2話 少女の山下り道中記
師範に言われ名を捨て、継承権を捨て、現在着ている道着一着と一冊の書物を簡易の皮袋に詰めて、少女は山下りを始めた。
自殺行為に等しい行為だが、少女の足取りはとても軽やかで、鼻歌交じりに下り坂を歩いていた。
「ようやく夢にまで見た外界に行けるんだなー。外界ってどんな所なんだろ? 夢にまで見た冒険者ってどの位いるんだろうなー?」
少女は己の山下りの成功を信じて疑わず、既に山下りの過酷さなど眼中になく、未だ見ぬ外界の世界に心躍らせていた。
少女は昔、冒険者の書物を読んで以来、冒険者に強い憧れを抱き、冒険者になる決心をする。
しかし師範は冒険者への道を事を頑なに禁じて、少女に師範の流派を徹底的に叩き込んだ。
しかし少女は夢を諦めるばかりか、その強烈な憧れを師範への反骨心に変え、幾度となく過酷な修行を耐え抜いて己の力へと消化し、現在では師範以外では弟子総出でも全く歯が立たない程になった。
「さて、ちょっと腹ごしらえっと」
少女は独りそう言うと、歩きながら突如跳躍する。
10m以上の高度を跳んで上がり、木の枝に付いた丸い青の果実をもぎ取り、地面に着地すると同時に果実にかじりついた。
「しかし一体何日位で着くのかしら? ま、木の実食べながら川で水飲んでたら大丈夫でしょうけど飽きるわねコレ」
と、少女は呑気に呟きながら木の実を食し、川沿いを目指しつつ下山して行った。
「お腹空いた……もう何日歩いたんだっけ? まだ着かないし……あーもう! 肉食べたい‼︎」
少女が下山を始めておよそ二週間程が経ち、少女は肉を食したい欲求をぶちまけながら山下りを続けていた。
服は随分と汚れ、少女の身体のあちこちに土や泥、そして血痕が付着していた。
その割に少女の顔色は良く、服に付着した血痕部分は服こそ汚れているが、傷や裂けた様子はなく、少なくとも“少女の血ではない”。
「外界には炎を起こす魔法なんて凄い物があるらしいけど……アタシも魔法使いたいなー……あのクソジジイは魔法なんか邪道とかアホな事言ってるけど、アタシからすればあんな戦う以外役に立たない流派の方が邪道だっての」
少女は不満をぶちまけながら坂を下って行く。
少女が先程、歩いて来た道の先に多数の生物の死骸の事など忘れて……
「……今どこぉ? 外界まだぁ? 誰かぁー……はぁぁ」
およそ一月間近になろう頃、少女はげっそりとした顔で未だに外界を目指していた。ひたすら降っていたもうじき一月になるが、未だに目的地は見えない。
水は定期的に雨水や川で水分補給をすればどうにかなるが、一月近くの間、全ての食事が木の実になると流石に飽きる。少女の舌は美味なる食事に飢えており、その飢えが彼女の気力を削ぐ。
しかし、少女の気力が削がれても、意思とは別に本能的に研ぎ澄まされた感性がある異変を少女に報告する。
「…………? この“気”、魔物じゃない……? 数は1、2、3…………8か。んで、これは人か」
彼女はそう呟くや否や、つい先程までげっそりとしていた顔が笑顔に変わる。
「人がいるって事はもうすぐこの山とオサラバ出来るって事じゃん‼︎」
理解が行った彼女の行動はとても早かった。それが分かるや否や、先程までの疲労に満ちた姿が消え失せ、砂埃を巻き上げながら、森の中を疾走する。
「イヤッホォォォウ‼︎」
少女は奇声と共に、その人がいる場所を目指した。