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捨てられた倫理

 

 耳元でスマホが軽快な音で鳴り響く。

 アラームをセットした当人は、軽快とは真逆の動作で音を切り、再び安寧空間である楽園ふとんに頭を引っ込める。

 だが――――

 

 「コンコン!入るよぉ! 可愛いお姉ちゃんが起こしに来たぞぉ~」


 別段勝手に入るなとは言って無いし可愛いのも否定はしない。だが起こしてくれとは言って無いし、まず前提として君はお姉ちゃんでは無い。

 加えて本日は多忙な学生にとって貴重な土曜日。

 よってこの睡眠が阻害される道理はない。

 そんな完璧論理を組み立てた紡の掛け布団をバスバス遠慮なく攻撃する自称姉。

 日本人は基本的に時間に厳しすぎる。どこぞの国は30分程度の遅れは許容範囲に入るらしい。日本人止めてやろうか。

 

 「ほーら!! 子どもか!」

 「…………子どもなら寝てていいんですかね?」

 「駄目です」

 「…………世界は残酷だな…」


 無常にも剥がされた布団。いつもの攻防戦を終え、ようやく俺は起き上がる。やはり勝つのは強者だ。

 出版社に行きたくない。どうせ未来に活かすことが無いであろう小言を長く聞かされるだけだ。時給810円のバイトに行くほうが遥かに有意義な時間を過ごせるに違いない。


 「全く……つーちゃんは朝は本当に弱いんだから。ほらベッドから降りる。朝ごはん出来てるから着替えたら来てね。……五分以内に来ないと無理やり着替えさせに行くから。ついでにお部屋の片づけ開始するから」

 「止めろマジで分かったから」

 「ふふっ…はーい。あ、今日はオレンジジュースと緑茶どっちがいい?」

 「……オレンジで」

 「はいはい」

 

 いつもの笑顔で、今日も今日とて栞はそばにいてくれる。

 …………たまにはプレゼントでも買いに行くか。

 そう軽く頭の片隅で考えながら袖を通すと、今度は彼女の好きなものを考える。

 

 「……………あれ……アイツ…何が好きなんだ……」

 「あと一分で突入しまーす!」

 「強制なら令状を持ってきてください」

 

 極めて楽しそうな突入部隊の声に、慌ててズボンを穿きかえ部屋を出る。

 

 絶妙な旨さを誇るスクランブルエッグと程よいこんがり触感のパンはあっという間になくなり、同時にそろそろ家から出なければいけない時間が迫ってきた。

 荷物を背負い、玄関で靴ひもを縛り終えると、栞に向き直って軽く敬礼をする。


 「では。作家候補カッコ未来無し。華麗に怒られて来るであります。」

 「あはは…まぁ、気を付けてね! うちの事は任せておいて!あ、そだそだ。大体帰りは何時くらいとか分かる?」

 「んーー?……前と同じくらいなら昼には終わるんじゃないか?」

 「おっけー! じゃあつーちゃん……いってらっしゃい!」

 

 屈託のない笑み少女の笑みを糧に、なんとか足を前に出せた。


 「行ってきます。栞」


 世界が危機に立たされているのに、今の日常をいたく気に入っている自分がいた。



  ※



 「ボツ」


 担当が発したそんな二文字は当たり前なほど予想内だった。

 そもそも適当な作品のストーリーを要約しただけのプロットが通るなら、こんなに何度もボツになってはいない。

 本人的には、作品を受からせる気など無いので当然の結果ともいえるが。

 

 「照川くんさー…確かにラノベを参考にしてみろとは言ったよ? でも丸パクリしろって事じゃないんだよ。分かる?」

 「ですので、オリジナリティを出すために二作品くっつけてみました」

 「…そうじゃなくてね……こう…君の物語を読みたいというかね。なんか………曖昧でもいいから書いてみたいやつとかないかな? といってもバトルものだけだけどさ…」


 そうして10分以上もの間、担当者の創作論やら今の流行りやら基本的なキャラの作り方やらを語られた。非常にためになる話だった。パクる要素が増えたと言える。

 全く生かす気のない話をとっとと忘れるために出版社を早々に飛び出し、自販機でジュースを買うと、後ろからポンポンと肩を叩かれた。


 「よっ! お前も呼び出しだったか。とりあえず俺はMAXコーヒーな」

 「……今度おごれよ?」

 「へーい」


 しぶしぶ追加で硬貨を投入し、コーヒーとは名ばかりの砂糖飲料を青年に渡して家路に向かう。

 青年、小山秀明こやま・ひであきは口から糖分を一気に補給しながら紡と並行して歩く。

 

 「んでんで? テルテルはどうだった?」

 「どうって……結果? 普通にダメだったけど」

 「ったく。相変わらずだなぁテルテルは」

 「いや。そういうお前もだろ。あとテルテルいうな。お前のせいで学校で定着しかけてんだぞ」

 

 こちらの抗議を一切スルーして小山は鼻で音を立てると、ペラ紙を見せてきた。

 そこには―――『一次試験合格をここに認定します』―――と確かに大きく書かれており、その下には詳細文が長々と連なっている。


 「俺も明日でついに作家になれるんだ! 超ヤバいだろ!」

 

 小山は非常に嬉しそうに紙をずいずいと押し出してくる。

 作家は現代人が就ける職業のなかでは、もっとも給料や福利厚生制度の内容が充実しており、作品が人々に認知されているほど高収入となっていく。

 また、例え売れなくとも一たび作品が世に出ただけで、最悪売れなくとも一般企業の収入よりも多くなるように設定されているのが現在の作家という立ち位置だ。

 小山の家は、残念ながら長年の友人である紡から見ても裕福とは言えない。その上彼には来年高校受験を控えた妹がいるはずので、余計に嬉しいのだろう。

 —————たとえ――――現在最も死亡率が高い職業だとしても―――――


 心が沈みかけた寸前のところで小山がいることを思い出し、なんとか顔を繕って話題を適当な方向に進ませる。


 「参考までに…どんなラノベのプロットにしたんだ?」

 「あープロットとかよくわかんなかったから、とりあえず一旦全部書いて見せたら通ったんだよねぇ」

 「天才か。………それで、どんな内容?」

 「まぁ……って言っても、ありがちな話だけどな……突如世界に謎の生物が現れて、ヒロインが謎の声で忍者に目覚めて世界救おうとする話……だな。タイトルはあっちが決めてたけど…確か…『覚醒世界の忍術姫チート・プリンセス』」

 「圧倒的糞ラノベ臭」

 「うるせぇ! 元のタイトルは『にんにんプリプリ!戦え忍者姫』だったのに変えられたんだよ」

 「どのみち糞じゃん」

 「んだとこの野郎!」

 

 ありがちな設定にストーリー加えてタイトルから溢れる、いわゆる糞ラノベ臭。

 ひと昔前なら一部の気になった読者だけに読まれ、そして消えていく作品の一つだっただろう。

 それもそのはずだ。長年作家を目指して頑張ってきた奴が書く作品と、指導者がついてるとはいえ、数年程度の知識も経験もない若輩者の作品が並ぶこと自体、ひと昔前なら極々稀なのだ。

 だが現在に関して――――それは有り得ない。

 何故ならライトノベルは制作された次の日には、()()|全一般家庭に届く。

 新登場した作品に関しては特に、一週間以内に読むことを義務付けられている。

 この世界では、ライトノベルはそういうものだ。

 

 「で、で。これからちょっと行きたい場所あるんだけど…一緒に来てくれん?」

 「いやいいわ。俺、休日引き籠り森症候群だから」

 「初耳だよ!しかもありそう……じゃなくてほんま頼むわぁ…このとぉり!一生のお願い!俺たち前世からの親友じゃん!」

 

 自称前世からの親友は、両手を合わせて今年何度目かの一生のお願いポーズをとる。


 「はぁ……つかどこだよ……」

 「あ、場所言って無かったか。あそこだよ……あそこ…」


 小山が指さす方向には建造物、『国立創作総合研究所』通称、国創研があった。


 「……マジか…」

 「マジです。…明日あそこで試験だから一応会場見ておきたくてさ…」

 

 さんざん悩んだ末、子犬のような小山の顔を見てしぶしぶながら頷き、自身の目的地を変更した。


 バスの中、友人の自小説に関するマシンガントークをひたすら適当に聞いていた。

 小山が気を紛らわせようとしていたのは明白だ。多少適当でも怒りはしまいと、時折窓の外を見る。

 徐々に近づいてくる異常に白い研究施設。世界を救うための施設とは思えない威圧感を肌で感じる。

 

 「……着いたぞ小山。」

 「お、おう…」

 「いや、お前の試験は明日だろ…もっとこう…リラックスすればいんじゃね?」


 かくいう俺自身も帰りたいほど雰囲気に蹴落とされているのだが。


 「あ、あー…………まぁそうだな。っし……じゃあ行くか」


 厳重な警備とは裏腹に、小山が例のペラ紙を誇らしげに見せると、容易に見学者として許可が下りた。無論、案内人という名の銃を持った監視役が付いているが。

 

 「こちらが最終試験の行われる部屋です。あと一分ほどで試験が始まります」


 ガラスの向こう側には、一人の男性が広い部屋の中心で頭に物々しい装置を取り付けられて待機していた。

 その近くには緑色の液体が満たされた巨大な円柱。

 そこから伸びる無数のチューブは計器やら設置されたモニター、そして男性の頭の装置と繋がっている。

 その円柱の中には、人の形を模したような銀の塊が、何かを待つように静かに鎮座している。


 「あれが……イマジニウム……」

 

 紡の呟きにポーンという音が介入してきた。


 『これより創作英雄『セーヴァー)の製造を開始します。あなたの作品の登場キャラを強く思い浮かべてください』

 「は、はい!」

 

 ブゥゥン……という重低音が空間に響く。円柱の中は徐々に泡立ち始め、やがて強く激しくなっていく。

 と、ここで天井から再び声が呼ぶ。


 『登場キャラの名前と特徴を強くイメージしてください』

 「柊レイ……柊レイ柊レイ……彼女は…彼女は二丁拳銃使いの女の子…髪色はピンクで…強気で…正義感が…強い……誰かを守る為なら…命も投げ捨てる……最強の…ヒロイン!!」


 もはや泡立つ円柱の内部を把握することは出来ない。が、おそらくイマジニウムが彼の思い浮かべるヒロインの形に変質しているのであろう。

 イマジニウムは、人間の思考する際に発生する電気パルスに反応して形が変化する。

 欠陥被造物出現と同時に地表に出てきたこの物質は、人間の想像を大きく反映することが出来るという、これまでの常識をひっくり返す性質を持っている。

 しかし、そんな夢のような物質は一部の人間の電気パルスでしか反応しないらしく、この国家総動員法が再発動しそうなご時世、イマジニウムの形を変えられる可能性アリと判断された人間はもれなく作家候補にされるのだ。

 やがて、円柱の泡立ちが止み、重低音もだんだんと消えていく。

 作家志望の男性は荒い息をつきながらも円柱から目を離さない。


 『お疲れ様でした。そして―――おめでとうございます。創作英雄が完成しましたので、試験はクリアとなります。』


 その台詞と同時に、円柱の内部の様子が目の前の窓に大きく映し出された。

 巨大な円柱に先ほどのような鈍い銀塊は無い。

 代わりに――――少女の形をした何かが、ときおり口から気泡を漏らしながら静かに瞼を下ろしていた。


 「す、凄い…これが…俺の…創作英雄セーヴァー……」


 新たに作家の仲間入りを果たした男性は、円柱の周りをぐるぐるしながら歓声をあげている。

 そんな一連の流れを見た俺たちはといえば、ただ目の前のことに圧倒されていた。

 90年代、人類は品質の良い存在を生み出す過程で、クローン羊を誕生させた。

 2006年、人類は医療進歩のために、多くの細胞に分化できるIPS細胞を作り出した。

 2030年現在、人類は絶望(ばけもの)を倒すために、創作英雄という名の希望ばけものを生み出すことに成功していた。

 事実は小説よりも奇なりという言葉が、今ほど当てはまる時代はないだろう。

 悪を討つためなら、倫理という建前など機能しないことを、目の前で眠る少女は証明していた。

 

 


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