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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の壱「旧校舎に、潜むもの」
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「翔太?」


「ん?」

 

 亜矢と、言織。それから、正志達、ロクスケ達の視線も集まる。

 翔太は息を飲んでから、震える声で……それでも、はっきりと言った。


「も、もういいよ」


「は?」


 麻衣が怪訝そうに眉を寄せる。


「だからさ、もうこれ以上はいいよ。僕達を帰してくれれば」


 ――それ以上、逆柱と闇凝りを追い詰める必要はない。そう、言っているのだ。


「何言ってんだよ!」


 反論するのは、正志。麻衣も頷く。


「こいつら、さんざん俺達を怖がらせたんだぜ?」


「そうだよ」


 はやし立てる、男子もいた。

 亜矢だけは、不安そうに翔太を見ていた。

 翔太は、ぐっと拳を握ってから、


「それは、僕達が悪いんじゃないか!」


 怒鳴った。

 いつもは気弱な彼の変貌に、みんなは黙り込む。


「勝手にどたどたされて、そんな……怒るに決まっているよ? だから、謝って……もう許してもらおうよ」


「……翔太」


 亜矢がそっと、近付く。


「ワシを……赦す、と言うのか?」


 逆柱が、口を開く。


「…………」


 翔太は、逆柱に指を突きつける言織を見た。

 肩を竦めると、手を下げる。展開し、逆柱を拘束していた六紋銭が左手首に戻った。

 いましめを解かれて――逆柱は、言織に攻撃を加えようとはしなかった。その様子を確認して、ロクスケも闇凝りを押さえつけていた右手を離す。巨大化していた右手は、元の大きさに縮んだ。


「きいっ」


 闇凝りはひと鳴きすると、逆柱に駆け寄った。

 翔太が、歩き出す。

 開いた道を、翔太は歩いていく。

 言織とロクスケが、空気を読んで一歩下がる。

 やがて、逆柱と闇凝り。二体―いや、ふたりの前に立つ翔太。頭を大きく下げて、そう言った。


「その、ごめんなさい」


 沈黙が、落ちる。

 少しして、子供達にどよめきが走った。

 まずは、亜矢。続いて、麻衣。少し遅れて正志が、残りを促して。

 みんなもまた、翔太の後ろで頭を下げる。


「…………」


 その様子を満足そうに眺めてから、


「じゃあ、ここいらで終わりにする?」


 言織が――ふたりに向かって、小首を傾げた。


「……よいのか?」


 問い返す、逆柱。


「何が?」


「ワシらを、倒さずともよいのか?」


「いや、別に」


 言織は、肩をすくめる。


「あたし達、そもそもは戦いに来たわけじゃないし」


 と、ロクスケ達を見やる。

 皆も頷いた。

 誰もが、もはや戦意はない。

 そんな様子を見届けてから、逆柱は――


「ヒトの子よ、おまえの名は?」


「え?」


 翔太に、呼びかける。


「ワシは、柱の変化である逆柱じゃ」


「あ、あの……」


 戸惑った視線が、言織と合う。


「ん? 名前、聞かれてるよ」


 言織は、微笑む。

 翔太もつられて、小さく微笑んだ。


「僕は、翔太です。杉本翔太」


「……そうか」


 その名前を聞いて、


「よい、名だ」


 確かに、逆柱も笑った。


       ◇


 こうして、事件は終わった。

 旧校舎で起こった、行方不明事件。

 全員無事。怪我人すらいなかった。

 これにて、大団円。


 ――とは、ならなかった。


「ほら、とっとと行けよ?」


 言織達がいるのは、派出所の前の曲がり角。そこから様子をうかがっていた正志が、困ったような顔をする。


「だって、俺達……丸一日いなくなってたんだろ? どうやって、説明すればいいんだよ」


「知らん」


 すげなく、言織。

 きっと、彼らは怒られるだろう。


「妖怪だったらさ、記憶をどうこうして誤魔化すとかできないの?」

 

 麻衣が訊く。


「あんたらの親と、がっこの先生と、警察とか全員? やだよ、めんどくせー」


 実際、やってやれないこともない。

 景の裏技を使えば、それほど大変でもなかった。霊的耐性のさしてない人間達の記憶を、多少誤魔化す程度ならば。

 しかし、そこまで面倒を見るつもりもなかった。


「バカやったにしては、安い代償でしょ」

 

 低い声で、言織。

 文句を言いかけた麻衣が、口ごもる。


「君らは、馬鹿な真似をしてたくさんの人達に迷惑をかけた。親御さん、どんだけ心配したと思ってる? ちゃんと叱られて反省しなさい」


 それも、生き残ったからこそだ。

 偉そうに人差し指を突き出す言織に、ロクスケが突っ込んだ。


「かかか、いっちょ前に説教かよ」


「水差すなよ」


「そいつは、悪かったな」


 白々しく笑いながら、歩み出る。ロクスケは翔太達を見回して、


「まー、今回のお前らはまだ運が良かった。逆柱も、闇凝りも、おとなしい部類だからな。けどよ、中には問答無用で殺しかかってくるのもいるんだぜ? これに懲りて、はしゃぐのも大概にしておけよ」


「じゃあ、行こうか」


 と、景。

 宵崎も頷く。

 言織達は、翔太を送っていく。


「……みんな、また明日ね」


「おう」


 正志が答えて、他の皆も頷いた。


「翔太……」


 亜矢が一歩、歩み出た。


「助けに来てくれて、ありがとう。その……嬉しかった」


 消え入りそうな声で、はにかみながら。


「え? ……いや、別に僕は――大したことはできなかったし」


 そんな亜矢を前に、どぎまぎする翔太。


「くあー、いちゃいちゃしやがってさあ。全く、最近の小学生はさー」


 微妙にいい雰囲気を、言織が容赦なく茶々を入れる。


「はいはい、ご馳走様ー」


「……言織」


 苦笑する景。

 宵崎は無言のまま、小さく溜息をついた。


「……べ、別にそんな!」


 真っ赤になる翔太。

 言織はしかめ面で、手を振る。


「いちゃつくのは後にしな。もう遅いんだし、とっとと帰るよー」



 こうして、ひとつの事件は終わりを告げる。

 大きな犠牲もなく、文句なしの結末。

 子供たちはこっぴどく叱られるだろうが――それもまたご愛嬌。その程度ですめば、許容範囲だろう。

 言織が曰く、そのくらいの代償は必要だ。



「腹減ったなー」


「杉屋の牛丼でも買って帰ろうぜ」


 言織とロクスケがそんな言葉を交わしながら、一行は、夜闇の中へと消えていった。




                         ――怪の壱、了

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