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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の壱「黒うねりの儀式」
6/12

「どう?」


「んー」


 ちゃぶ台の上に置いた、おまじないの本。くろうねりの儀式について記されていた、今回の事件の発端。それを、景がまじまじと目を通す。

 ちなみに、今は隠れていた右目を露わにしている。

 茉莉と理恵は、思わず悲鳴を上げそうになってしまった。拳大の、明らかに異様な大きさの瞳。それは、ぎょろりと血走っていて不気味そのものであった。


 その瞳で、


「間違いない、あいつだな」


 溜息を付く景。


「やっぱりか」


 言織も同じような反応を示した。

 そのやりとりに不安そうに顔を見合わせる茉莉と理恵。それに気が付いた言織が、表情をくずした。


「あ、そんな心配しなくていいよ。クラスメイトは、きっと無事だよ」


「……でも」


 気休めなのでは、と茉莉は疑ってしまう。


「今の溜め息は、やばいって意味じゃなくてね。こいつは、知っている奴なんだよ」


「妖気……特別な気配の残り香でね」


 言織の言葉を、景が補足する。


「このおまじないの仕掛けた相手が、少し前に懲らしめた奴らしいんだ」


 それが、溜め息の理由だったようだ。


「こいつに、()()()()()()()()()()()()()()


 断言する景。

 半信半疑のふたりに、ロクスケが近付いてきた。


「脅したり、騙したりには寛容でも――殺人となると重みが違う。相当のバカか、相当の覚悟をもつ奴しかやらない。んで、こいつはそのどちらでもねえ」


 猫の姿の言葉だが、ひどく重みがあった。ふたりは、気圧されるように信じるしかない。

 とりあえず、安心してもいいようだ。


 ――ただ、


「でも……こいつは、少し小賢しいからな」


 言織が口元に指を当てる。


「うん、その点は面倒かもね」


 景も同意。考え込む、面々。一筋縄ではいかないらしい。


「……どういう意味なんですか?」


 その理由を、茉莉が訊ねた。



      ◇


 その日の夜、茉莉と理恵は再び言織達と会う手はずになった。


『僕達が目立つと、姿を見せないかもしれないんだ』


 小賢しい、その意味を説明してくれた景。


 くろうねり――静香と洋子を(さら)った相手をおびき出すには、同じ方法を使うことになった。

 つまり、空き教室での儀式をもう一度やるのだ。そこで、問題点。妖怪である自分達がそれを行えば、感づかれるかもしれない。

 妖気。ヒトではない気配を察して――姿を見せない可能性が高い。


 ――それならば、


「……わたしが、やります」


 立候補したのは、茉莉だった。


「ちょ、いくら何でも」


 理恵が難色を示すも、彼女の意志は固かった。

 説得は無理だと、折れるしかない。そして、儀式はひとりではできない。生贄役ひとりの他に、最低ふたり。三人は必要なのだ。


「……仕方ないわね」


 自分も付き合う、と言ったら、茉莉は泣きそうな表情になった。

 感謝してくる様子に、呆れてしまう。どこまでお人よしなのか。自分を虐めていたクラスメイトを助けるために、どうして頑張ろうとするのか。


 これで、ふたり。

 あとひとりは――


「あたしがやるよ」


 言織が立候補する。

 ありがたいけれど、大丈夫なのだろうか。妖怪とばれたら、くろうねりは出てこないと言っていた。


「まあ、大丈夫。あたし、半分は人間みたいなものだから。妖力を限界まで抑えれば、勘付かれないはずだよ」


 半分は人間。

 それは、どういった意味なのか。ふたりには、いまいちわからなかった。

 それでも、とりあえず信用することにした。

 結局は――言織達に頼るしかないのだから。


 ――そして、約束の時間。

 夜九時に迎えに来る手はずになっていた。

 茉莉と理恵は一度自宅に帰り、待機。その時に、言織から手渡された。

 それは、五円玉に似た硬貨だった。


「部屋を暗くして、床に白い布か紙を敷いて、これを置いておくこと」


 ――硬貨に穴から黒い影が噴き出すと、人ひとりが通れるくらいの大きさでそこにわだかまった。


『聞こえる? ここを通って、こっちに来てくれ』


 少しくぐもった言織の声。理恵は少し迷ってから、そこに足を踏み入れた。

 

 ふわり、と浮かび上がるような感覚。

 それから、ゆっくりと落下していく。数秒ほどすると、先ほども訪れた迷い家の一室にいた。目の前にいたのは、あの老人。この道は、彼の妖術によるものだろうか。

 今は宵傘をかぶり、右手には輪飾りのついた錫杖を持っていた。


 茉莉はもう来ていた。


「じゃ、行こうか」


 と、言織。

 迷い家を出る。玄関には、茉莉と理恵のために下履きの草履が用意されていた。

 ここを起点に、目的地へと向かう。

 言織が説明してくれた。この迷い家と呼ばれる場所は、日本各地へと出入口がつながれる。時間帯は夕暮れ以降で、ひと気の少ない場所などと制約はあるのだが――それでも便利なのだ。


 これから向かうのは、事件解決の時によく利用する場所とのことだった。


 ひと気のない空き地。確かに、うってつけの場所だろう。

 その中にぽつんと立った小さな小屋。先頭に入った言織が、照明のスイッチを入れる。明かりがつくと、すでに準備は整っていた。 

 机の上に、呪文の書かれた紙。囲むように3つの椅子。


「それじゃあ、僕達は外で待っているよ」


 景、ロクスケ、そして宵崎は小屋に入らなかった。

 茉莉、理恵、言織の3人が席に座る。


「大丈夫なんですか?」


 茉莉は不安そうだ。理恵も声には出さないが、同じ感想。


「くろうねりさんを呼んだ時、出口は開かなくなってました」


 律儀にもさん付けする、茉莉。

 あらかじめドアを開けておきたいが、それでは――閉ざされた一定範囲の部屋と言う条件が満たせない。つくづく、くろうねりとやらは計算高い。


「それは、平気」


 言織はにやり、と笑った。


「だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()


 その意味が理解できるのは、少し後になってからだ。


「んじゃ、始めますか」


 今回の生贄役は、言織である。その右手には、黒い紐がまかれている。

 ちなみに今の彼女は、外見の様子がかなり違う。サングラスとマスクで顔を隠して、長いざんばら黒髪のウィッグをかぶっていた。そして大きなコートをまとっている。ほとんど変装に近い。

 昼間と同じく呪文を繰り返す。


『くろうねりさん、くろうねりさん、おいでください。くろうねりさん、くろうねりさん、おいでください』


『生贄に、黒い右手を捧げます』


 数回ほど繰り返すと――昼間と同じ現象が起きた。

 空気を切り裂くような音。火花が弾けるような音。

 二度目とはいえ、怪異現象には慣れない茉莉と理恵。言織だけは、平然としている。確認してはいないが、また閉じ込められたに違いない。


 そうこうしているうちに、やはり天井からはい出てくる黒い影。巨大な蛇のような、獣のような。それが、長い身体をくねらせながら――降りてくる。

 ぎょろり、と金色の瞳で見据えてくる。大きく裂けた口元をにたりと歪ませて――



『……え?』


 そこで、くろうねりは固まった。

 それは、予想外の事態に出くわした表情。不気味な姿でありながら、どこか間が抜けていた。


「よう」


 変装を解いた言織が、気やすく声をかける。まるで知り合いにでも会ったかのように。



「久しぶりだね、八郎ぎつね」


 巫女服姿で、今は腰に日本刀を差していた。





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