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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の壱「黒うねりの儀式」
7/12

『げげ!』


 驚きの声をあげるくろうねり。

 だが、もう手遅れだった。部屋の向こう――閉ざされたはずのドアの下をすり抜けて、床を黒い影が走ってくる。

 

 そして、途中から宙に曲がって幾重にも伸びた。それが茉莉達の頭上を越えて、くろうねりへと飛びかかったのだ。


 黒い帯がくろうねりの身体に巻き付く。

その身体を締め付ける。

 少し遅れて床を這ってきた次の影。それが膨れ上がり、ヒト型を為した。そうして、部屋の外にいたはずの宵崎達が姿を現す。


 ――夜になってからがいい。

 宵崎が言っていた理由が、これだ。

 影を操り、相手を捕らえる。影を介して、閉ざされた場所へと移動する。彼は夜道怪というあやかし。その能力は、夜闇が深まるほどに強力になるのだ。


「……ぐ、げげげ」


 苦しそうに呻く、くろうねり。そのまま天井へと押し上げられる。ぶつかるかと思えたが、そこに生じた黒い渦が呑み込んだ。


 呼び出されたのに、姿を消してしまった。


 逃げられたのだろうか。しかし宵崎は冷静に、影の足場を上昇させる。言織とロクスケと共に、彼らも天井の渦へと姿を消した。

 どうやら、くろうねりを屋上に追い出したようだ。


「……え、え?」


「あの……」


 ひとり残った景が、困惑する茉莉と理恵に状況を説明する。


「あいつは、屋上に送ったよ。僕達も行こうか」


 普通にドアを開けて、部屋を出ていく。茉莉と理恵も、その後に続くことにした。



 

 ――屋上にて。


『……くそうっ!』


 宵崎が戒めを解いた途端、くろうねりはそのまま逃げようとしたが――


『がふ』


 見えない壁に阻まれて、その場に転がった。よく見れば、屋上はうっすらともやのような影で四方を覆われている。今度はくろうねりが、完全に閉じ込められていた。

 

 もう逃げられない。


「あんた――この前、懲らしめたばかりだよな。また性懲りもなく、人間に手を出してたのかよ?」


 見下ろしながら、言織が言う。


「ち、ちくしょう」


 鋭い視線に睨みつけられて――情けない声を上げるくろうねり。もはや怪異としてのおどろおどろしさは微塵もなかった。

 いや、こちらこそが本質なのだろう。

 茉莉と理恵の前では、それらしく振舞っていたが――所詮は小物らしい。ロクスケ達の言っていたとおりだ。文字通り、化けの皮が剥がれていく。


「ず、ずるいぞー!、おまえ達」


 いつの間にか、声質も変わっていた。不気味だったくぐもり声は、どこか可愛らしい声になっている。まるで子供のようであった。


「この前だって、よってたかって僕をやっつけて。正義の味方ならな、正々堂々と戦えー!」


 もはや駄々っ子。

 自分は姑息な手段で人間を驚かしていて、何とも勝手な言い草だ。


「……な、何よあれ?」


 階段を登ってきた理恵が、くろうねりの醜態を前にして呆れ果てている。どのとなりで、茉莉も同じような表情をしていた。


「ね?」


 案内してきた景が、ふたりに声をかけた。


「あんな小物が、殺しなんてできると思うかい?」


 ――思わなかった。


 もうほとんど事件は解決したような空気だった。


 けれども、くろうねりは抵抗する。往生際が悪い。更に、自身の株を下げる結果になるであろうに。


「おい、おまえ! 今度は、一対一で戦え。そして、僕が勝ったらこのまま見逃せ! いいな?」


 情けない。みっともない。言っている言葉も、もう何もかも。


「……はいはい、わかりましたよ」


 言織は大きく溜息をつくと、腰に差してあった刀を抜いた。


「んじゃ、さっさと始めよう」


「あはははーっ、バカめえ!」


 くろうねりは勝ち誇る。


「油断したな!」


 その瞬間、言織の背後から大きく影が伸びあがった。目の前にいたくろうねりが、入れ替わるように消え失せる。隙をついて、彼女の後ろに回り込んだのだ。

 だが――


「アホか」

 

 言織は、あっさりと見抜いていた。身体をひねり、不意打ちを楽々かわす。


「あれ?」

 

 標的を見失ったくろうねりは、あたりをきょろきょろ見回す。


「こっち」


「う、うわわーっ!」


 あっさり背後を取られて、おおげさに飛びあがった。 

 言織から距離を取ったつもりが、いとも簡単に距離をつめられる。


「で?」


 冷たい視線を向けられるくろうねり。


「ぐ、ぐぐーっ! わああっ!」


 悔しそうに歯ぎしりしてから、がむしゃらに両手を振るってくる。黒い鉤爪は鋭く、触れてしまえばただではすまない。――触れてしまえば、だったが。

 大振り過ぎる一撃一撃を、言織は余裕たっぷりにかわしていく。


 そうして。


「あ」


 体制をくずして、くろうねりが大きくのけぞった。

 隙だらけだ。


「はあ」


 言織はこれ見よがしに、大きく溜息。

 そして、長刀を振りかぶった。


「せいっ!」


 上半身をひねりながら、強烈な横薙ぎ。


「ぎゃんっ!」


 まるで鈍器で殴りつけたような衝撃。くろうねりは床を転がった。

 長刀の峰を返したのか、くろうねりを切り裂くことはなかった。しかし、かなり効いたようだ。

 鼻面を思い切り叩かれて、とても痛そうだ。その姿が徐々に変貌していく。黒いもやが蒸発するように抜けていき、身体が縮んでいく。

 

 そして、その場には顔を抑えて半べそをかく小動物の姿があった。

 子狐のような見た目。

 せいぜい茉莉や理恵の半分ほどだ。涙を湛える大きな瞳は、むしろ愛らしかった。


「……こ、この子がくろうねり?」


 怪異の正体見たり、何とやら。気が抜けたような、呆れたような声を漏らす理恵。そのとなりで、『……かわいい』と茉莉がずれた発言をしていたりする。


「う、うぐ、ひぐう」


「おい!」


 うずくまるくろうねり――子狐の前に、勢いよく右足で踏む言織。


「ひ、ひいっ」


「これで、気が澄んだか?」


 どすの利いた言織の声。子狐は情けなく飛びあがって、まるで人間のような仕草で土下座をした。

 それはそれは、もう見事な土下座であった。


「は、はいー。ごめんなさい。もう許してくださいー」


「で、攫ったふたりは?」


 ――まさか、ひどい目に合わせたりしていないよな?


 鋭い視線で射貫く。

 子狐は、ますます縮み上がった。


「だ、大丈夫ですよー。多分、稲荷ずしを延々と作らされているだけかと」


『稲荷寿司?』


 茉莉と理恵は、意味が分からない。だが、言織達にはそれで通じたようだ。


「とりあえず、そこへ案内しな。妙な真似したら――」


 と、わざわざ言葉を切ってすごむ言織。


「わかってるよな?」


「は、はいー。もちろんでございますう」


 床に頭をこすりつける勢いの子狐怪異。


 

 肩透かしを喰らう展開になっていくが、どうやらこれで事件は解決に向かうようであった。



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