
「おーい、壮太。こっち、こっち。」
軽く手を上げてそれに応えると、俺は芹ちゃんの手を取り、穴山達の側へと歩いていく。
「おっ!これが噂の芹ちゃんか。こんばんは、俺は穴山将一。で、こっちが――
「砂川瑞穂です。こんばんは、芹ちゃん……と、平壮太……くん。」
野球部らしく爽やかに自己紹介する穴山と、その隣に立ち、芹ちゃんへ柔和な笑顔を向ける女子が野球部マネージャーにして、穴山の彼女の砂川さん……のようだ。
砂川さんは、芹ちゃんに軽く挨拶を済ませた後に、こちらを横目で一瞥する。
何故だろう……微妙に警戒されているような気がするのだが。
「はじめまして、砂川さん。」
「は…はじめまして。道野辺芹……です。よろしくお願いします。」
俺が砂川さんに挨拶を返すと、芹ちゃんもそれに続き、穴山と砂川さんへ自己紹介をする。
うむ。偉いぞ、芹ちゃん。ちょっと緊張しながらも、きちんと挨拶ができている。
俺が「偉いね」と芹ちゃんの頭に手を置いた、その時だった――
「み…道野辺さんから、手を離せよっ!この変質者め〜!」
小柄な一人の少年が俺と芹ちゃんの間に割って入り、芹ちゃんを背中に守るように俺と対峙する。
「ちょっ……樹里王?!いきなり、どうしたよ?」
突然の事にやや混乱する俺だったが、直後、その少年を追いかけるように走ってきた人物を見て「あぁ」と理解する。
全力で走ったのか、辛そうに肩で息をしている人物はクラスメイトのギャル、角樹里亜。ジュリジュリ姉弟の姉だった。という事は、つまり――
「君が弟くんか。」
「………。」
俺の質問には応えず。ジュリオくんは敵意剥き出しの瞳を俺に向ける。
まぁ、おそらく誤解……ではあるのだが、足を震わせながらも、健気に芹ちゃんを守ろうとする姿は天晴だ。同じ男として、賞賛に値する。
角さんから、弟のジュリオくんは内気な性格だと聞いていたのだが、中々に“漢”じゃないか。
彼は将来、立派な“ネトラレナイト”にクラスチェンジできる逸材かもしれんな。
俺が黙ってジュリオくんを観察していると、それが癇に触ったのか、彼は激昂し始めた。
「ぼ…僕は知ってるんだぞ!お前がこの前、道野辺さんと……その……しまうまで一緒にパンツを買ってたって事を。道野辺さんは一人っ子のはず……お前は誰なんだよぉ?!」
あぁ……なるほど。この前、芹ちゃんと女児下着コーナーに居たところを見られていたのか。
確かに、親兄弟でも無い俺が芹ちゃんと一緒に女児下着を見て回っていたら、不審者に思われるか。
「変態めっ!道野辺さんにこれ以上、近づくな!」
そう言い放ったジュリオくんの言葉に、砂川さんは軽蔑したような瞳を俺に向ける……って、おい!穴山、お前もかっ!
ジュリジュリ姉こと、角さんはそんな俺達のやり取りを見て、何かを察したのだろう。ニマァ〜と意地の悪そうな笑みを浮かべた。
くそっ!そのいやらしい笑み。やはり、間女だな!
俺とジュリオくんの対峙が続く中、ジュリオくんの後ろから芹ちゃんが静かに口を開いた。
「角くん……もう、やめて。」
「な…何で?道野辺さん、君はきっと騙されているんだよ。この痴漢野郎に!」
「……お兄ちゃんの事、悪く言わないでくれない?」
ジュリオくんが発した俺に対する辛辣な言葉に何かを感じたらしく、突然、芹ちゃんの瞳からハイライトが消え、冷たい声でジュリオくんの言動を非難する。
その異様な雰囲気に押されたジュリオくんだったが、一瞬、口を噤むも再度、俺へ食って掛かる。
「お…お兄ちゃんだって?へ…変態め!道野辺さんに、そう呼べって、命令しているんだろう?!」
悲しいかな。本格的に話が通じないな……っていうか、そろそろ助けろよ!ジュリジュリ姉。
「お兄ちゃんの事、これ以上悪く言うなら……す……から。」
暗い瞳をした芹ちゃんが、不意にジュリオくんの耳元でボソッと何かを囁いた。
その瞬間、さっきまで威勢の良かったジュリオくんが膝をガクッと地面に突き「そ…そんなぁ」と夜空を仰いだ。
「嘘だ……道野辺さんが……あの優しい道野辺さんが、そんなヒドい事を言うなんて……。」
茫然と夜空を仰いだまま、ブツブツと独り言を呟くジュリオくんの隣を素通りして、芹ちゃんが俺の側までやって来る。そして、俺の腕を愛しそうに抱きしめて、ジュリオくんへと向き直る。
「悪いけど……私はお兄ちゃんが好きだから。角くんとは付き合えない。」
芹ちゃんがジュリオくんへ言い放った言葉に、俺達は固まる。
え……付き合えない?どゆこと?
芹ちゃんのこの台詞に穴山と砂川さんもポカンと口を開け、頭に?マークを浮かべている。
ただ一人だけ事情を察したのか、ジュリジュリ姉だけが「プッ」と吹き出した後、「ギャハハ」と品のない笑い声を上げる。何だ、この混沌は……。
そして、混沌はさらに拡がる。
「あ……偶然ですね。平くん。」
「壮太、来てたんだ?ほんと、偶然〜!」
突然、名前を呼ばれた俺が、声の聞こえた方向へ目を向ければ、浴衣姿の美少女が二人、こちらに歩いて来ていた。
「美織……橋爪さんまで……。こ…こんばんは?」
何だ、この状況は?何が起きているんだ?
笑顔を浮かべたまま、ピクピクと眉を動かしている美織。
どことなく凄みのある微笑みを湛えた橋爪さん。
唖然とした表情のまま、事態を飲み込めていない穴山。
無言で侮蔑の籠もった瞳を俺へ向ける砂川さん。
何がそこまで可笑しいのか、未だに笑い転げている角さん。
よほどショックだったのだろう、茫然自失のジュリオくん。
そして、二人の登場により一層、俺の腕に強く抱き付く芹ちゃん。
(夏祭り、混沌すぎる……。)
主要メンバーが勢揃いしました!どうなる……夏祭り?!