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第四話「その男、強く」

「……無事だったの?」


 私たちの少し近いところに無事に立っている傷どころかホコリすら付いていない男子生徒に向けて私は思わず話しかけた。


「あぁ、見ての通り無事だ。そっちは大丈夫なのか?」

「う、うん、私たちは平気だよ」


 教室での無気力な反応はどこにやら、男子生徒は普通に答えてくれた。さっきまでとは反応が全く違うことに驚いた。


「それなら、ここからは手出し無用だ」

「まさか、一人でやるつもりなのかしら?」


 男子生徒が私たちの前に進みながらそう私たちに言うと、いぶかしげな顔をした桜が間髪を入れずに男子生徒に聞いた。


「当たり前だ。何のために俺が待っていたと思っているんだ」

「無茶よ、悪鬼のことを何も知らなかったあなたが修羅の悪鬼に勝てるわけがないじゃない」


 一人でやると言い出した男子生徒に桜は悪鬼が何かを知らなかったことを加味して無理だと言った。悪鬼のことや祓魔師のことなど、こちらの世界のことを何も知らなかった男子生徒なのだから無理だということは私も志穂さんも思っているくらいだ。


「それが良いんだろうが」

「……は?」

「勝てるかどうか分からない、強い相手、命を賭ける戦い。そのすべてが俺の望んでいる戦いだ。だからこそ俺はこいつに挑む。くれぐれも邪魔をするなよ」


 無気力で吉備に胸倉をつかまれて殴られそうになっても表情をそれほど変えなかった男子生徒が、凶悪な笑みを浮かべていた。もう彼を説得することは不可能だと思った。だから質問の切り口を変えることにした。


「死にに行くわけじゃないよね?」

「さぁな。そもそも俺はあいつの霊力? とか陰の気? を察知することができないからどれだけ強いかなんて分かるものか」

「じゃあ、修羅の悪鬼の物理的な攻撃と陰の気の放出に耐えれると思う?」

「余裕だ!」


 私の質問がまだ終わっていないのに、そう言い放った男子生徒は走っていった。さすがに私は止めようとしたが、それを桜に止められた。


「どうして止めるの⁉」

「やりたいって言っているんだからやらせたら良いわ。それに、あれを見なさい」

「どういう……」


 桜に言われて男子生徒の方を見ると、男子生徒が後先考えていないのか、それとも莫大な霊力を抱えているのか分からないが、膨大な霊力を纏っている。ただ、莫大なだけでムラがあり宝の持ち腐れと言わざるを得ない感じだった。


「ガアアアッ‼」


 その男子生徒に狙いを定めた修羅の悪鬼は足を上げて男子生徒を踏みつけようとしていた。しかもそれは陰の気を帯びた攻撃で、さっきの攻撃とは桁違いな威力を秘めていると考えられる。しかし男子生徒はそれを避けずに真っ向から受ける気でいた。


 受けようとしているため、止めようとした。けれどもついさっき桜に止められたこともあって助けに行けるように準備しているだけで見ているだけにした。


「ハハハハッ‼」


 男子生徒は笑いながらその場に止まって悪鬼の上げている足に拳を突き出した。そして悪鬼の足と男子生徒の拳が衝突して辺りに衝撃波が広がってきた。それは私たちのところにまで広がってきて目を閉じそうになったが、男子生徒がどうなったか知るためにそちらをしっかりと見続けた。


「……えっ?」


 私は男子生徒の拳と悪鬼の足が衝突は未だに拮抗していた光景を見て驚いた。拮抗したことに驚いているのではなく、男子生徒の腕を見て驚いている。悪鬼の足に耐え切れずに男子生徒の腕が至る所から血を噴き出しているが、すぐに血が止まって腕の傷がなくなっていた。


「あれは、回復?」

「時間操作の可能性もあるけれど、それだけだと押し返していることの説明がつかないわね」


 男子生徒の腕の傷が治っていくのを見ていた桜も術式の推測を行っているが、見当がつかなかった。そう思っている内に、とうとう男子生徒が悪鬼の足を目に見える形で押し返していき、ついには悪鬼の足を吹き飛ばした。


「い、いやぁぁぁぁっ‼」

「助けてッ!」

「ッ……‼」


 吹き飛ばされたことでバランスを崩した悪鬼は後ろに倒れそうになっていた。しかしそこには女子のクラスメイト三人が動けずにいた。


「バカがッ‼」


 そう毒づいた男子生徒はすぐさま悪鬼の後ろにいる生徒の元に悪鬼が倒れるよりも早く向かい、腕とか足とか無造作につかんで引きずりながらその場から離脱した次の瞬間には悪鬼は倒れていた。


「こいつらを頼む‼」

「ちょっ‼」


 そう言った男子生徒は女子生徒三人をこちらに放ってきた。しかもそれは霊力の強化ではなく素の力で放り投げてきたことから身体能力が高いことが分かるが、女子生徒三人を私たち三人で一人ずつ受け止めた。


「女の子なんだからもう少し優しく扱いなさいよ‼ そんなことをしたら女の子に嫌われるわよ‼」

「そいつらがそこにいたから悪いんだよッ‼」


 女子生徒を受け取った桜が彼女らをぞんざいな扱いに文句を言うが、そんなこと知ったことかと言い放ってまた悪鬼に意識を向けた。その態度に女の子として少し苛立ちながらも、そこにいたから悪いという言い分は理解できる。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫です」


 私が受け止めた女子生徒に大丈夫かと聞きながら体の方を見ると大丈夫そうであった。そして男子生徒があの修羅の悪鬼をどうやって倒すのか見当がつかない。


 おそらく戦闘スタイルとしては殴る蹴るの武闘派タイプ。今のように術式を体に付与して戦うのだと思っている。しかしいくら霊力が莫大にあってもムラのある霊力を纏っているのでは決定打にはならない。


「こんな大きな奴と戦えるなんて、楽しいなぁッ‼」


 そう思っていたが、凶悪な笑みの男子生徒は立ち上がった悪鬼の顔の前に跳び上がり悪鬼の顔面に拳を撃ち込んだところ、悪鬼は体が浮き上がって数十メートル吹き飛んだ。


「わお、パワフルね」

「彼の霊力、上がってない?」

「そうね。彼はもしかしたら全く本気を出していないんじゃないのかしら?」

「それって、すごい霊力の持ち主ってことかな?」

「そうだとしても不思議ではないでしょうね。だって祓魔高等学校にスカウトされてきたのだからそれくらいの実力がないとスカウトされないと思うわよ」

「そうだよね……」


 悪鬼と戦っている彼の霊力の底が全く見えず、彼は吹き飛んで倒れている悪鬼の体の色々な場所に追撃を与えている。


「ほらほら‼ そんなものなのか⁉」


 教室で見ていた時の彼とは雰囲気や声のボリュームが全く違うことに少し引いてしまった。彼はもしかしなくても戦闘になると性格が変わるタイプなのだと思った。


 悪鬼は胴体を中心とした追撃に成すすべなく彼の拳を喰らい続けているが、悪鬼の中の陰の気が膨れ上がっていることでまたあの陰の気の放出が来るのだと予測できた。


「もう少しで無差別の陰の気の放出が来るよ‼」


 私が彼に向かって忠告しても、彼は無視しているのか私の言葉に返事をしなかった。それどころかまるで聞こえていない感じだった。


「どうせ聞こえていないから無駄よ。むしろあの集中を途切れさせるより、他のクラスメイトをこちらに持ってきている方が良いわね」

「……うん、分かった」

「そういうことだから、志穂」

「はい、お嬢さま」


 桜の言葉で私と志穂さんは倒れて動けないクラスメイトたちを安全な場所に運んでいく。私と桜は体を直接持って運び、志穂さんはさっき出していた糸で連れてきていた。


「良いね‼ いくら殴っても効いている気がしないな‼ そうでないとやっている意味がないからな‼」


 そうしている間にも、彼はずっと悪鬼を殴り、悪鬼の攻撃を受けていた。ここで気が付いたのだが、彼は悪鬼の攻撃を避けることをせずにすべて受けているのだ。だから必要以上に血を流しているのがここからでも痛いほど見えている。


「何を考えているの? 彼は。攻撃をすべて受けるなんて……‼」

「そういうスタンスなんじゃないの? それでも彼の動きが衰えるどころか良くなっているから、もしかしたら攻撃を受けると良くなる術式なのかもしれないわね」

「その痛そうな術式は嫌だね」


 クラスメイトたちを運びながら桜と話してすべてのクラスメイトたちを運び終える頃に、ついに悪鬼から陰の気が放出されると分かった。それを男子生徒も分かっているようで放出される瞬間に彼は両腕を前でクロスしてその放出に備えた。


 こちらは桜が前に出て青の剣と赤の剣でその気の放出を防いでくれた。放出が収まって一番近くにいた男子生徒がどうなったのかを見ると、男子生徒は五体満足でその場に立っていた。


 そのことに驚きを隠せないのか、悪鬼は少しだけ動きが止まったことで男子生徒は悪鬼の足元に向かい拳を構えた。


「まぁ、そこそこ楽しめたな。じゃあな」


 今まで見たことのないくらいに無駄があって効率の悪い膨大な霊力を纏った男子生徒は、そう言うと思いっきり拳を振り上げて凄まじい拳圧で悪鬼を塵一つ残さないくらいに消滅させた。


『一年四組、〝四月末第一試験〟を終了します』


 日下部先生の放送で第一試験の終わりを告げられるが、誰も声を上げずにただ悪鬼を倒した男子生徒だけを見ていた。

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