四
「もう、いやだー」
べそをかいて、へたりこんでしまう麻衣。
もうどれだけ歩いただろうか。
歩いても歩いても、先は真っ暗なまま、どこまでも続く。
「立てよ、佐々木」
文句を言う正志を、麻衣はにらみ付ける。
「だって、どれだけ歩いても切りないじゃんよー」
「もう……このまま出れないのかな」
座り込んでしまった他の男子も、泣き言を言い出す。
「そんなー、早く帰りたいよ」
泣き出す、女子。
結局、全員その場に立ち止まってしまった。
「正志が悪いんだぞ! 責任、取れよ」
「あ? 冗談じゃねえよ! 苅野だって乗り気だったじゃないか!」
ぐずりだして、喧嘩まで始める正志達。
「…………」
ただひとり、亜矢だけは加わらない。
みんなから少し離れて、真っ暗闇な外を見る。押しつぶされそうな、濃い闇。腕時計を見ると、三十分ぐらいしか時間は過ぎていない。
けれども、もうそんなものは信用できない。ここは、明らかに異常だった。
(翔太の言う通りにしておけば、よかったな)
後悔しても、もう遅い。
もともとは、翔太が馬鹿にされることが我慢ならなかっただけだ。流れのままに、肝試しに参加して……これが、その結果。
泣きそうになるのを我慢して、やるせない溜息を漏らした――時だった。
「え?」
遠くから、誰かの声を聞いた。
「おーい、いるのかー?」
女の子の声だった。自分達のところへ近付いてくる。
気のせいか。
「ねえ」
正志達に呼びかける。気が付かない。
「ねえってば!」
二度目、強い声で呼びかけると、ようやく亜矢の方を見る。
「何だよ、笹原」
不機嫌そうに、正志。
「声がしなかった?」
「はあ?」
「……き、気のせいじゃないの?」
お化けのたぐいだとでも思ったのか。怯えるのは、麻衣。
「気のせいじゃないよ」
しっと、指を立てて聞き耳を立てる亜矢。
「亜矢ちゃん、無事ー!」
その耳に、飛び込んできたのは――
「翔太!?」
予想外の、声だった。
「……翔太! 翔太なの!」
大声で、応える亜矢。
「亜矢ちゃん? 無事なんだね!」
弾んだその声は、絶対に聞き間違えるわけない。
顔を見合わせる正志達。
そうこうするうちに、向こうから懐中電灯で照らされて――
まぶしさの向こうに、顔を見せたのは――
「翔太!」
その姿を認めるなり、思わず飛び出す亜矢。
「亜矢ちゃ……うわっと」
いきなり抱きつかれて、翔太は転びそうになった。
気を利かせてか、すんででロクスケは翔太の腕から抜け出していた。
「ちょ、ちょっと……」
我慢が、あふれだしたのだろう。自分より少し背の低い翔太に抱きついて、亜矢は泣きじゃくる。
「……亜矢ちゃん」
どぎまぎを抑えて、その背中を優しく撫でる翔太。
「ほんとう、無事でよかったよ」
「んで、そろそろいーい?」
その微笑ましい抱擁に、水を差す言織。
「!」
翔太と亜矢は、ほとんど同時にばっと離れる。
「まあ、いちゃつくのは後で気が済むまでやってくれよー」
真っ赤になるふたりを、にやにや笑う。
それから、置き去りにされつつあった正志達を見回す。
「おーい、皆さん。助けに来てやったぞ」
その言葉に、みんながざわめき出す。
「……こ、ここから出られるの?」
「よ、よかったー」
今度は安心して、へたりこんでしまう面々。
しかし、その中で、ひとりだけ違っていた。
「はん、余計なことしやがって」
正志が、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「正志君?」
睨み付けられて、きょとんとする翔太。
「臆病なくせにして、偉そうに、助けに来たつもりかよ?」
「……う」
翔太は、顔をゆがめる。
「ちょ、」
亜矢が代わりに文句を言おうとして――
しかし、
それよりも、ずっと先に。
「――ねえ、あんた」
動く影、言織が正志の襟首を締め上げていた。
「何、たわけてんの?」
低く、押し殺した。
凍てつく声が、周囲を黙らせる。
「怖いことを知っていて、ここに来たのよ。彼は」
淡々と、続ける。
自分よりも小さな少女。それでも、正志は固まってしまう。
「あんたは……どうせ、面白半分でここに来たんでしょ? それを、勇気なんて言わない。ただの無謀な阿呆だ。そんなあんたがね、ただの一言でも、彼を馬鹿にするなんて」
言葉を切り、突き刺すように。
「――あたしが許さないわよ?」
「あ……あう」
正志は真っ青になって、しぼり出す声で何とか謝る。
「……ご、ごめん、なさい」
「よろしい」
にこっと笑顔になって、手を離す言織。
自由になった正志は、よろけながら後ずさった。
「おいおい、ガキ相手にすごんでんじゃねーよ」
翔太の足元から、歩き出ながら、口を挟むロクスケ。
「うわ!」
「ね、猫が……しゃべった?」
驚くのは、子供達。
「あのなー」
ロクスケはうんざりしたように、頭を振る。
「おめーら、すでに怖い目あってんだろうが。だったら、猫が喋ったくらいで、がたがたぬかすんじゃねーよ」
無茶苦茶な理屈ではあったが、この際妙な説得力があった。とりあえず、こくこく頷く面々。
「んじゃ、とっとと帰りますかね」
「……でも、どうやって?」
言織の言葉に、疑問を挟むのは亜矢。
「どれだけ歩いても、出口がないんです」
「ふーむ」
言われて、視線をめぐらす言織。
「まあ、簡単なまどわしの術なんだよねえ」
「術、ですか?」
「んー、何て言ったらいいかな」
がりがり頭を掻きながら、
「まー、簡単に言うとね。君達は、ずっと一定の場所を行ったり来たりしてんのよ」
「そんな、バカな」
ひとりの男子が、反論する。
「だって、僕達……ずっとまっすぐ歩いてたよ?」
「そうだよ、そうだよ」
他にも、それに追随する声がいくつか。
「あー、うるさいな」
言織は、面倒くさそうに手を振った。
「君らが、そのつもりでも、実際まっすぐ進んでねーの。ここは、普通じゃねーの。理屈ともかく、納得しとけよ。話が進まねえから」
「……でも、そうだとしたら。どうすればいいんですか?」
男子のひとりが訊いてくる。
「やっぱ、当人に頼んでみるか」
頬をかく、言織。
「あんたらがここで騒いでたことに怒った奴にね。とりあえず、謝ってみよう。まずは平和的に行こう」
ぴっと、人差し指を立てる。
「力押しは、その後でね」
そう、付け加えた。