妹じゃないけど
教室が騒がしい。当然だろう。
何と言っても、明日から夏休み。サマー・ヴァケーションだ。
耳を澄まさなくても、至るところから「夏休みはどこに遊びに行こうか?」といった、浮足立つ男女の会話が聞こえてくる。なんと、愚かなり。
夏休み……それは、悪魔の与えし空白の時間。
青春の1ページを飾るであろうそれは、間男達にとっても、特別な季節だ。
彼らは夏と書いて、こう読む……“ネトリ・フィーバー”と。恐ろしい……夏休みは、本当に恐ろしいものだ。
教室の隅で照れくさそうに、友達と話しているのは……確か、吹奏楽部の佐藤だったか。
佐藤は夏休み前に念願の彼女をゲットできたと喜んでいるようだが、彼は何も解ってはいない。
君の彼女は、夏休み明けにきっと、間男の手によって、別人へと変貌を遂げているだろうという事を。
そう……服装は間男好みの派手で露出が多いものになり、清楚な黒い髪は明るい金髪へ、陶器のように白かった肌はエキゾチックな褐色の肌へと変貌する。
それはまるで、今、俺の正面に立つ、角さんのように。
「平……その、ちょっとだけ、いい?」
「駄目かな。」
「えっ!何で?!」
「ちょっとだけは、大抵の場合、最後までヤる奴の台詞だからさ。つまり、なk……いや、いい。」
「……マジでイミフなんだけど。」
全く、困ったギャル娘ちゃんだ。クラスメイトが大勢いる中で、そのようなリビドー放出宣言。
彼女はもしかしたら、間男ならぬ、間女の素質があるのかもしれん。要注意人物のリストに加えておくとしよう。
「もう……駄目でも勝手に喋るからっ!平、夏休みに予定とか、あったりする?」
「勿論だ。アルバイトに、勉強、ジョギングと、妹と遊んで――
「えっ!?平、妹ちゃん、いるの?」
「いや、妹のような、違うような……。」
何故、角さんはこんなに目を輝かせて“妹”に興味を示すのだろうか。……怪しいな。
角さんの見開かれた瞳は、どことなく猛禽類を思わせる、生粋のハンターのものだ。
「アタシも……その、小学生の弟がいるんだけど……。」
「弟……であるか?」
「いや、何、その口調……?樹里王っていうんだけど、大人しい奴でさ、あんま友達とかもいないみたいなんだよね。」
樹里王くんか……確か、角さんの名前は樹里亜だったよな。キラキラネームか?
ジュリジュリ姉弟だな。ジュリってやがるぜ。
「そんでさぁ……夏祭り、あるじゃん。弟に連れて行けって頼まれたからさぁ……平も……その、妹ちゃん連れて、一緒にどう?」
何だ?また罠、あるいは悪戯なのか?それとも、普通にお誘い?解らん……真意が見えぬ。
「妹(仮)に訊いてみないと何とも……。」
「そっか、じゃあさ……その、連絡先、交換しよ?」
や…やられた!まさか、そこが狙いだったとは!
この前の告白紛いの行いといい、今回の誘いといい、対して接点の無い俺に関わってくるなんて、おかしい思っていたんだ。まさか……全てが連絡先を引き出す為のブラフだったとは。
俺のスマートフォンには、美織や橋爪さんなどの、高ネトラレリスク偏差値の少女達のアドレスが登録されている。おそらく、角さんの狙いはそこにある。
ただ、俺の連絡先が分かったところで、美織達の連絡先までは判るまい。だが、もし――
「角さんは……コンピュータとかに詳しいのかな?」
「え……いや?アタシは全然。弟はめっちゃ詳しいけど。……コンピュータとかに興味あんの?」
「いや……何でもないんだ。気にしないで。」
なるほどなるほど。そういう事か。
角さんの弟――ジュリオくんとやらは、おそらく今、流行りのハイテク系間男に違いない。
最近はITリテラシーの高いハイテク系間男が増えていると聞く。(当社調べ)
俺のスマートフォンから、情報を引き出す事が目的か。
ブレイン担当の内気なショタと、ハニトラ担当の陽気な黒ギャル姉。何気にバランスの取れたジュリジュリ間姉弟達だ。
うん、危険だ。これは断るべきだろう。
「悪いんだけ――
「なぁ、壮太!夏祭り行こうぜ!」
角さんの誘いを断ろうとした瞬間、隣のクラスから穴山がやって来て、そう宣った。
「穴山……だっけ?アタシは角って言うんだけど、ちょうど今、平を夏祭りに誘ったとこでさぁ。」
「え……?そうなんだ。じゃあ、俺と彼女、角さんと壮太で夏祭り行こうぜ!」
「それ、いいね。アタシの事は樹里亜でいいよ。それでさ――
勝手に話を進めていく角さんと穴山。
おのれ穴山ぁ!余計な事をしおって!今こうしている間にもお前の大切な彼女は……。(以下略)
◇ ◇ ◇
「……という事で、夏祭りに誘われたんだけど、どう?芹ちゃん。」
「行く!お兄ちゃんと行きたい!」
くっ……芹ちゃんが嫌がれば、それを理由にキャンセルできたものを……。
先日以降、俺は毎日、この公園に寄っては、芹ちゃんの母親が帰宅するまでの時間を一緒に過ごしている。
まだ日が昇っているとはいえ、芹ちゃんを夕暮れ時の公園で一人にしてはおけなかったのだ。
毎日通うようになって、芹ちゃんは様々な顔を見せてくれるようになった。
出会った当初は表情に乏しかった芹ちゃんだが、今は年相応の笑顔をのぞかせている。
「楽しみだなぁ、夏祭り。私、連れて行ってもらった事ないから……。」
そう言いながら、微笑んだ芹ちゃんの笑顔には、少し陰が射していた。
今まで、寂しい思いをしてきたのだろう。
そんな顔されちゃあ、断れないな。
「じゃあ、一緒に行こうか。夏祭り。」
「やったぁ!お兄ちゃん、大好き~!」
飛びついてきた芹ちゃんの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
なるほど、妹……かぁ。何故か他人とは思えないんだよなぁ、芹ちゃん……。
か…書き溜めが底を突きそうです!
時間が欲しい……。泣