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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の壱「旧校舎に、潜むもの」
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「景、頼むわ」


「ああ」


 景は頷くと、左の髪を掻きあげようとして――


「断っておくけど、驚かないでくれよ? 僕の左目は、少しグロテスクだからね」


 手を止めて、皆に言った。

 ここまでのやりとりから、予想がついたのだろう。


「景の目は、こういった幻惑系の妖術を見抜く力があるのさ」


 言織が捕捉する。

 翔太達が頷くのを確認してから、その左目を露わにする。拳大の、血走った赤い瞳。不気味で、禍々しく、血生臭い。短く息を飲む音がしたものの、悲鳴を上げる者はいなかった。

 さてさて。

 ぎょろり、と視る。見渡す。


「んー」


 ゆっくりと歩き出す景。その後に、宵崎が続いた。飾り輪が、しゃらりと鳴る。

 数歩ほどで、立ち止まる。空いている右手、その指先で何もない空間を示した。


「ここらへんかな」


「ふむ」 


 周辺を、宵崎は錫杖でまさぐる。濃密な影が、かき混ぜられるようだった。質量をなして、絡みつく。


「……ああ、ここだ」


 力を入れて、短く呼気を吐く。ぎちいっ、と。空間が軋む音。不快な擦れ音に、子供達が耳を塞いだ。


「あ、わり」


 大して悪びれた風もなく、平然としたままの言織は言う。


「言っておくんだった」


 ロクスケにも平気らしい。その音は、並の人間の聴力にしか悪影響がないようだった。

 まあ、それはさておき。


「見つかったね」


 闇が薄くなった空間の一部。

 そこには、先ほどまでなかったはずの階段が出現していた。

 まずは言織が先行。

 戸惑う翔太達を尻目に、悠然と歩いていく。

 続く、景。

 ロクスケが子供達を、促す。

 おっかなびっくり。

 まずは、正志。次いで、ほとんど同時に翔太。亜矢。その他と続く。最後尾に、ロクスケと宵崎。

  一行は、それまでたどり着けなかった二階に向かう。

 階段を昇り終えると、すぐに大きな扉が待ち構えていた。校舎には不釣り合いな、両開きの豪華な扉である。

 言織が手を触れると、軋んだ音を立てて、内側に開く。

 その向こうに、足を踏み入れた。

 子供達にとってはようやく――言織達からすれば比較的あっさりと、旧校舎の主と対面である。


 その部屋には、深い闇が満ちていた。

 その闇は、今までの廊下よりもずっと濃く、懐中電灯では追いつかない。

 誰かが、それを口にする前に、


「く、……ヴぁぁああああ!」


 ロクスケが、何と周囲に火を吐いた。

 真っ赤な炎が荒れ狂い、照らし出す。


「う、うわわあ」


「あ、熱い!」


 悲鳴を上げる、子供達。

 言織達は、平然とたたずむ。


「?」


「……熱くない?」


 やがて、その異常に気が付く。

 目を白黒させる翔太。

 恐る恐る、足元で燃え盛る炎に手を伸ばしてみる亜矢。


「別に熱くないでしょ?」


 と、言織。

 その通りだった。

 撒き散らされた炎は、ただ勝手にそれだけで燃え盛る。照らし出された部屋を燃やすこともなく、もちろん子供達も焼きはしなかった。

 幻の炎。

 物理的には、何ら影響を及ぼさない――妖気の闇を打ち払う炎。


「で、おめーか」

 

 ロクスケは、すでにそいつと対峙している。

 誰かが、悲鳴をあげる。ついで、子供達にも怯えが走った。

 そこは、教室だった。ずり下がった黒板。机と椅子が、あちこちに散乱している。

 ひびの入った窓ガラスに面した、一本の柱。

 

 ――それが、その姿だった。


 一見、ただの模様に見えるのは、まぎれもなく人の顔。うぞうぞとうごめく人面は、上下が逆さまになっている。


逆柱(さかばしら)か」 


 ロクスケは、その妖怪の名をつぶやいだ。


 妖怪と呼ぶ存在は、生まれ方からおおよそ三つに別れる。

 人が、転じるもの。

 目に見えぬ感情などが、形を取るもの。

 そして、器物が化けるもの。


 逆柱とは、三番目に当たる。

 木が本来生えていた状態から、天地逆さまに立てられた柱が、妖気を帯びて化けた存在なのである。


「何を、しに来た? ロクスケ殿」


 くぐもった声が、人面から発せられる。一応敬称で呼んではいたが、その口調には敵意しか感じられない。


「あー、このガキどもを迎えにな」


 当人はどこ吹く風。翔太達に振り返って、


「ごたごたされて、むかつくのはわかるけどよ。そろそろ許してやれよ。な?」


 向き直るロクスケに、逆柱は苦い表情になる。


「妖怪の身で……人間どもに媚を売るのか?」


「いんや、別に」


 皮肉を、軽く受け流す。


「まー、古臭い時代でもないしよ。ある程度は、共存しないといけねーだろ? それこそ、たかが人間のガキの悪ふざけに、そこまで目くじら立てんじゃねーよ」


「ロクスケ、挑発してない?」


 言織のぼやきに、


「いんや、説得だぜ」


 だるそうに答えるロクスケ。

 宵崎は、無言。翔太達は、息を飲んで状況を見守っている。

 しばらくしてから、逆柱は言った。


「……断る」


 その声には、明らかに怒りがにじんでいる。


「一度は、見逃した。二度目はないと、忠告した」


「二度目?」


 言織の視線に、正志はぶんぶんと頭を振る。


「お、俺達は初めてだよ……!」


「五年前も、ワシは言ったはずだ。ワシの眠りを、邪魔するのは許さん……とな!」


「そ、それって、俺達じゃねーよ!」


 悲鳴混じりに、反論する正志。


「ずっと前の、卒業生だよ!」


 正志達が興味を持つ噂を残した、別の子供達なのだろう。


「知ったことか!」


 だが、逆柱からすれば、そんな事情など関係ない。二度も、自分の眠りを人間に邪魔された。それだけで、充分なのだろう。

 筋は、通っているかもしれないが――


 乾いた音が、周囲に響いた。



「ま、ちょっとかわいそうだよね」


 逆柱が飛ばしてきたのは、鋭い枝だった。まるで弓矢のごとく襲いかかってきた数本を、言織が叩き落としたのだ。

 その右手にまとうは、六枚つづりの霊銭。

 彼女の武器であり、防具であり、戦いの用具。

 ――六紋銭。

 それを、構える。

 うっすらと覆う、淡い光。


「で、こうなるとやっぱ戦うのかな?」


「……臨むところだ」

 逆柱がの本体が、ぐぐうっと膨れ上がる。四角い柱が、大木となって浮き上がる。うぞうぞと這い出る、何本もの枝と、葉。まるで、無数の手のようだ。


「平和的に行きたかったんだけどなー」


 言織はだるそうだった。


「じゃあ、戦うか」


「仕方ねーな」



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