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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の壱「黒うねりの儀式」
5/12

「もう、いいか?」


 律儀に待っていた猫が、声をかけてきた。


「はい」


「…………」


 茉莉は答えて、理恵は無言。

 歩き出す猫を追って、ふたりは足を踏み出した。



 ――その猫は、自分を『ロクスケ』と名乗った。

 茉莉と理恵もそれぞれ名前を告げてから、連れだって歩いていく。



 そして――先に気が付いたのは、茉莉と理恵のどちらだったのだろう。

 見慣れたはずの町並みは、いつしか見慣れない道になっていた。

どこかの商店街だろうか。夕暮れの赤さを増していく。周囲を行き交う人々にも、妙な違和感を覚える。普通のヒトであるはずなのに、どこか影法師のようにも見えた。

 

 その違和感。

 映画やドラマで主要人物以外の、ただの通行人を見送る感じだろうか。


「?」


 そして、理恵はふと足をとめた。

 道のわき。先に続く細い道から、呼ばれたような気がした。


「おい!」


 鋭く呼びかけられて、はっと我に返る。

 先を歩いていたロクスケが立ち止まり、こちらに振り返っていた。 


「脇道には逸れるな。ろくでもない場所に、()()()()()()()()


「……っ!」


 改めてそちらの道を見やって、理恵は背筋が寒くなった。そこには、不気味な何かを感じ取ったからだ。

ついさっきまでは、そうではなかったのに。


 ――茉莉には聞こえなかった。

 どうして、理恵だけが気付いたのか。


「嬢ちゃん、()()()()()()()()()()()


 ロクスケが近付いてきて、理恵を見上げた。心の内を、見透かされているようだった。

 立ち止まった茉莉が、心配そうに自分を見ている。

 色々な感情が渦を巻いてしまった。そうして、息が苦しくなりそうになった時――


「まあ、安心しろよ」 


 ロクスケの声に、身体が楽になった。


「俺達が、助けになる。信用してくれ」


 猫の姿でありながら、妙に頼もしい。理恵も少し遅れて、茉莉と同じくロクスケを信じてみようと思った。


      ◇


 たどり着いたのは、赤い鳥居の神社。上り階段を、高く見上げる。

 戸惑いがちに進んでいく茉莉と理恵。


「あ、いちおー神社だからな」


 そのまま鳥居を過ぎようとしたふたりを、ロクスケがたしなめる。


「?」


 理恵は首を傾げたが、茉莉は察したようだ。慌てて頭を下げる。その仕草を、理恵も見習った。


「んで、こっちで手を洗ってくれや」


 鳥居をくぐってすぐの場所。

 ロクスケが頭を動かして示したのは、竹筒から水が湧き出る石造りの洗い場である。

 ひしゃくを使って、左手と右手を清める。口をすすいで、最後にひしゃくの持ち手を水で流した。おっかなびっくり、動作を終えてからロクスケを見る。


 彼が何も言わずに歩きだすのを見て、ふたりはほっとした。

 初詣以外で参拝することなど、滅多になかったのだから。


 そして、本殿の前の賽銭箱(さいせんばこ)の前に立つ。頭上には大きな鈴。ここで、祈りを捧げればいいのだろう。くろうねりの怪異から、クラスメイトを助けて欲しいと。


「えーと」


 戸惑いながら、財布を取り出す茉莉。その視線の意味を、ロクスケは察した。


「ああ、賽銭か。まあ、百円玉でいいぜ」


「……でも」


 茉莉は怪訝そうな顔をした。

 確かに、普通のお賽銭ならそれでいいかもしれない。けれども、今は怪異からの救いを求めている状況だ。相応の金額というのも、あるのではないだろうか。


「金額が重要なんじゃない」


 ロクスケは断じた。


「この神社に必要なのは、そこにこもる想いと感情。願いが真摯なものであるなら、それで充分なのさ」


「……わかりました」


 言われた通り、百円玉を静かに賽銭箱に入れる茉莉。少し遅れて、理恵も同じ行動を取る。両手を合わせて、目を閉じた。所作に従い、二礼二拍手――そして、一礼。


「お願いします。お化けに連れていかれたクラスメイトを助けてください。お願いします」


「……お願いします、神様。クラスメイトを助けてください」


 茉莉と理恵は、それぞれ祈る。茉莉の方が、若干必死さが感じ取れた。理恵の方には、少しだけためらいが見受けられる。

 それでも、その声に応える。


「その願い、聞き届けたり」


 少女の声が、あたりに響いた。


 ふたりの前に姿を現したのは――巫女装束の可愛らしい少女。

 頭上から、ふわりと降り立つ。十代前半ほどで、ほっそりとした身体つきの娘だった。栗色の髪を左右で縛り、前髪には紙垂(しで)を象った髪飾りをつけている。


「――じゃあ、詳しく話を聞かせてもらおうかな?」



      ◇


 少女は言織(ことり)と名乗った。


 神社から少し歩いて、森の中を抜ける。そこには、時代劇にでも出てくる武家屋敷を思わせる大きな家があった。

 案内されて、中に入る茉莉と理恵。

 畳敷きの居間に案内されると、そこには何人かの住人がいた。

 ひとりは長い髪で右目を隠したパーカー姿の少女。年齢は、自分達と同じか少し上だろうか。もうひとり――作務衣姿の凛々しい老人。こちらに気付くと、頭を下げてきた。


「やあ、いらっしゃい」


 少女――が、声をかけてきた。思ったよりも低い。茉莉は気が付いた。少女に見えるが、少年なのかもしれない。どちらでも違和感のない、中性的な容姿であった。割と好みだった。


 座布団を勧められて、慣れない正座。大きなちゃぶ台を囲んで、皆が座った。

 ――そして。


「あ、前もって言っておくけど驚かないでね」


「?」


 言織の言葉に顔を見合わせる茉莉と理恵。すぐにその意味を知った。


「はいはい、いらっしゃいー」


 ふわふわと飛んでくる、ノートパソコン。それでも驚きそうだが、更には。


「え?」


「わわ」


 悲鳴を上げそうになるのを、どうにか我慢する。

 前もって言われていたし、失礼になると思った。それに、人語を解する猫――ロクスケの件もあって、多少の耐性はあった。

 ノートパソコンから上半身を生やした、着物姿の少女がトレイを持って姿を見せたのだ。

 彼女は、両肩から背中にかけてひらひらと布のようなものを巻いていた。

 それが、巻物に似ていることには後で気が付く。


 こうして、住人は出そろった。迷い家と呼ばれる、あやかしの住まう家。

 そこで、茉莉と理恵は状況を説明し始めたのだ。


        ◇


 ひととおり、話し終えてから。

 着物姿の少女――文車妖妃(ふぐるまようひ)という妖怪らしい――文香に出してもらった飲み物を、茉莉は一口飲んだ。冷たいココアだった。緊張して乾いた喉に、とてもありがたい。


「ふーん」


 聞き終えてから、言織が口を開く。


「君は、ヒトがいいんだね。いじめていたクラスメイトだろ? 放っておけばいいじゃん」


「……で、でも」


 反論する茉莉。理恵は口にはしないものの、言織に同感だった。


 黒うねりの件で、怖い目に遭って。それで、また――ロクスケという怪異についてきた。自分自身が困っているならまだしも、他人の――それも、自分に害を与えてきた人間のために。それが、腑に落ちない。理恵の中には、そんな感情がよどんでいた。


「反省してなかったら、どうするの? またそいつらが、君をいじめてきたらどうするのさ?」


「……そ、それは」


 茉莉は、言葉に詰まる。それは、理恵も思っていることだった。

 静香と洋子、ふたりが態度を改めなかったら――また、あの苦しい日々が戻ってくる。だったら、このまま放っておいてもいい。いや、放っておくべきではないのだろうか。

 理恵が何かを言う前に、茉莉が拳を握りしめた。そして、彼女にしては力強く言った。


「もういじめないでって、言います」


「へ?」


 理恵は、気の抜けた声が出てしまった。

 言織達もきょとんとした表情をしている。

 皆の反応を前にして、茉莉は自分の正しさを主張した。


「もう嫌だから、いじめるのはやめてくださいって頼みます。それで、いいと思います」

 

 そんな言葉でいじめっ子が改心するのだろうか。それならば、最初からいじめなんて真似はしないのではないだろうか。いや、相手にもよるだろうか。

本当に、からかい半分で――それが免罪符にはならないが、深い悪意によるものではないのであれば。説得に応じるかもしれない。まあ、どちらにしても――


 ふたりを助け出さないことには、始まらない。


「君、善人だね」


 言織の空気に、皮肉はなかった。本心からの言葉であって、ロクスケ達も好ましく思っているようだった。


「そういう人間、好きだよ。いいぜ、そのいじめっ子ふたりを助けてやる」


「……あ、ありがとうございます」


 顔が華やぐ茉莉。


 皆を前にして――理恵は、少しだけ疎外感を覚えていた。自分だけが、汚い人間に思えてしまった。

 そんな彼女の肩を、優しく叩く手があった。


「気に病むことはない」


 ここまで無言の老人だった。


「友を案じて、ここにいる。それで、お主も十分だ」


 見抜かれた心に寄り添ってくれるようだ。理恵は少しだけ楽になった。


「……すいません」



「まあ、もしそのふたりが改心しないようなら――あたしがきっちりお仕置きしてあげるからさ」


 邪悪な笑顔を浮かべる言織。当然だろうが、やはり普通の少女ではない。

 頼もしいと思う反面、少し怖いと思う茉莉。


「――さて、と。んじゃ、これからの行動を話し合おうか」


 

 彼女の手には、理恵から預かったおまじないの本が持たれていた。






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