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采華国物語  作者: 橡
2/9

弐采







「でんかー、でんかー」


 市場の売り子のごとき気安さで、采華国皇弟を呼び続けている少女がいた。



 よく手入れされた髪は豊かに波打ち、腰あたりでふわふわと揺れている。


 その髪に相変わらず色彩は載っていないが、純白の髪は陽の光を受け、まるでよく晴れた日の雪原のようにきらきらと輝いていた。



「どうかしたかな、私の可愛い雪の精」


 駆け寄ってきた白い生き物を手慣れたように抱き上げ、紅く上気した頰を宥めるように撫でるのは、孔 青劉。


 この国の皇弟であり、5年前に宮邸の敷地内に捨てられていた赤子に名を与え、ここまで育ててきた育ての親でもある。



 対する純白の髪を持つ幼い少女は、孔 雪麗と名を与えられ、皇都の中心部に位置する青劉の私邸にて、すくすくと育っていた。



 彼女の髪は白い。


 それが何を意味するかは、この采華国に住む人間ならば、誰もが理解していた。

 そして、だからこそ、濡羽色の黒髪を持ち、皇弟という地位にある青劉が引き取ると決めた理由も。


 雪麗という少女は、大いに政的な背景を以って、皇弟の手元に置かれたのであった。






 だが、5年の歳月は、意外な方向へと運命を運んでいくこととなる。


 青劉自身、引き取ると決めた時には、「彩無し」と呼ばれ、蔑まれている人々への差別解消に少しでも役に立つ身の振り方となればと、それだけの理由だった。


 実際、青劉は甥の皇太子を幼い頃から世話していたのもあり、子どもの扱いには手慣れていたため、つかず離れずのほど良い距離で赤子を育てていけるだろうと踏んでいたのもある。彼の私邸には数多くの使用人もいたため、そこまで深入りする気は毛頭なかったのだ。




 たがしかし、予想をはるかに超えて、この雪麗という赤子は、とかく愛らしかった。


 髪が白いことで、使用人達の意識に刷り込まれてきた嫌悪感が発露するのでは、と青劉が危惧していたのも、初めのうちだけだった。


 雪麗は大いに愛嬌のある子どもで、見目の愛らしさも相まって、みるみるうちに屋敷内の人心を掌握していった。



 くるくると変わる表情に、花がほころんだような笑顔。夜泣きも癇癪もない。


 初めて発見された時以来、彼女が火がついたように泣いたことは、ただの一度たりともなかった。




 瞬く間に邸内の人気者となった雪麗は、ひとりで歩けるようになると、一心に青劉を追うようになった。


 日々の世話をしているのは女性の使用人が多いため、懐くならそちらに寄るのが自然なことだと思われるが、彼女が見つけるたびに追いかけるのは、いつだって青劉ただ一人。



 青劉とて、人間である。


 皇国や民の事を第一に考える立場とは言え、邸内では私人として振る舞うこともしばしばある。


 彼がその幼子を愛おしい身内として認識し、慈しむようになるまでに、さほど時間はかからなかった。


 可愛いものは、何をどうしようが可愛いのである。




 青劉の変化を喜びつつも複雑に感じていた彼の侍従、陽騎(ヨウキ)も、今やすっかり絆されてしまい、雪麗と会うたびに、せっせと菓子や果実を何くれと与えてしまっている始末。





 もはや孔邸に仕える人間から、「彩無し」に対する差別的意識がこれっぽっちも無くなってしまったと言っても、差し支えない状況に様変わりしていたのである。












「でんかは、これからおしごとですか?おかえりが、おそくなるのでしょうか」


 文字を習い始めたばかりであるため、言葉は舌足らずだが、最近とみに語彙数が増えている。


 冷静に分析する脳とは裏腹に、思わず微笑んでしまう表情をそのままにして、青劉は雪麗の頭をゆっくりと撫でた。


「そうだね、今日は夕刻から会議があるから、少し遅くなるかもしれない。

良い子で、先に休んでいてくれるね?」


 雪麗は聞き分けの良い子どもだ。

 このように言わずとも、しっかりと使用人の言いつけを守っている事を知っていたが、敢えて青劉は言葉にした。




 以前、青劉の帰宅が遅くなる事を誰も雪麗に伝えていなかったため、毎日一緒に眠るという約束を律儀に守って、少女が寝台に入らずに待っていた事があったからだ。


 幼い雪麗は眠気に抗えず、時々眠り込んでしまいながら、長時間冷えた床にいたため、翌日見事に体調を崩した。


 以降、青劉は、詫びと共に自分の帰宅が遅くなる場合もあることと、ある一定の時間になれば眠るようにと雪麗に伝え、使用人に雪麗が寝台に入った事を確かめるようにと厳命した。



 使用人達も、後悔の念とともに、それからはより一層雪麗の動向に気を配るようになった。



「はい、でんか。

あすのあさにあえることを、たのしみにおまちしておりますね」


 にっこり笑った雪麗の髪をもう一度撫で、青劉は真剣に考えていた。
















「(………雪麗が天使に見えてきた。

陽騎のことを、笑えないな。もうそろそろ私も末期らしい)」


 皇弟殿下の心の中は、意外と人間的で、賑やかなのであった。




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