水面下での戦い
楽しそうに女児用下着コーナーへと駆けて行く芹と、彼女に腕を引かれて行く壮太の後姿を憎々しげに眺めている二人の影があった。
その中の一人、坂梨美織は先ほど、芹との間にあったやり取りを思い出す。
下着選びならば、男性である壮太よりも自分の方が適任であると、芹を誘った美織だったが「結構です」の一言で拒絶されてしまった。
美織はコミュニケーション能力には自信を持っていた。
事実、高校2年生である美織は同級生達とは男女問わず良好な人間関係を築いており、さらにバレー部の先輩達からは頼りにされ、後輩達からも慕われている。
だが、芹が美織へ向ける瞳からは親愛の情をまるで感じない。それどころか敵視されているかのように思える。
その理由は考えるまでもない。芹は壮太を独占したいのだ。
それが只の子供特有の独占欲なのか、または恋慕の情によるものなのかは、美織には解らないがただ一つだけ言えることは……。
(あの子……危険ね。壮太、あの子にすっごく優しい顔を見せてる。)
笑い合う壮太と芹を見て、美織は胸に秘めた暗い感情が膨れ上がっていくのを感じた。
(壮太のあの笑顔は……本来、私に向けられるべきものなのに。)
美織の中では、自分と壮太は相思相愛となっている。
故に、芹が壮太に多少引っ付く程度ならば、子供のする事だと目を瞑る事もできた。
だが、壮太が優しい笑顔を、声を、温もりを自分以外の人間へ向ける事を許容し続ける事など出来はしなかった。
一方、芹に微笑みかける壮太を見て、面白くないと感じているもう一人の少女、橋爪志緒は芹が壮太へ向ける感情が何なのかを理解していた。
幼い頃、仲の良い同性の友人が他の友人と遊んでいるの見て“嫉妬”を覚える事があるらしい。
それは、別に同性愛者ではなくとも起こり得る事で、幼少期の友情は“恋”に似ていて、友人を独占したいと思ってしまうのだそうだ。
だが、芹が壮太に向ける瞳はそれとは異なり、明確に性を感じさせる瞳をしていると志緒には感じられた。あの忌々しい幼馴染と同じ類の瞳だ。
志緒は壮太と結ばれなくてはならない。それが運命である。
志緒にとってそれは決定事項にして、信仰であった。故にそれを脅かす存在である幼馴染を邪魔だと考えるのと同じように淫乱女児こと、芹も神敵の如く憎々しく思う。
(本当に邪魔ですね……ビッチ二人は。)
今日、志緒がアポ無しで壮太の家を訪ねた理由。それは……既成事実を作る事であった。
休日の昼間、家族が居ようが関係ない。むしろ、外堀を埋められそうで都合が良いと彼女は考えた。
美織という強敵の存在がある以上、志緒は先手必勝で行動する必要があった。
後手に回ってしまえば、幼馴染というアドバンテージを持つ美織に対して、不利になると考えたのだ。
故に志緒は行動した。
躊躇いは無かった。遅かれ早かれどうせ自分と壮太は結ばれる……その確信を志緒は抱いていたのだから。
以前は自分の身体がコンプレックスだった。
胸なんて無ければ良かったと思っていた。
だが、今の志緒は思う。この身体はきっと、壮太を喜ばせる為に神から与えらた贈り物だと、そう確信している。
(申し訳ありませんけど……坂梨さん。貴女から平くんをNTRせていただきます。)
志緒は嗤う。その端正で可憐な素顔の裏側で。
下着選びに夢中な芹と壮太。
そんな二人と付かず離れずの距離を保ちつつ、二人の様子を伺う美織と志緒。
二人は同じワンピースへと手を伸ばし……その手と手が触れあった。
「………。」
「………。」
胸元に可愛らしいリボンが付いたワンピースを挟んで二人が対峙する。
二人がこれを選んだ理由は勿論、壮太が関係している。
先ほどから、壮太と芹のやり取りを盗み見していた二人は、確実に壮太の趣味を理解し始めていたのだ。
「このワンピース、橋爪さんには小さ過ぎるんじゃないかな。下品なくらい(小声)胸が大きいから、破れちゃうかもよ?」
精一杯皮肉を込めた発言をする美織だったが、志緒の表情は変わらない。
相変わらず、作り物臭い穏やかな笑みを浮かべている。
「坂梨さんこそ大変ですよ。小さいと前屈みになった時などに下着が露出しちゃいませんか?」
小さいという言葉を強調する志緒に対して、美織はフッと表情を和らげる。
実際、美織の胸は平均的なサイズで、特別小さいわけではないのだが、志緒と比べるとまさにゾウとネズミ。勝負にならなかった。
だが、美織にはそんな事はどうでも良かった。
彼女は知っているのだ。壮太が大きな胸を好きでは無いという事を。
壮太の行動、思考は常にネトラレリスクを念頭に置かれたものになる。
つまり、巨乳である事もネトラレリスクの増大に繋がる考えている壮太にとって、それはアドバンテージにはなり得ない。
無論、美織が知っているのは、あくまで壮太は“巨乳好きではない”という事実のみで、その理念までは知る由も無いのだが。
「そういえば……壮太は、大きいの苦手みたいだったなぁ。珍しいね、男子なのに。」
「……どういう事でしょう。」
美織が発した言葉に反応した志緒の表情は、先ほどとは打って変わって険しい。
「前に訊いた事があるの。壮太もやっぱり大きい胸が好きなのか……って。」
「……平くんの返答は?」
「そうね……『大きいと、それはそれで(ネトラレリスク的に)マズいし、普通の方が良いな』って、言ってたかな。」
それを聞いた志緒は美織の予想に反し、安心したとばかりにクスクスと笑う。
「フフッ……坂梨さん、それは誤解ですよ。平くんは大きい胸が嫌いだと仰ったわけではなく、大きい胸の女性が持つ苦労に理解を示した発言をしただけに過ぎません。さすがは平くん……紳士的で素敵だと思います。」
「はぁ?!」
余裕の笑みを浮かべる志緒と、無言でそれを睨みつける美織の間に絶対零度の空気が流れる。
その時、二人の耳にそれは届いた。
「この浴衣、可愛い。お兄ちゃんと一緒に夏祭りへ行く時、これ着て行きたい!」
((先を越された!?))
無邪気に笑う芹を、美織と志緒の二人は驚愕の表情で凝視した。
水面下でヤンデレ戦争勃発!?夏祭りは波乱の予感……。