第1話「留学してきたかわいい女の子」
「――シャーロット・ベネットです。よろしければシャーロットとお呼び下さい。これからよろしくお願い致します」
はっきり言って、一目惚れだった。
上品に佇む仕草。
長くまっすぐに下ろされた銀色に輝く綺麗な髪。
人懐っこさが窺えるかわいらしい笑顔。
スゥッと透き通った耳触りのいい声。
どれもが、俺の理想そのものだった。
いや、おそらく理想とまでは言わなくても、彼女に惹かれているのは俺だけではない。
多分、多くの男が彼女を見れば心を持っていかれてしまうだろう。
実際クラスの男子はみんな彼女に見惚れてしまっている。
きっと次の休み時間には、たちまち彼女はクラスメイトたちに囲まれてしまうはずだ。
それだけの華が彼女にはある。
「――なぁ、明人。俺たちラッキーだな」
シャーロットさんの事を見つめていると、後ろの席に座る悪友とも呼べる親友の西園寺彰が俺に耳打ちをしてきた。
ラッキー……か。
一年生の夏休み明け、これほどの美少女が留学してきた事を考えると確かにラッキーなのだろう。
だけどそれも、彼女と仲良くなれれば――だ。
そしてきっと俺には無理だろう。
「あぁ、そうだな」
しかし、今頭を過ったネガティブな考えなど言葉にせず、俺は彰の言葉に同調をした。
きっと彰はこの後シャーロットさんにアタックするはずだ。
後先考えない奴ではあるが、積極的なところが彰の長所といえる。
「あの子、彼氏いると思うか?」
「まぁ普通に考えればいるだろうな。あれだけの美少女なんだから」
「おいおい、そこはいないほうに希望を持とうぜ」
尋ねておきながら、彼氏がいない方向に話を持っていこうとする彰。
ならば聞いてくるなと言いたいが、同意してくれる奴が欲しかったんだろう。
人間、仲間を作りたい生き物だからな。
「彼氏を置いてわざわざ日本に来る可能性は低いと思う。家庭事情があるのかもしれないが、これから二年以上の遠距離恋愛は学生の身としては辛いはずだ。そして、今の彼女には悲壮感が見えない。となれば、彼氏はいないんだろう」
俺たちに笑顔を振りまくシャーロットさんを見て、俺はそう判断をする。
まぁ笑顔を振りまいているからといって彼女が何も暗い思いを抱えていないのか、と聞かれれば確実ではない。
だけど、彼女の笑顔はとても素敵なもので、心から日本に来たことを喜んでいるように見える。
少なくとも、作り笑いには見えなかったのだ。
あの笑顔が作り笑いだとしたら彼女は大した役者だ。
きっと女優の道に進んでも成功するだろう。
だから彼氏はいないと思うと言ったのだけど、俺の後ろにいる親友は納得いかなかったようだ。
「いや、お前の洞察力や考えはなんなの!? もっと気楽に学生らしい考えを持てよ!」
俺の考えが気に入らなかったのか、彰が大袈裟に頭を横に振る。
おかしい。
彰が望むであろう答えを言ってやったはずなのに。
「こら、西園寺! ホームルーム中にうるさいぞ!」
彰が大声を出すものだから、担任の美優先生に怒られてしまった。
美優先生は美人なのに短気で男勝りなところが欠点だ。
そのせいで若干行き遅れてしまっているというのは、ここだけの話。
本人も気にしているみたいで、この話題が耳に入れば凄く怖くなる。
「なんで俺だけなんですか! 明人も喋ってたのに!」
「お前が大声を出してうるさいからだ! 文句があるなら青柳みたいにバレないようにしろ!」
前言撤回。
美優先生最高です。
「えぇ!? 教師がそんな発言していいんですか!」
「気付けないものは叱りようがないだろ! まぁとりあえず、お前後で職員室にこい! 日頃から調子に乗っているようだし、いい機会だからたっぷり説教をしてやる!」
「そ、そんなぁあああああ!?」
彰の悲鳴に近い声で、ドッとクラスが笑いに包まれる。
ほんと彰はいいキャラをしている。
本人は納得いかないかもしれないが、彰がいるだけでクラスは和むくらいだ。
もう一端のムードメーカーと言えるだろう。
「あっ――」
今も嘆いている彰の事を笑っていると、クスクスと笑っていたシャーロットさんと目が合った。
気まずくなって俺は目を逸らそうとするが、それよりも早くシャーロットさんがニコッとこちらに向けて微笑んだのがわかって、思わずとどまってしまう。
そして彼女に微笑まれただけで自分の体温が上昇したのがわかった。
俺は失礼がないように頭をペコッと下げて、それから視線を窓の外へと逃がすことにする。
目が合って気まずかったのと、彼女に笑顔を向けられて照れ臭くなったのだ。
美少女の知り合いなら他にもいるけど、シャーロットさんのような俺の理想そのものな同級生は初めてだ。
まさか、あの人にそっくりな人がいるなんてな。
世の中本当に広いものだ。
――その後は、美優先生に許してくれるよう懇願する彰を横目に、俺は青空を眺めるのだった。