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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の壱「旧校舎に、潜むもの」
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 夜になった。

 改めて学校に向かう。

 一行は、言織。ロクスケ。一野儀景。合流した、宵崎。文香は前線に不得手の為、留守番である。

 宵崎は昼間の着物姿ではなく、編み笠をまとった行脚僧(あんぎゃそう)といった出で立ちだった。右手には、飾り輪のついた錫杖を握っている。これが、本来の姿である。 

 言織もまた、着替えていた。

 赤と白の、巫女服のような恰好。髪飾りは、菱形を組みあわせた紙垂(しで)と呼ばれる形状だった。神社などで注連縄に使われる、例のあれである。左手首には、五円玉のようなものを六枚つづったものを巻いていた。

 六紋銭(ろくもんせん)

 三途の河の渡し賃。そうも語られる、霊具であった。

 はてさて。

 目の前には柵。当然のように、閉まっている。

 こういう時は宵崎の出番だ。

 錫杖をかざすと、周囲の闇がまとわりついた。見る間に形状を変えていく。夜闇で形作られるのは、梯子だった。

 元は夜闇に住まうアヤカシ、夜道怪(やどうかい)。夜にこそ、その真価を発揮する。

 それを用いて、あっさりと侵入。


「あれ?」


 校庭に降り立った言織は、ふと気が付いた。

 地面が削れている。ほんのわすかなものであったが、夜目の利く言織は見逃さなかった。

 例えるなら、柵に無理矢理よじ登り、激しく落下して侵入したような形跡。

 自分達より前に、入り込んだ誰かがいるのだろうか。

 夜目が利くのは、言織だけではない。ロクスケ達も気が付いたようだ。


「これ、誰か先客がいるってことか?」


「だろうな」


 答えるロクスケに、言織はうめいた。


「まさか、旧校舎じゃねえだろうな。ったく、騒ぎになってて性懲りもなくかよ」


「かもね」


 景が冷めた声で、


「ひとり、面倒見る相手が増えるだけさ。大したことないよ」


 言いながら、宵崎と並んで先に行ってしまう。ふたり――ひとりと一匹も肩をすくめて、後を追った。

 本校舎を右に曲がり、目的地は旧校舎。


「間違いないね」


 それを見つけて、景は確信する。


「昼間にはなかった。きっとここから、誰か忍び込んだんだろう」


 窓ガラスが割れていた。そこから入り込んだのだろう。先日の失踪騒ぎで、旧校舎の入り口は封鎖されていたのだろう。とはいえ、なかなかに過激な侵入者だった。


「だけど、派手な音がしたんじゃない? 夜の見回りとか……」


 言織が疑問をつぶやいた時、背後で誰かの声がした。

 振り向く途端、まぶしい灯りで照らされる。


「誰だ? そこにいるのは……今、大きな音がしたぞ」


 立っていたのは、それこそ宿直と思われる男性教諭だった。

 言織の抱いた疑問は、溶けた。

 ガラス割っての不法侵入は、つい先ほどだったらしい。

 めでたしめでたし。


「窓ガラスが割れている? お前たちか!」


 めでたくない。

 濡れ衣だった。

 冤罪だった。

 けれど。興奮して近寄ってくる教諭を前に、慌てず騒がず、悠然と。


「……!」

 

 不意に、固まったように立ち止まった。

 景が、彼を見ていた。

 左の髪を掻きあげる。その下には、真っ赤な瞳。拳大ほどで、血走った不気味な瞳だった。その瞳の妖力で、催眠術をかけるのである。


「君は、何も見ていない。気のせいだったようだ」


 景の紡がれる言葉が、男性教諭の意識に刷り込まれていく。


「何だか疲れているようだ。早く戻って仮眠しよう」


 彼はぼうっと立ち尽くすと、夢遊病のようにふらふらしながら去って行った。

 これで、ガラスの事は忘れるだろう。


「ねえ、宵崎。このガラス直せる?」


 教諭の背中を見送って、言織が訊いた。


「このままじゃ、あのセンセの不始末になっちまいそうだし」


「そうだな」

 

 宵崎は頷く。


「この程度ならば、問題ない」


 錫杖をかざす。先端から伸びる影の帯が、散らばったガラスの欠片に伸びていく。寄り集まり、またたく間に修復していった。

 事後処理も、万全だった。


「よし。じゃあ、あたしらは行儀よく正面から入ろうか」


 果たして正面は、厳重に施錠されていた。

 これも、問題ない。

 宵崎の操る影が、すんなりと開錠する。

 一行は、旧校舎に入って行った。


       ◇


 入った途端、明らかに空気が変わった。

 寒気にも似た感覚が、背中を走る。


「わかりやすいなー」


 言織は、周囲を見回した。靄のように淀んだ闇が、周囲に漂う。

 心なしか、息苦しい。

 振り返ると、はるか遠くまで続く廊下。入ったばかりの入り口は、すでに見えない。その異常さも、慣れたもの。


「んじゃあ、行きますかね」 


 気負うことなく、一行は進んでいく。

 すると、


「誰かいるね?」

 

 景が目ざとく気付いて、足を止めた。

 廊下の片隅で、うずくまる人影があった。

 言織達の気配に気が付くと、びくりと身体を震わせる。


「……だ、誰?」


 懐中電灯で照らされる。

 その姿には、見覚えがあった。


「昼間の――」


「……あ、お姉ちゃん」


 ぶるぶる震えていたのは――翔太だった。

 片手に金属バットを握り締め、頭にはヘルメットをかぶっている。

 公園で状況を説明してくれた、肝試しには参加しなかったはずの少年。それが、どうして――


「何で来たの?」


 言織が訊くと、


「……だ、だって……」


 半べそ状態で、鼻をすすり上げる。


「……亜矢ちゃんが」


「亜矢ちゃん?」


 怪訝そうにつぶやく言織。


「行方不明になったガキのひとりだな」


「え?」


 突然の声に、翔太は目を白黒させる。


「ロクスケ」


「はん、別にいーじゃねえかよ」


 軽くたしなめる言織を無視して、ロクスケ。そのまま、翔太に近付いていく。


「……ね、猫が喋った」


 びっくりして、腰を抜かしかける翔太。

 ロクスケは、からかうように笑った。


「おいおい。これから、おめーが言うお化けの巣窟に殴りこむんだぜ? このくらいで、がたがた言うんじゃねーよ」


「……き、君もお化けなの?」


「まあ、妖怪だけどね」


 言織が、訂正する。

 ロクスケは下世話な追及を続ける。


「それよりも、その亜矢ってのは何だ? おめーのこれか?」


「……これ、って?」


「野暮な言い方すると、恋人とかってことよ」


 言織が、補足。


「こ、恋人って」


 翔太は真っ赤になった。


「別に、そ……そんなんじゃないよ」


「はーん、片想いって奴かい」

 

 くっくと笑う、ロクスケ。


「ロクスケ、性格わりーぞ」


 あまりからかうなよ、と言織。


「言織よ、こいつは仕方ねー」


「ん?」


「なかなかに、男じゃねえか。そいつに、水差すのは野暮ってもんだぜ」


「ふむ」


 まー、確かに。

 こんなに怯えているのに、それでも来たのはちょっとかっこいいかな、とも思った。

 少なくとも、ただの好奇心で無謀をやらかした子供達よりも、翔太の方がよっぽど好ましい。


「しゃあねえな」


 肩をすくめる言織。


「儂が、面倒を見よう」


 宵崎が歩み出る。


「坊主、儂のそばから離れるなよ?」


「……は、はい」」


「じゃ、行きますか」


 言織は、旧校舎に向かって歩き出す。次に、景。おっかなびっくり続く、翔太。足元に、ロクスケがまとわりつく。

 しんがりを努めるのは、宵崎だった。



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