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ひだまり童話館☆参加作品

タコの子守歌

作者: 鴨カモメ

 それは大きな大きなタコだった。水の中でゆらゆら揺れる丸い頭にうねうねと長い腕。大きなタコにとって小さな貝や小魚ではお腹がいっぱいにならない。だから手っ取り早くお腹がいっぱいになるような大きなエモノを探していた。


 えーんえーん


 大きなタコが海をさまよっていると岩場の影から子どもの鳴き声が聞こえて来た。泣いていたのはイルカの子。大きなタコが食べるにはちょっと小さいがおやつにはちょうどいい。長い8本の腕をぶわっと広げるとたくさんの丸い吸盤を見てイルカの子は叫んだ。


「お母さん! 助けて! お母さん!」

 あまりに大きな声でイルカが叫んだのでタコはイルカから吸盤を離して耳をふさいだ。

「あーうるさいうるさい」

 もう一度イルカの子に腕を伸ばせば、イルカの子は怖がってもっとけたたましく泣き叫ぶ。

「お母さん、怖いよ! 助けてお母さん!」

「お母さん、お母さんって本当に甘ったれた子だね。……ん、ちょっと待てよ」

 タコは少し考えた。イルカの子が母親を呼べば、大人のイルカがやってくる。イルカの母親ならお腹もいっぱいになるだろう。その後でイルカの子をおやつにすればいい。


「しょうがないね、私もあんたの母親を待ってやるよ」

「え?」

 イルカの子はそのピカピカ光る目ににらまれると不安そうにタコを見上げた。

「そんな怖がることないよ。お母さんがくるまで一緒にいてやるって言っているのさ。ここの辺りは凶暴なサメが出るからね。サメよりも大きい私がいればあんたは食われることないよ」

 タコはイルカの子を信用させるためにウソをついた。

「よかった! タコさんに食べられちゃうかと思ったの。ごめんね、タコさん」

「いいのよ。さっきは魚と間違えて食べちゃいそうになったけどね。私はイルカが好きなのさ」


 イルカの子はほっとしていた。

 本当は食べるつもりだけどね、タコは心の声を隠して笑いかける。そうして大きなタコと小さなイルカの子は母イルカが迎えにくるのを待った。でもなかなか母イルカはやってこない。

 そのうちに日は落ち、当たりは真っ暗になった。満月の白い光が海の中に差し込んで薄暗い世界を照らす。満月の日は少しだけタコを寂しい気分にさせた。


「あんたきっとお母さんに捨てられたんだよ」

 いつまでも来ない母イルカを待つ子イルカにタコはぽそっと言った。

「そんなことない、絶対にお母さんは来てくれる!」

 イルカは泣き出しそうなのを我慢した。

 大きなタコは呆れながらも自分の母親を思い出していた。卵の中にいた時に聞こえていた優しい声。卵の殻を破った瞬間、母親に抱きしめてもらいたくて丸い温かな光に向かって懸命に泳いだ。でもどんなに泳いでも母親のところへは辿り着かなかった。

「私だってね、お母さんが迎えに来てくれる、ずっとそう思っていたんだよ」

「タコさんにもお母さんがいるの?」

「ああ、いるよ。あそこに見えるだろう。あれが私のお母さんだよ」

 タコは1本の腕で海の上を指した。そこには丸いお月様の光がゆらゆらと海の底まで広がっていた。


「あれはお月様だよ」

 イルカの子が言うと大きなタコはふふっと笑った。

「お月様が私のお母さんなのさ」

「うそだ! お月様はお空の遠いところにあるんだよ」

「だから、私を迎えに来てはくれないのさ。私が覚えているのは卵の中で聞いたお母さんの子守歌だけ。信じられないのならそれを歌ってあげるよ」

 タコはイルカの子が見守る中、静かに歌いだした。


『かわいい かわいい 子どもたち 

 私が守ってあげましょね きれいなお水もあげましょね 

 まんまる光はお母さん いつも そばにいるからね』


 タコが歌い終わるとイルカの子はこっくりこっくりと眠りに落ちていた。タコたちの上ではサメがくるくると泳いでいる。サメはイルカを狙っていたが大きなタコがいたので手を出せないのだった。

「しょうがないねぇ」

 タコは大きな腕を広げてイルカの子を包む。腕をゆりかごのようにゆらゆらと揺らし、眠るイルカの子を守ったのだった。


「どこにいるの? 返事をしてちょうだい! お母さんはここよ!」

 イルカの子と大きなタコは心配そうなその声で目が覚めた。

「お母さん!」

 イルカの子は大きなタコの足をすり抜けてお母さんの元へと泳いでいく。喜んだのもつかの間に、イルカのお母さんは大きなタコに驚いた。

「大丈夫、このタコさんは優しいから食べたりなんてしないよ」

 本当は2匹とも食べるつもりだったが、イルカの子があまりに無邪気にしているのでなんだかそんな気持ちも失せてしまった。


「お母さんが迎えにきてくれてよかったね」

「うん。タコさんもお母さんに会えるといいね」

 イルカのお母さんはイルカの子とタコのやりとりを驚いて見ていた。

「タコさんのお母さん?」

「タコさんのお母さんはね、お月さまなんだって、だからお母さんに会いたくても会えないの」

 自分のことのように哀しい表情を浮かべるイルカの子にタコは笑う。

「あんたが哀しむことはないさ。お母さんはいつも空で見ていてくれる。何も言ってはくれないけどね」

「タコさんのお母さん、どんなことを思っているんだろうね」

「さあね」

 太陽が昇ってキラキラと明るい水面を大きなタコとイルカの子は見上げた。


「それならひとつ私に考えがありますよ」

 イルカのお母さんがそう言ったので大きなタコとイルカの子は同時にイルカのお母さんを見た。

「なんだって?」

 イルカのお母さんはイルカの子に優しく微笑む。

「タコさんが母親になればいいんです。そうすれば会えなくてもあなたをどう思っているかお母さんの気持ちが分かるはずですよ」

 そしてイルカの親子は海の向こうへと泳いで行った。時折振り返って手を振るイルカの子を見ながらタコは考え込んでいた。


「私が母親に?」

 タコは自分も母親になれるということを初めて知った。でもどうやって母親になればいいのかさっぱりわからない。タコはあの子守歌を歌いながら海をゆらゆらと泳いでいた。すると大きなタコに吸い寄せられるように1匹のタコがやってきた。大きなタコよりもずっと小さいタコは歌に耳を傾ける。

「美しい歌ですね。そしてどこか懐かしい。私にもっと聞かせてはくれませんか」

 タコは嬉しくて歌い続けた。そして間もなく2匹のタコは恋に落ちた。


 大きなタコはたくさんの卵を産んだ。つやつやのきれいな卵。タコは卵を守り、きれいなお水を卵に吹きかける。夜になれば卵の中にいる子どもたちのために子守歌を歌った。たくさんの卵の一つ一つ、そのどれもが愛おしくてかけがえのない宝物だった。

 夫のタコは妻のためにエモノを探しに行ったが大きなタコのお腹が満たされるようなエモノは近くにいない。

「君と卵のためにうんと大きなエモノを探しに行ってくるよ」

 そうして夫のタコは広い海の向こうへと泳いで行った。


 大きなタコは夫を信じて待った。しかし夫は帰って来ない。その間も休まずにずっと卵につきっきりだった。眠ることも食べることもしないタコはどんどん弱っていく。そしてある満月の晩、タコの身体はとうとう動かなくなってしまった。フラフラと潮に身体が流されそうになるのを必死に岩に張り付いて子守歌を歌う。海の上では満月が浮かび卵を照らすと卵の中で小さな目がピカピカと光った。


「お母さん」


 その時、小さな声とともに卵からぴゅぴゅっと子どもたちが飛び出てきた。子どもたちは「お母さん」「お母さん」と呼びながら、みんなまん丸の月の光に向かって泳いでいく。青白い光に中で泳ぐ子どもたちはまるで星の子のようだった。それは今まで見た何よりも美しい。

 見とれている大きなタコの腕が岩から離れ、ふわふわと潮に流されていく。もうタコに泳ぐ力は残っていなかった。柔らかな光を母と信じて懸命に泳ぐ子どもたちは沈んでいく大きなタコには気づかない。それでもタコは幸せだった。


「お母さんは月になって見守っているからね」


 広い海に穏やかで優しい歌声が響く。

『かわいい かわいい 子どもたち 

 私が守ってあげましょね きれいなお水もあげましょね 

 まんまる光はお母さん いつも そばにいるからね』

 そうしてお母さんタコはお月様になったのだった。



「ぼうや、何をしているの?」

 月明りの夜、岩場の陰でこそこそとしているイルカの子に母イルカは声をかけた。イルカの子は慌てて何かを隠そうとしたが目の前では小さな子ダコがぷかぷかと浮いている。

「タコの子?」

「この子迷子みたいなんだ」

 タコの子はプルプルと震えながら「お母さん、お母さん」と泣いていた。


「怖がらなくても大丈夫よ。あなたとお友達になりたいの」

 母イルカの優しい声に子ダコは恐る恐る顔を上げた。

「ごめんなさい。食べられちゃうって思っちゃったの」

 それを聞いた母イルカは懐かしそうにふふっと笑う。

「食べないわ。私はタコが好きなのよ」

 子ダコは一瞬嬉しそうな顔をしたが月の光を見ると寂しそうな顔をした。


「この子、お月さまがお母さんだって言うんだ」

「お月さまが?」

 母イルカが見上げると丸い月の光が海水にゆらゆらと揺れていた。時折細長く、丸みを帯びる月はタコの姿のようにも見えた。

「お月さまがお母さんなわけないって思っているんでしょ?」

「いいえ、思ってないわ。私もお月様のように丸くて優しいタコさんを知っているもの」

 それを聞いた子ダコの瞳がピカピカと光る。それは子どもの頃に出会った大きなタコと同じ輝きだった。

「ねぇ、それはどんなタコなの? 聞かせて?」

 子ダコは興奮して母イルカのまわりをくるくると泳ぎ回る。

「そうね、サメよりもずっと大きなタコさんで歌がとっても上手だったわ」

 イルカの子も興味津々で母イルカの話を聞いていた。

「へぇ、タコさんの歌はどんな歌だったの?」

「素敵な子守歌よ」


 母イルカはイルカの子と小さなタコをその背に乗せて子守歌を歌う。子どもたちはすぐに眠りへと落ちていった。お月様の光は優しいお母さんの光。子ダコはイルカの背に揺られ、お母さんダコに抱きしめられる夢を見ていた。



挿絵(By みてみん)


お読み頂きありがとうございました。

某番組でタコの産卵をやっていて健気過ぎて泣きました。

いつも美味しく頂いていましたが、タコに対する見方が変わりました。もっと大事に頂くことにします。


※8/22お父さんタコについて少し内容を変えました。

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[良い点] タコがこんなに健気な生き物だっただなんて知りませんでした。 命を繋いでいくのは大変なことなんですね。 月に向かって泳いでいく子ダコと力尽きて海の底に沈んでいく親ダコの場面を読んで泣いちゃい…
[一言] 遅ればせながら拝読しました。 タコとイルカの関係性、それを繋ぐ月と子守歌……全ていいバランスで成り立っていると感心させられました。 ナツコイとは全く異なった話ですが、どちらも素晴らしかった…
2017/08/28 06:43 退会済み
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[良い点] タコの子守歌 拝読させていただきました。  タコとイルカの異種間での交流と親子絆、楽しませていただきました(^^♪ タコが単なる狩猟者から母親になっていく変化、自分の母親への想いと母親にな…
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