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采華国物語  作者: 橡
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肆采




「これは、殿下。

近頃はお加減がよろしいようですね。大変喜ばしい事です。」


 宮廷にある執務室で山積みの書類と向き合っていた青劉は、兄帝からの遣いで来室した執政官にそんな言葉をかけられ、表情は変えないまま、内心でおや、と軽い驚きを覚えた。


 確かに、思い当たるふしがあるのだ。





 青劉は、とある理由から、この世に生を受けてからというもの、常時身体に不調をきたしている状態で生活していた。


 体調不良の実の理由は、ほとんど国家機密のような扱いで周囲には伏されており、皇帝直々の選別によって、陽騎をはじめとした、青劉に近しく、かつ信頼できる者達にのみ、明かされてる。


 それ以外の者達には、生来身体が弱い、病弱体質として認識されている。と言うか、「そのように仕向けて印象操作させている」、というのが正しい。

 いつ死ぬとも分からない皇弟として認識させておくことで、青劉を旗印にしてクーデターを起こそうなどと愚かな考えを起こさせぬように、との狙いがあってのことだ。



 実のところ、青劉は病弱体質ではないので、気候によって体調が変動したり、激しい運動を行ってはいけないとか、そういった事実はないのだが、周囲に虚弱な皇弟として印象付けるため、彼は気候や天候に合わせ、ノリノリで病弱な青年を演じていた。もはや体に染み付いているといって差し支えないレベルで、彼は自身のイメージ操作に成功していたのだ。



 それが、最近はどうか。


 なんとも身体の調子がよいおかげで、知らず知らずのうちに虚弱演技が鈍っていたらしい。



 これは気を引き締めねば、と思う傍ら、快調の理由について思いを巡らせる。

 「年齢を重ねたことで体質が変化した」というのが、考え得る中では最も整合性の取れた原因であるが、こればかりは裏付けの取りようがない。


 何しろ青劉以外に同じ体質を持つ者が、過去にほとんど確認されていないからだ。つまりは、比較データの不足であり、対処法の無策である。



 考えても埒が明かないという結論に達した青劉は、ふむ、とひとつ頷いて執務へと戻った。




 幸いにも、今夜は新月。


 ちょうど、()()()()()()のである。
































 四方の壁一面にびっしりと書物が並ぶ部屋に、身なりの良い男性が二人。



 「……そうか、相分かった。」


 一人は、采華国皇帝、孔 紫慧(コウ シケイ)



 「陽騎にも確認を取りましたが、顔色や脈拍も、おおよそ平常に戻りつつあるようです。」


 対するもう一人は、皇弟、孔 青劉である。




 二人が手にする繊細な彫りのグラスが、部屋の隅にひとつだけ揺れる灯りを反射し、手元に複雑な影をつくり出す。






 琥珀色のとろりとした酒を、彼にしては粗雑な仕草で煽った皇帝が、何とも言い難い表情で唸った。



 「……あれだけ苦心して自分を納得させたものを、お前を失わずに済むかもしれないという希望が、また懲りずに頭をもたげてくるものなのだな」


 苦虫を嚙み潰したような顔で、皇帝は、弟の報告を手放しで喜んでよいものやら、咀嚼しあぐねていた。




 幼い頃、目の前の弟が、長くは生きられないだろうという宣告を聞いて、紫慧を襲った絶望は深い。


 祖父母や両親を流行り病で相次いで亡くし、20歳という若さにして立った皇帝は、たった一人の肉親である弟を、ことさら大切にしていた。








 その言葉を聞いて、青劉は、しばし逡巡していたが、やがて、意を決したように口を開いた。


 「……貴方をぬか喜びさせるのは、私の意ではありません。

 自分自身の魔力の流れを鑑みるに、これまでに経験した一時的な快調というよりも、根本的な原因が、何らかの要因で変調しているのだと推察しました。

 陛下や、周囲の、私を想ってくれる者達に諦めさせてしまった「私」に、抗ってもよいのかもしれない、と」


 臣下の前では決して見せることのない、泣き笑いのような表情を浮かべて、青年皇弟は言った。



 強ばった眉間がほぐれ、じわじわと同じような表情になった兄帝が、ただ一人、血の繋がった弟の肩をたたく。





 どちらからともなく、笑みがこぼれ、笑い声が上がった。


 焼けるような酒精のせいにして。月のない、真っ暗な夜のせいにして。


 若者達は、酒を飲んで、抱擁して、肩をたたき合った。








 兄は、27歳。弟は、23歳。


 若くして国を背負うことを余儀なくされた兄弟が、久しく見せることのなかった、年相応の弾けるような笑顔であった。































 同時刻、孔邸の一室。



 雪麗は、彼女が寝台に入り、寝入るのを確認していた侍女が部屋を辞し、完全に気配が階下に消えるのを確認すると、そっと起き上がった。


 雪のような白い髪は、今日も侍女によって清潔に保たれ、香りのよい香油が丁寧に梳き込まれている。

 起き上がった拍子に、さらさらと流れ落ちたそれを軽く背に払いのけ、雪麗は目をこすった。




 当然、普段の彼女であれば眠りに落ちている時間である。


 が、今日に限っては、やらなければならないことがあった。




 柔らかな寝具に手を差し入れた雪麗は、昼間と同じように手元を輝かせる。


 太陽のように輝く金色が、しばらく煌々と灯りをともし続け、やがて、明滅して消えた。



 「(いっしゅんのきゅうしゅうで、およそ、いっこく。)」







 彼女は、いったい何をしているのか。


 「一瞬の吸収で、およそ一刻」というのは、雪麗が今日、()()()()()()()()()魔力で、灯りを灯す魔法を行使した場合、どれだけその魔法が持続するか、という意味である。






 ここで改めて、采華国の常識と照らし合わせてみたい。


 当然、他者の魔力を自分のものとし、使うことはできないとされている。

 理由は明確で、他者の魔力と自分の魔力とが打ち消しあって、魔力を魔法に変換することも、外部に発現させることもできないからだ。





 では、雪麗のように、魔力のほとんどない者であれば、どうか?



 こちらも、公にされてはいないが、実は過去、研究者によって試行されたことがある。


 他者の魔力の方が容量が大きいので、打ち消しあいは起こらず、一見上手くいきそうだが、やはり、他者の魔力は自分の器となじまず、自身の魔力に変換してその身に留めることは出来なかった。


 魔力変換がなされる前に、身体になじんでいない他者の魔力は、外部に霧散してしまうのである。


 そうして、他者の魔力を自身の魔力に変換して、魔法を行使することは不可能、というのが世の中の常識となったのであるが……。






 雪麗に起きているこの現象は、完全に、偶然の産物であった。




 雪麗のようないわゆる「彩無し」の人々は、体内に魔力が通りやすい体質をしている。

 自身の魔力が少ないために、空き容量も多いからだ。



 そこで、思い出してほしい。


 青劉の魔力によって生かされ、青劉の魔力が満ちている場所で幼い頃から過ごしてきた雪麗は、彼の魔力によく馴染んで生活してきた。

 つまるところ、彼の魔力をその身に留めるだけの器が出来上がっていたということである。


 しかし当然、青劉自身が雪麗に魔力を溜めようとして魔法を発動させなければ、魔力の受け渡しは行われないはずだ。






 そう、そのはずだったのだが。




 雪麗は、最も「彩無し」であり、この世で最も「魔力を通しやすい」体質をしている。

 そして、かたや青劉は、この世で最も「魔力量が多い」。



 吸引力最大の掃除機と、大量の紙くずが出会ってしまっただけである。





 なぜか雪麗は、意識せずして、青劉に触れると、彼の魔力を吸収し、のみならず、魔力の馴染んだ器として、青劉の魔力を体の器に溜めることができる体質へと、変貌を遂げたのであった。


 もはや、ある意味ギャグである。





 雪麗自身、初めてそれに気が付いた時は、あまりにも恐れ多くて、しばらく青劉に触れないどころか、近寄りもしなかったのだが、しばらくするうちに、もう一つの重大な事実に気が付いてしまった。




 雪麗が触れた日は、青劉の顔色が良い。


 数日彼に会わず、久しぶりに顔を見た時は、土気色の頬に、酷い隈が目元に鎮座していた。






 彼の多すぎる魔力は、宿主の器を蝕んでいる。



 子どもながらに、あんまりだと涙が出そうになった。


 あのやさしいお方が。

 素晴らしいともてはやされるあの「黒」に、その身を奪われそうになっている。



 そんな理不尽、許してなるものか。奪われて、なるものか。




 そうして彼女は、試行錯誤を繰り返しながら、今日も恩人の魔力をせっせと吸い込んでいるのだ。





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