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一つだけの選択肢

 目を覚ますと、VIP待遇とは思えない無機質な白い部屋の中心に鉄の拘束具によって椅子に縛り付けられていた。


 「……気が付いたか」


 声の方向に顔だけ向けると、大量の創作英雄に囲まれたまま胡坐をかいて座っているアイリスの姿があった。

 その姿を確認した途端、あの悪夢は―――栞が死んだことは、現実なのだと突きつけられているようで、狂いそうになった。

 生きる最後の希望も、もう無くなった。

 高まる自殺願望の抱きながら、自動ドアからやってくる人物に目をやる。

 同時にオレのからだの拘束具が解除され、椅子へと収納されていく。


 「………っ…あなた、は……」


 その人物は苦笑しながら、肩をすくめる。


 「このような形で拘束していること、深くお詫び申し上げます。あなたの創作英雄の暴走を防ぐためとはいえ、この非礼に対するいかなる罵倒も甘んじて受ける次第です。……自己紹介を、私は愛浦夜美。ノベルス部隊東京エリア隊長です。」

 「…………」


 有名なんてもんじゃない。この人愛浦夜美(あいうら・よみ)は、世界最強の創作英雄を従える作家。

 そんな世界の最高戦力が、目の前にいる。

 第1位は最前線である東京エリアの制圧任務に勤しんでいるとニュースで流れていたはず。

 どうしてここにいる。

 そして―――ここにいるなら、どうして。


 「どうして、もっと早く…助けてくれなかった」


 理不尽なのは分かっている。きっとこの人は別のもっと場所で、戦っていたに違いないのだ。

 だが、このやり場のない絶望と、憎悪を、誰かにぶつけられずにはいられない。


 「………本来、あの石の輸送経路に欠陥者どもは出ないはずだった。………いえ、全て、我々ノベルスのせいです。本当に申し訳ございません」


 愛浦は、世界最強の作家は、両ひざをつき、頭を床にピッタリとくっつけて土下座をした。


 「………謝ってほしいわけじゃ…ない。もう、栞は戻ってこない…」

 「……その件について、お話があります。あなたの創作英雄は、栞さんの体を器にして顕現している。…そうですね?」


 突き刺さってくるまっすぐな瞳が、嘘をつく余裕を与えない。俺は、もはやどうでもよくなったので、ただ無言でうなずいた。

 この創作英雄を渡せというのなら、くれてやる。もう、こいつは、栞じゃない。

 ここでの用が済んだら、俺も死のう。

 そんなことをぼんやりと考えていると、予想外の言葉が飛んできた。


 「………単刀直入に宣告します。照川紡さん、あなたは、ノベルスに加入してください」

 「………は?」

 

 有無を言わさぬ勧誘。

 何を言っているんだコイツは。

 栞が死んだと聞かされてから、ただでさえ思考が回らないのに、これ以上意味不明なことを言うな。

 ここで断るのは命に関わるものだろう。

 嫌です。死んでもやりません。

 という喉元まで出かかった言葉は―――


『……生きて、つーちゃん。何があっても、生きて』


 大切な人の言葉に塞き止められる。


 「………こいつは、ただの創作英雄じゃない………幼馴染の体なんだ……死にたくはない、けど。戦いたくないんです。」

 「栞さんを生き返らせることが出来るとしても?」

 

 頭が真っ白になる。栞が……生き返る?

 そもそも、死んだ自覚すら、ままなっていないんだぞ。

 有り得ない。例えイマジニウムが様々な物理法則を越えているとはいえ、作用するのは、金属に対してだ。生身の人間に対する効果など、あるはずがない。


 「えぇ、言いたいことは分かっています。ですが、それが、その特別なイマジニウム。サーガ・イマジニウムの力です。

 「……言ってることが、分からねぇよ……ただの、金属だろ。イマジニウムは、金属には反応するが、生身の人間には作用しない……って」


 俺は、ゆっくりとアイリスと化した栞の体をみる。

 長い白髪、真っ赤な瞳こそ栞とは異なるが、顔の形や体格、声は栞そのものだ。

 そもそも、鎧に可変して作家に纏う創作英雄や姿を変えて、作家の携行品になる創作英雄がいるのは知っているが、生身の人間と融合した者など、聞いたことが無い。


 「サーガ・イマジニウムは、既にその少女、栞の肉体に融合しています。つまり、初の、命ある創作英雄。」

 「っ!? ……命ある……」

 「先に、彼女の状況についてお話します。こちらには、分析が得意な創作英雄もいるので。」


 愛浦はアイリスを一瞥すると、話を続ける。


 「確かに、彼女の肉体は、一度死にました。そこに、貴方の意志に共鳴したサーガ・イマジニウムが肉体を刺激、融合することにより、肉体は急速に活性化。再起動したのです」

 「…………」

 「ですが、彼女の記憶の保管部分、即ち、脳は死んでいません。」

 「…………つまり、どういうことなんだよ」

 「サーガ・イマジニウムが更に活性化し、彼女の脳内を刺激することが出来たのなら、記憶は甦り、彼女の意志も復活するのではないか。そう考えています」 

 「!?」


 何を以て死とするかは、人類の永遠の論争だろう。

 一度死んだ肉体とはいえ、脳を再び動かすことは、………確かに蘇生と言えるのかもしれない。


 「あなたが、戦うというのなら、そのサーガ・イマジニウムを宿した英雄と共に、立ち上がるというのなら、その機会を与えます。

 戦わないというのなら―――その創作英雄からサーガ・イマジニウムを摘出し、本来使用するはずだった者に渡し、あなたは一般人として帰します。」


 

 愛浦は選択肢を提示してくる。

 だが、この選択肢に迷う余地などない。

 最初から、一択しかない。

 アイリスは無言でオレの顔を、まっすぐに、いつもの顔で、見つめてくるだけ。

 あぁ、まるで自分が嫌いな、ラノベの主人公のようじゃないか。

 下らないほどに見飽きた。

 吐いて捨てるほど見てきた、そう。他人事のように見てきただけの選択肢。

 大切な人が生き返るかもしれない。

 そんな一抹の希望に縋るしかできない。


 「……やります。それで、栞が……生き返るなら」


 鋭い眼差しだった愛浦は、ホッとしたように表情を柔らげ、手を差し出してくる。



 「ようこそ、ノベルスへ。あなたたちを、心から歓迎します。人類の為に、これから尽くしましょう。…あなたの偉大な選択に、感謝を。」


 世界も人類も救うつもりはない。救える気がそもそもしない。

 自分を投げ捨ててまで、他人を救えるほどの気概も無い。

 戦うと決めた理由は、ただ、大切な人が死んでほしくないだけという理由なのだから。

 決して、偉大でも、なんでもない。

 皮肉にも、心からこの人生はラノベの主人公らしいと感じた。

 

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