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采華国物語  作者: 橡
3/9

参采【雪麗】







ーーーーー雪麗は、その暖かな黒が大好きだ。













 物心がついた頃。

 幼い少女は、自分に向けられる視線の中に、少なくない数の悪意が混ざっていることに気がつきはじめた。




 人々が、とげとげしい声音に乗せて口にする、「さいなし」という言葉。


 それが自分を指していることに、幼子にしては異常なほど早い段階で気がついた彼女は、けれど「さいなし」が何を意味するのか分からず、「なぜ自分はそう呼ばれるのか?」と疑問を抱くようになる。




 自分がいる空間に時々存在する、どこかちくちくとした空気。声。視線。


 むしろ幼い子どもであるからこそ、雪麗はそれらを敏感に感じ取り、そして彼女なりに、原因を探そうとした。




 幸か不幸か、雪麗は歩行の上達が早かったため、邸宅中を余すところなく移動して回り。


 どうすれば人々の視線が自分に向くのかを明確に理解した後は、ちいさな女の子にあるまじき行動力で、周囲の関心を引くようになる。



 幼子の知的レベルで行われる試行錯誤の末、彼女はだんだん、ちくちくとした人々の視線が、どちらかと言えば頭のほう、特に髪へと向かっていることに気がついた。


 そこまであからさまに見られれば、さすがに何かおかしいと気がつく。


 自分の髪は、何か他の人と違うのだろうか。



 そこで彼女は、入れ替わり立ち替わりで彼女を世話してくれる女性たちを観察してみることにした。


 彼女たちは、雪麗が覚えている限りでは、一度もちくちくを向けてきた事はない。

 だが確かに、毎朝の髪の手入れの時、彼女たちの口数が少ないことは確かだ。


 考えられる原因を、片っ端から思いつくままに挙げていった。




 くさい?

 ーーーくさくない。


 きたない?

 ーーーーごみやどろはついてない。


 ちくちくする?

 ーーーーふわふわ。やわらかい。





 雪麗は、うんと考えて、考えて、考えた。


 けれど、わからなかった。


 



 もちろん、片手で数えられるほどの齢の幼子には、偏見や差別の原因など、理解できなくて当然である。


 髪に原因があると突き止めたことでさえ、年齢にしては驚くべき知能レベルだが、雪麗が、決して直接人に尋ねたりしなかったため、周囲の人々は、この幼子の洞察力が異様なほど発達していることに気がつかなかった。




 もっぱら、そんな風に毎日を過ごしていた彼女だったが、なまじ理解力に優れていたがために、ちくちくとした視線にまったく傷つかなかったかと言われれば、それは嘘になる。


 この年齢の幼子であれば、癇癪を起こしたり、わあわあ泣いて不快を露わにしていてもおかしくはなかった。



 だが雪麗は、一度たりとも泣かなかった。



 彼女には、本能に刷り込まれたとも言うべき、絶対の安心源が存在したからである。



 あの日。


 宮廷で拾われた時、おぼつかない視力で見ていた世界。


 雪麗の視界には、辺りを覆う真っ白な雪と、ぎりぎりの命を救い上げた暖かな黒の、はっきりとしたコントラストが映っていた。




 彼女自身が記憶として覚えている訳ではない。

 けれど、命の危機に警鐘を鳴らしていた雪麗の身体が、暖かな魔力に包まれ、危機を脱した瞬間を記憶していたらしい。


 初めてその人を認識した時、雪麗の身体は、思わず後を追いかけていた。









 あの黒を、あの存在を、知っている。




 雪麗は、自分が無意識に感じていた安心感の正体を知る。


 青劉の守りの魔力が至るところに施され、どこへ行こうとも、彼の存在を感じることができる邸内。


 その魔力に命を救われ、そこで育ってきた雪麗にとって、初めて会った(実際には幾度目かになるとはいえ)青劉本人の存在は、絶対的な安心感をもたらした。




 まろぶようにして自分の足元へ転がり込んできた、ちいさな雪麗を見た青劉は、そっと幼子の目前にかがみ込む。



「………ああ、そなたは。

しばらく見ない内に、歩けるようになったのだね」


 穏やかで、物腰柔らかで。


 だけれど、雪麗自身には、一定以上の関心を抱いていないことが、はっきり分かる態度。







 この暖かな黒の、そばに在りたい。


 ちいさな雪麗は、決意新たに青劉の後追いをするようになった。




 そうして。


 皇弟に、数えきれないほどの変化をもたらしていくことになる幼き少女は、幾日、幾夜を越えてのち、彼のそばに在ることを許されるようになる。













 あの運命の日から、5年の歳月を経た今。








「(………きょうは、うまくいった)」



 宮廷へと出仕して行った青劉を見送った雪麗は、自室に戻った後、じっと自らの手の平を見つめていた。




 近頃、彼女はとある試しごとをしていた。


 当然、青劉や周囲の人々には秘密で行なっているため、自分の仕草に不自然なところはなかっただろうかと振り返りつつ、彼女は長椅子へと身を沈めた。



 それから雪麗は、繊細な草木の刺繍が施された膝掛けを膝に被せ、そっとその下に手を差し入れる。






 パッと金色に輝く手元。



 それは紛れもなく、何らかの魔力が強く発動している証。


 身体のいずれかの部位を光り輝かせ、可視化できるほどの魔力は、よほど魔力量の多い者でないと発現させることができないと言われているにもかかわらず、だ。


 ()()()()()()()()()と言われてきた雪麗による、明らかに一定量を超えた魔力の発露。



 この部屋に魔力の研究者がもし居たならば、すぐさま彼女は研究所へと連行されていたことだろう。


 それほど、この世界の常識に照らし合わせれば、あり得るはずのない光景であった。




 誰の目もない自室で、たった一人手元を輝かせていた少女は、しばらく何かを考えていた様子だったが、やがて窓の外が薄暗くなってくると、魔力の発現を止めた。


 辺りが暗くなるほど、漏れ出る光で見つかってしまう可能性があるからだ。




「(わたしのすいそくが、ただしければーーーー、)」



 あの方の。

 困っている人たちの。


 力に、なれるかもしれない。







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