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采華国物語  作者: 橡
1/9

壱采

 


 この世界において、人が持つ魔力量の大小とは、外見を一目見れば判断のつくものである。



 魔力量が多く潤沢な者は、鮮やかな濃い髪色と同色の瞳を持ち、一方で、魔力を持たないか、微弱の魔力しか有していない者は、うすく淡い髪色と瞳を持っているからだ。


 生命を燃やすような炎の赤。抜けるような快晴の青。深く匂い立つような森林の緑。

 もてはやされるのは、そんな色彩ばかり。


 やわらかくぼんやりとした儚い色を見ると、人々は眉をひそめた。


 魔力量史上主義の皇国では、パッと容姿を一目見れば優劣の判断がついてしまうがために差別が生まれ、魔力量の小さな者は、社会的弱者として不当な扱いを受けていたのである。





 ここ、采華国では、あからさまな差別行為は法で禁じられているものの、人々の差別意識は根深く、魔力量の小さな者は、口さがない者には「(さい)無し」と呼ばれ蔑まれていた。彩りも才能も無い者、という意味の蔑称である。




 ところで、人が有する外見の色彩の中では、黒が最も尊ばれ、白が最も「彩無し」とされている。


 そしてこれは、両極の黒と白を取り巻く、とある拾い物の物語である。


























「………殿下、恐れながらこれ以上の散策は御身体に障ります。

お部屋にお戻りになられませ。温かいお飲み物をお持ちいたしましょう」


 白銀の庭をゆったりと歩いていた青年が、侍従の呼びかけに振り返る。

 ちらつく雪の中でも、はっきりと見て取れる艶やかな黒曜石のような瞳が、ぱちりと瞬いた。

 ゆったりとした深衣の裾がひるがえり、長く艶やかな黒髪を纏めた銀の簪が、星のようにちらちら光る。



「そうだね。私が体調をくずせば、お前が女官長に叱責されてしまう」


 芸術品のように整ったかんばせをわずかに綻ばせ、悪戯気に微笑んだ青年が、けれど素直に宮殿へと戻ろうとした時だった。

 ふと何か微かな物音を拾ったような気がして、足を止める。



「殿下?いかがなさいましたか」

「いいや、何かの鳴き声のような音が聞こえたような気がしたが――――

……この空模様だしね、気のせいだろう」



 と、今度ははっきりと、明らかに赤子が鳴いている声が耳に届く。

 顔を見合わせる、青年と侍従。


「宮廷に、赤子が……?」


 侍従は訝しみながらも、すぐに主人を自室に戻し、赤子を保護するよう警邏に伝えねば、と考えを巡らせたところで、はっとした。


 時すでに遅しとはこの事だ。

 予想通り、自らの主人が優雅に、かつ迅速に今来た道を戻ろうとしている。


 日々の公務では、穏やかながらも冷静で隙の無い自分の主人の本質が好奇心と行動力の塊であることを、なぜ今の今まで自分は失念していたのか。



 それに加え、この御仁。


 とんでもなく人が善いのである。




 不味い、と走って後を追いながら、侍従は己の迂闊さを嘆く。

 主人の事だから、赤子を見つければその善良さでもって直ぐに近づいて行く事は想像に難くない。

 だが、これが赤子を使った罠だということは十分に考えられる。


 赤子に気を取られている隙に背後から弓矢で射られる、などということになれば、自分が走りこんで間に合うかは五分五分だ。

 何しろ、彼の主人はやわらかでのんびりとした物腰に似合わずものすごく足が速いのだ。

 こういう状況になった時、侍従の彼がまともに追いつけた試しはない。


 それに加え、自分の主人がこの先の面倒ごとに巻き込まれて(首を突っ込んで)いくことで、すぐには暖かな彼の自室に戻ってはもらえないことが、今この瞬間に確定してしまった。

 これほど長い時間主人を外に居させたとあれば、殿下至上主義の女官長に、自分の首が物理的に飛ばされるであろう未来が浮かび、侍従は遠い目をしながら、とにもかくにも主の後を追ったのだった。


















 結果的に、青年の身には何事も起こらなかったし、侍従の首と胴体も繋がっていた。


 だが、これはどうなんだ、と侍従は諦めにも似た心地で彼の主人と()()を見つめる。



「そうか、そなたはこちらの方が好みなのだね」

「あー、う」


 今、目の前で赤子をあやしている彼の主人は、この国の現皇帝陛下の実弟であり、皇帝の嫡男、皇太子に次ぐ、皇位継承権第二位の要人である。

 弱冠18歳にして、その才覚は抜きん出ており、皇太子がまだ幼いのもあって、次期皇帝の補助役を担うべく、政務の多くに携わる立場にあった。


 名を、(コウ) 青劉(セイリュウ)という。



 公務の合間に宮殿内を散歩していたはずの皇弟が、赤子を拾って帰って来たものだから、女官長は、すわ戦争かといわんばかりの鬼の形相で侍従に説明を求めた。


 とは言え、彼に事情が分かろうはずもなく。

「ただ、赤子が粗末な葦のかごに入れられ、雪の降りしきる寒空の下に捨てられていたのだ」と、そう言うしかなかったのである。


 後に警邏隊が宮殿内をくまなく調べたところによると、この日、宮廷内に乳飲み子連れの人間が入廷した形跡は、いくら探せども見当たらず、結局、親どころか、赤子についての手がかり一つ見つからなかったのだという。




 とは言え、赤子に罪はない。身寄りのない子どもを保護する機関は采華国内にもいくつかあるので、そこで保護してはどうか、との声も上がったが、一つ、問題があった。



 赤子の髪が、純白と言っていいほどの白さだったのである。


 瞳が鮮やかな金色だったことは、まだ唯一の救いだったが、この赤子がいわゆる「彩無し」であることは、誰の目にも明らかだった。


 「彩無し」であることがこれほど顕著な子どもがこれから辿るであろう人生を考えると、国の中枢の心ある大人達は、よほど信頼できる保護者に預けなければ、この子どもにはたいそう気の毒なことになる、と頭を悩ませた。





 そんな時、いつものように涼やかに声を挙げたのが、この国での成人年齢を迎えたばかりの皇弟その人。

 赤子を拾った張本人だったという訳である。




 皇弟ではあるが、かの人は、采華国民の血税で生活している訳ではない。

 皇帝の息子が、現在皇太子一人のみということもあり、皇位継承権こそ保持しているが、無用な争いの火種を撒かないようにとの考えから、皇位奪還の意志がない事を示すべく、皇子が生まれた時点で臣下に下ると明言して、宮殿外にも私的に居を構えていた。



 とは言え、現皇帝からしても、青劉は目に入れても痛くないほどかわいがっている、賢い愛弟である。

 私人としては、火の粉のかからない位置にいて欲しいとの思いがあったに違いないが、当の青劉に、これを機に「彩無し」への差別問題解消への足掛かりを作りたいと熱心に説かれ、最後には皇帝として、公の場で正式に青劉個人への依頼という形を取った。


 国が正式に「彩無し」への差別解消に乗り出しているとなれば、差別をしている者達へは抑制となり、「彩無し」と呼ばれている者達からすれば、一縷の希望となるだろう。






 皇帝とて、青劉とて、そう簡単に物事が運ぶとは思っていない。

 だが、純白の髪の赤子が、純黒をその身に纏う青劉の元へやってきた数奇な運命が、良い方へと転がればと、そう願うばかりである。





 そうして、青劉の私邸へやって来た女児は、(コウ) 雪麗(セツレイ)と名付けられ、幸運なことに、幼少期から蔑みの視線に晒されることなく、健やかに育てられることになったのであった。




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