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ゆきだるまが導いて

作者: 霜雪雨多

 冬休み、私はおじいちゃんおばあちゃんの家に家族で遊びに行く予定だ。

 自然と顔がニヤついてしまう。私はその帰省をいまかいまかと楽しみにしていたのだ。私の住む地域とは違って、そこら一帯は豪雪地帯だと聞いていたからだ。毎年雪下ろしが大変だと云っていたけど、雪が降らないよりはずっといいと思うんだけどな。



 車に揺られること数時間。目を覚ました私が窓の外に目をやると、いつの間にやら真っ白な世界に飛び込んでいた。道路の両脇には私の身長以上の高さに雪が積もっている。海を割るモーセの気分だ。

 私は到着するなり外ではしゃいでいた。ひゃっほう雪だ雪だー! とか調子乗ろうとしたら足が沈んでうまく動けない……じいちゃんから水蜘蛛みたいな板を借りてレッツゴー。これを足に付けると圧力(?)が減って雪に沈みにくくなるそうだ。実際効果は覿面(てきめん)だった。


 ここらは過疎が進んでいるらしく、歩いていてもはしゃぐ子供を見ることはなかった。そのことは、汗を流しながら雪下ろしをする老人の姿からも見て取れる。雪下ろしはこの真冬に半袖で行うほどの重労働だが、大切な仕事だ。放っておくと屋根に積もった雪が家を潰してしまうらしい。

 適当に散策していると周囲より一際盛り上がった小高い丘があった。ここで遊ぶことにしよう。

 降り積もった雪を一掴み。ぎゅっぎゅっと押し固める。拳大になった雪玉を片手にすわーんと一回転すると、手頃な大木を発見。

 私はパパの好きなメジャーリーガーの真似をして振りかぶった。私の豪速球を受けてみよ! えいやっ!


 ぱしゃん。粉々に砕け散った私の夢をじっと見ているとなんだか物悲しくなる。私の豪速球をもってしても大木には勝てなかったか。うう、せめて土だけでも持って帰ろう……

 だが集められたのは雪ばかりだった。ふむ。これは諦めずに挑戦しろという天の思し召しに違いないぜい。私は集めたばかりの甲子園の雪をおにぎりみたいに固め、キッと大木を見据えた。

 唸れ私の右手!必殺、スノーアイスボール!


 ぱしゃーん。まあ割れるよね。



 私は童心に還って雪玉を転がしている。童心というには歳を重ねていないかもしれないが。手袋越しに、熱が奪い取られてゆく。やっぱりこたつに入りたいなあ。みかん食べながらダラダラしたいなあ。

 ゴロゴロ転がすうちに、雪玉はだいぶ大きくなった。私の腰ぐらいの大きさだ。胴体はこんなもんでいいかな。私は頭の製作に入った。コロコロと雪玉がみるみる大きくなっていくのを見ていると寂しさを感じた。私は子どもの成長を見守る母親か! 

 よっこらしょと胴体に頭を載せ、素晴らしい出来栄えだと自画自賛した。だが何か物足りない。そう、顔のパーツだ。生憎地面は雪に埋もれていているので現地調達はできそうにない。

 とりあえず私は大木の細い枝をポキリと折って、ひとまず胴体に挿した。いい感じだ。

 そのとき一陣の風が吹いた。やばい寒すぎる。私は耐えきれず家へ走り出した。こたつが私を待っている。





 翌日。私は太陽の眩しさに目を細める。今日はよく晴れたいい天気だ。私はゆきだるまの顔のために、家からピンポン球を持参していた。待ってろよゆきだるま。いま顔を作ってやるからな。

 丘の上では雪だるまがにっこりと笑って立っていた。

 ……いやそれはおかしくないか? 顔はまだ作ってないぞ。


 雪だるまは一夜にして完全体となっていた。みかんの目玉、石の鼻、枝の口、腕の赤い手袋。

 私は目に使われてカチコチに凍りついたみかんを懐に入れた。食べ物で遊ぶのはよくないよね。これは私が家に持ち帰っておいしく……おほん、預かっておきます! 私は溢れ出るよだれを拭った。


 その隣にひと回り小さなゆきだるまがいつの間にか作られていたが、そちらには何の装飾も施されていない。

 ははーん、これはお母さんゆきだるまだな。私の灰色の脳細胞がたった一つの答えを導き出した。私は準備していたパーツを母だるまに装着していく。

 たったらったたーん! これでゆきだるま夫婦の完成だ。腕を組んでうむうむと私は頷いた。目玉として持参したピンポン玉が一組しかなかったせいで、二人とも一つ目になってしまったがまあ問題ないだろう。

 夏はあんなに恨めしかった太陽が今では懐かしい。冬の日差し程度では、積もり積もった雪は溶かせない。裏を返せば私のゆきだるまは溶けないのだ。


 私はふと思いついて、父だるまの胴体ぐらいの高さの小さなゆきだるまを作成した。子だるまだ。私が陶芸家なら100点をつける素晴らしい出来栄えに思える。

 フッと笑って、私は雪を踏みしめ歩いていった。早く家へ帰って、みかんを溶かさなければ。




「僕のみかん返してよ!」


 昨日のみかんに想いを馳せつつ、あの丘へたどり着いた私を出迎えたのは、3体のゆきだるまと1人の同年代の男の子だった。なるほど。私のゆきだるまを飾り付けたのは彼だったようだ。


「食べ物で遊んじゃいけないのよ!」


「だからって盗むことはないだろ!」


「盗んでないわ。預かってあげてるのよ」


「じゃあ返してよ」


「食べちゃった」


「返す気ないじゃん!」


 てへっと可愛く悩殺ポーズを取ったのにも関わらず、男の子は悲鳴のような声をあげた。彼が私の魅力を理解するには時期尚早だったらしい。


「いいじゃない減るものでもないし」


「減ったよ! みかん2個がなくなってるよ!」


 本当だ減ってる! 私は感心した。きっと彼は頭がいいのだろう。


「私のゆきだるまに飾りをつけたのは貴様なのね」


「貴様って呼ぶのはやめてくれよ。僕はシンだ。わかったかみかん泥棒」


「みかん泥棒だなんて失礼ね。私はそんな名前じゃないわ。私の名前はユキよ。よーく覚えておきなさい」


 シンと名乗った少年は不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は厚手のダウンジャケットを着込んでいる。防寒対策は万全なようだ。


「いいわよ。じゃあ私は帰るわ。さよなら」


 えっ、とシンが虚を突かれたようにうめいた。


「雪遊びするんじゃないの?」


 今度は私が動揺する番だった。


「……もしかして私と雪遊びしたいの?」


 シンはかたつむりみたいな速度で頷いた。彼の頬は寒さに反比例する様に赤く染まってゆく。

 ま、まあそこまでいうなら遊んでやらないこともないけど? 確かにみかん食べたのは悪かったし。家に帰っても暇なだけなんだよね。熱を持った顔を隠すように、私はマフラーを巻き直した。

 すると、コートに衝撃があってぽすっと音がした。へえ、この私に雪玉をぶつけるだなんていい度胸じゃないか。覚悟はいいか? 私は歯列を剥き出しにして、魔球フリージングボールを繰り出した。魔球は吸い込まれるようにシンの顔面に直撃した。大木を象とすればシンは蟻程度の強さ。せいぜい足掻くといい。


「顔面はなしだろ! 反則だ反則!」


「突然雪玉投げてきたのはそっちじゃない!」


 私たちはやいのやいのと雪玉を作っては投げ、作っては投げ、時には躱していった。寒さなんて忘れて、一個でも多く相手にぶち当てようと必死だった。

 スノーウォーズの開幕だ。



 太陽が真上を通り過ぎた頃には、私たちは汗だくで息をついていた。


「中々やるじゃん……」


「そっちこそ……」


 勝敗条件を決めていなかったせいでお互いに延々と雪玉を投げる羽目になっていた。シンが休戦を申し出てきたので私は素直にそれを受け入れて停戦条約を結んだ。


「そうだ。昨日私が作ったゆきだるま見てよ。完璧なフォルムじゃない?」


「完璧ぃ? いやいや。完璧と云うには頭と胴体の比がちょっとおかしいんじゃないかな。頭が大きすぎ。美術館に飾ってあったら失笑ものだよ。僕の方がもっと凄いゆきだるまを作れる」


 な、なんだとお!? じゃあ作ってもらおうじゃないか。もっと凄いゆきだるまってのをねえ。


「まあ半日あれば作れるかな。明日また来てよ。ミロのヴィーナスと並び立てるようなゆきだるまをお目にかけてみせよう」


「大層な自信じゃない。いいわ。期待せずに待ってる。疲れたから私は一回帰る。じゃあね」


 私はくるりと背を向け、丘を後にした。


「明日も遊ぼうな!」


 シンの呼びかけに、私は手を振って答えた。明日はみかんを持ってきてやろう。




 翌日も丘へ向かった。が、シンはいない。そしてあるはずの場所に丘はなかった。それどころか、私たちが作り上げてきた雪だるま家族も丸ごと消え失せていた。


 私は呆然としてその場に立つ。小さいものだったとはいえ、一晩で丘が真っ平になるなんてありえない。場所を間違えたか? そんな可能性が頭をよぎったがそれは真っ先に否定された。なぜならすぐ近くに、私が小枝を調達したあの大木があったからだ。と同時に、私は幹の地上に出ている部分が目に見えて長くなっているのに気がついた。雪が明らかに減っている。とすると誰かが丘の雪をごっそりどこかへ持っていったのか。でも何のために? そもそもあんな大量の雪、巨人でもない限り運べないだろう。

 丘だった辺りを歩いてみると、完全に平坦なわけではなく、所々デコボコしているのが分かった。

 でも、だからなんだと云うのだろうか。私は行き場をなくしたみかんを雪の上に叩きつけて、その場に仰向けになった。

 柔らかいふわふわの雪が、私を優しく冷たく包み込んだ。

 



 全てを見ていた大木は何も語らない。

シンとゆきだるまに何が起こったかは、きっとわかるはず。

ユキは丘にゆきだるまを作ったが、その地点は本当に丘だったのだろうか?

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