散歩でもどうでしょう
まだ、本格的に暑くなる前の午前中とはいえ、外は普通に暑かった。
芹ちゃんと待ち合わせをしている公園までの500m程度の道のりを歩くだけでも、じわじわとシャツが汗ばむのを感じる。
……それなのにも関らず、背後から2つの大きな冷気を感じて、俺はブルッと身震いをする。
俺の家に突然、遊びに来た橋爪さんと、電話して直ぐに押しかけて来た美織は邂逅した……してしまった。
互いを認識した二人は、そのまま挨拶を交わす事もなく、ただ無言で玄関に立ち尽くしていた。
非常に居心地が悪く感じた俺は、芹ちゃんとの約束の時間には少し早いが、二人を外に連れだす事にしたのだ。
散歩がてら外を歩けば、気分が良くなって女子同士、いい感じに打ち解けるかもしれないと考えた俺だったが、どうやらその見通しは甘かったようだ。
何故だ?二人は同じ特進科で、クラスメイトのはずだよな……何なんだ、この重苦しい空気は。
後方。未だ、一言も発さすに黙々と歩く二人を盗み見る。
背後を歩く二人に一切の会話は無い……無いのだが、二人はまるで“瞳”で会話をするように、互いを横目に捉えながら、無表情で俺の後ろを着いて来る。
(何故、性悪幼馴染さんがいるのでしょう?)
(それは、こっちの台詞よ!この陰湿根暗女!)
(暑いでしょう。ご自宅へ帰った方がよろしいのではないですか?)
(運動部の私はこの程度の暑さなんて余裕。本ばかり読んでるあなたこそ無理してるんじゃない?)
こっっっわ!怖すぎるっ!……何?何なんだこの二人、絶対瞳で会話してるだろ、これ。
あぁ、早く芹ちゃんに会いたいな……。
そして、あの無垢な笑顔で、この重苦しく張り詰めた空気を変えてもらいたい。
大体、何故、二人は芹ちゃんとの買い物に着いて来ようとするのだろうか?もしかして、俺、〇リコン疑惑を持たれている?小学生相手に変な事をしないように監視されているのか?
まだ約束の時間の一時間も前だというのに、芹ちゃんは待ち合わせ場所である公園に来ていた。
もしかして、楽しみで待ちきれなかったのだろうか?
俺は、小走りで芹ちゃんの元へ向かい、軽く手を上げながら声を掛ける。
「芹ちゃん、おはよ!早いな。」
俺の姿をそのクリクリと大きい瞳で捉えた芹ちゃんは――
「あっ!お兄ちゃん、おは……よ……う……。」
その一瞬だけ、花の咲いたような笑顔を見せた後、あからさまに表情を曇らせた。
「……芹ちゃん?」
「………。」
え?どういう事だ?芹ちゃんまでもが沈黙し始めたんだが。
今日は何か儀式的な日か?宗教的に口をきいてはいけない日とかあったりするのか?
予定時間より随分早いが、公園にいても特に何もする事が無い為、俺達4人は移動を始めた。
目的地はこの街にある洋服屋“しまうま”だ。安価でそれなりの服を購入可能な、庶民の強い味方である。
「芹ちゃん、今日も可愛いね。」
とりあえず、俺は芹ちゃんの機嫌が悪くなった理由を探るべく、軽いジャブを打ってみる。
「あ…ありがとう、お兄ちゃん!お兄ちゃんも……いつも、すっごくかっこいいよ。」
うん。ほっこりする良き笑顔よ。
先ほど機嫌が悪くなったように感じたのは一体、何だったのだろうな。
芹ちゃんと笑い合っていると、不意に後方を歩く二人が声を掛けてきた。
「私は壮太の幼馴染の美織。よろしくね、芹ちゃん。」
「私は平さんの……友達……の志緒です。」
何故か勝ち誇ったようなドヤ顔の美織と、そんな彼女を見て苦虫を嚙み潰したような表情になった橋爪さんが、それぞれ芹ちゃんに自己紹介を行った。
自己紹介を受けた芹ちゃんは、一瞬だけ振り返り「……ども」と軽く頭を下げただけだった。
あれぇ?芹ちゃんって、年齢の割に大人っぽくて、礼儀正しいイメージだったけど、何?この塩対応。
そして、今日はやけに芹ちゃんの密着度が高い。いつの間にか、俺の腕は彼女の胸に抱えられていた。
正直、歩き難いかつ、暑いのだが、父親を交通事故で失い、母親からは構ってもらえずに寂しい想いをしている芹ちゃんの胸中を慮れば、とても彼女から腕を振り払う気にはなれない。
仕方が無いな……と、俺が頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに目を細めて、さらに密着して来た。
(子供だと思って油断していたけど、これは……思わぬ伏兵がいたものね。)
(この淫乱女児……。そこは本来、私の場所ですよ……。)
謎の圧を感じる。もう後ろは振り向かない。振り向けない。だって、怖いから。
(助けてダビデ様!!)
ところで、俺が拠り所?としているダビデ様は神様ではない。絵画や彫刻が有名なのである意味、神格化しているとも言えるが、ダビデ様は古代イスラエルの王である。
ちなみに……だが、ダビデ像はミケランジェロ作の物と、ドナッテロ作の物とがある。
二つの像は体の一部に明確な違いがあるのだが、それが……まぁ、ナニかと言いますと。はい。
有名なのはミケランジェロのダビデ像で、教科書に載ってるのは大抵こちらの方であろう。
どうでもいいのだが、うちの学園の美術教諭はドナッテロのダビデ像の方が好みらしい。
見比べれば分かるが、ドナッテロのダビデ像の方が“男の娘”臭がする。
さすがは美術教諭。当社のデータベースにおいて、美術教諭は男の娘スキー、又はショタである可能性が他の科目の教諭に比べ6割ほど高い。
今日も彼奴らは公園で無邪気に走り回る少年達からほとばしる、輝ける汗の味とほのかに甘い体臭を堪能している事だろう。(完全に偏見です)
いや……待てよ。男の娘スキーとNTRは両立する事が出来る。男の娘専門間男も有り得るか。
俺が現実逃避する様に考え事をしている間に、目的地である洋服店、しまうまへと到着した。
暑い!