ラノベが嫌いな作家候補
『ハッ!世界なんざどうでもいい!!俺はテメェが気に食わないから殺すだけだ!』
『フハハハハハ!!ではこの魔王シュバルツのもとに来るがいい!!!最後の勇者にして最悪のゴミの剣、どこまで通じるかな!!!』
俺は全魔力をエクスカリバーに集中させて走る。
今なら分かる。何故俺が、こんな馬鹿みたいに剣を振るっていたのかを。
ただ俺は、ずっと…ずっと!
後ろで倒れている少女に、もう一度笑ってもらうために!俺は!
☩ ☩ ☩
パソコンに書いていたそんな文章を、照川紡は全てバックスペースキーで消去した。
小説が書けない。
どんな展開が読者により強い印象を与えられるか。どんな設定だとより読者の目を引くか。
そして……どんなキャラクターをなら…強いのか。
読みたくもないライトノベルを読み比べては似たような展開の骨組み(プロット)を作るものの、すぐさま阿保らしくなって全て消す。
速攻で惚れるヒロイン。読者こびこびのご都合展開。いかにもな悪人。ラノベに関する全てが嫌いだ。
ついにキーボートの上に置いてある指から、文字を紡ぐ気配はなくなった。
こんな苦痛の作業はすぐさまに止めて、適当にテレビでも見て床につきたい。
だが、それを許してくれるほど今の世界は甘くない。
———対欠陥者部隊ノベルス・小説家候補―――――
そんな肩書が紡に小説を書くことを強制する。
仕方ないので明日の提出用プロットは、適当に他の作品からパクることを決めたその時、コンコンと扉がノックされる音で振り返る。
「どうぞー…」
「入るよー、つーちゃんご飯できたからおいで~」
可愛らしいエプロンをつけた綺麗な黒髪の少女、栞の笑顔をみて、俺は苛ついていた心が鎮まっていくのを感じる。
「ねぇねぇつーちゃん!聞いて聞いて!今日はつーちゃんの好きな肉じゃがだよ!」
「おぉ…いつもすまないねぇ」
「あははっ!なんかつーちゃんお爺ちゃんみたい!」
「俺の全盛期はとうに終わっているのじゃよ」
「そんな疲れたあなたに、栞のご飯ですよ!」
「うむ、魔剤より効果ある気がするわ」
冗談を言いながら食卓に向かい合わせで着き、手を合わせて食事を始める。
しばらく美味しいだの、明日のテレビ番組権はどっちだの適当に言い合っていると、栞が「そういえば」と思い出したように聞いた。
「つーちゃん。提出用のプロット出来た?」
「あー…まぁ一応……」
「あーー…これは出来てない奴ですねぇ…」
残念ながら俺の嘘がこいつに通じたためしがない。なんでも目の奥を見ればわかるらしい。
「………そういうお前は描けたのか?……そっちも明後日が一応締め切りだろ? あ、おかわり」
栞は差し出されたお茶碗にご飯をよそりながら、得意げに笑って胸を反らした。
「ふふん! 聞いて驚け……もう提出して一発オッケーだったのだ!」
「えぇ……マジかよ……」
結木栞はイラストレーターでもある。しかもラノベ業界では有名な部類。繊細な表情、緻密な武器や装飾。果ては元々美術部なのもあってか背景までもが美しいときている。
栞はもともと絵を描くのが好きだったが、紡が作家候補生に選ばれたと聞いてから絵の無料投稿サイトにガンガン絵を投下し、ついにはその手の業界の先生に直接絵を見せにいくなどの道のりを通って今の位置を確立した。
曰く、俺のラノベのイラストを担当する為とのことだが、肝心の本編を書く本人は、全くそのやる気はない上に、致命的に駄文しか書けない。
姉弟のような長い付き合いとはいえ、創作センスが同程度のはずはなかった。
「うーん……どんなの書きたいとか無いのー?」
「って言われてもな……具体的には全く浮かばないしなぁ…」
「おう……そのレベルかぁ……あ、でもアレは? ちっちゃいころ書いてた女の子が主人公で怪人バタバタ倒す奴!!もうザ・ヒーローって感じの!!あ、そうだ! こんど描いてあげるよあの子! 」
栞が楽しそうに語る姿に、息が一瞬詰まる。
まだ小説が好きで仕方が無かったころ。身近にいた人をモデルに、その時に流行っていたアニメをベースに作った作品。
タイトルとその時のキャラが浮かびそうになった瞬間、紡は味噌汁を飲み下してそれを拒絶した。
「…………アレは人生最大級の黒歴史だから……そもそもガキの頃に書いたゴミだし」
「えー。結構好きだったけどなぁ。」
少し残念そうな栞の顔を最後まで見れず、俺は顔を逸らしながら席を立った。
「……………ごちそうさま…」
「はーい。あ、お風呂沸いてるから少ししたら入んなー」
「ん。……分かった」
食器を洗い終え、自室に戻ると体をドサッとベッドに投げ出す。
早くも微睡みかけた時、ふと、栞の声が脳内で再生される。
『でもアレは? ちっちゃいころ書いてた女の子が主人公で怪人バタバタ倒す奴!!もうザ・ヒーローって感じの!!』
白髪の少女が、迫りくる謎の怪人たちを問答無用に切り倒していく。
どんな大ピンチに陥っていても、弱きものを必ず助け、最後は笑って万事解決。
「…………書けるかよ………あの話はお前は戦うんだから………」
小さくそう呟いてから、パソコンで適当につくった提出プロットを担当に送り付けると、部屋を逃げるように後にした。