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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の壱「黒うねりの儀式」
4/12

 片付けは男性教師達に任せて、茉莉と理恵は担任教師に事情を聞かれることとなった。



「……あの教室で、何をしていたの?」

 

 小さな指導室で、彼女は言葉を選ぶように訊ねてくる。

 彼女は、茉莉へのいじめを知っていた。

 見て見ぬふりをしていた。だからこそ、心中穏やかではなかっただろう。


「…………」


 茉莉は答えない。

 いや、答えようがなかった。何て説明すればいいのか――とてもではないが、言葉が見つからない。

 それでも何か言わなければ。悪戦する彼女のとなりで、理恵が口を開いた。

 

 質問に、質問で返す。

 それは、間違いなく教師に刺さるものであった。


「その前に、ですけど。先生は知ってましたよね? わたし達が、茉莉さんをいじめていたことを」


「……いえ、あの」


 明らかに顔色が変わった。言葉に詰まる。


「でも、あれは……わ、悪ふざけくらいで」


 理恵は、あいまいにはぐらかそうとする教師に追い打ちをかける。


「いえ、いじめです。わたし達は、いじめていました」

 

 断定。断言。懺悔の告白。

 当事者の言葉には、もう認めるしかなかった。

 女性教師は、自分の不手際も同時にこの場で認めざるをえなかった。

 

 まだ若い女性教師、仕方ない。

 まだ未熟な彼女では、背負いきれない。情状はある。同情もされるべきか。

 けれども、やはり許されない。教師という立場で、看過することは彼女の罪悪感を――理恵はそれ以上つつくことはなかった。

 

 それが、目的ではないのだから。

 

「……理恵ちゃん」


 奇妙な構図だ。被害者である茉莉の方が、むしろいたたまれなさそうだ。

 少しの、痛い沈黙。

 誰にとってもそうだった。


 そして、尚も言葉を続けるのは――金井理恵という少女。


 自分は江藤静香、川田洋子、このふたりと一緒に――鈴木茉莉というクラスメイトをいじめていた。

 けれども、それが辛かった。苦しかった。やりたくて、やっていたわけではない。自分もいじめられるのが怖くて、嫌々と加担させられていた。


 だから、もう我慢できなかった。

 勇気を振り絞って、ふたりに歯向かった。もう、いじめなんてやりたくない。


「――あなた達には、従いたくない」


 それで、喧嘩になった。

 静香と洋子と物別れになった。ふたりは大声を張り上げて、机を蹴り飛ばして――教室を出て行った。


 理恵は、そんな話をでっちあげた。

 事実とは全く違う。それでも――くろうねりという怪異が現れた真実よりも、こちらのほうが信ぴょう性があった。


「……そう」


 教師はこの事実に納得した。

 そうしてから、少し微笑んだ。苦しそうな、羨ましそうな、複雑な表情。


「理恵さん……あなたは、強いのね」


 自分にはできなかったことだと。素直な賞賛が、そこにはあった。きっと、それは間違いではなかった。

 事実は違っていても――あの土壇場で、友人をかばったのは本当だったのだから。


「わかりました。あとは、先生がうまく言っておきます」


 席を立つ。


「あなた達は、もう帰っていいわ」


 そして、帰り際――茉莉にこう言った。


「……鈴木さん、見過ごしていてごめんなさい。今更だけど、これからは何かあったら相談してちょうだい」


 本当に、今更だった。

 現実は、彼女の認識以上に最悪に至っている。けれども、その頭を下げる光景に――


「はい、わかりました」


 頷く茉莉。彼女にも、心に疼くものがあった。

 確かに、女性教師は気付いていて見過ごしていた。けれども、茉莉自身が強く相談していたら――何か、違っていたかもしれない。女性教師は弱くはあったが、善良な人間でもあった。

 そのことが、今の態度で理解できる。


 何かが少しずつでも違っていたら、こんな結末にはならなかったのかもしれない。


       ◇


「……あのふたりは、仕方ないのよ」


 重い気持ちで校門を出た茉莉と理恵。先に口を開いたのは、理恵だった。

 茉莉に言い聞かせると同時に、自分自身にも言い聞かせていた。罪悪感と恐怖と、後悔。こみ上げてくる不快な感情を、押し殺そうとする。


「自業自得だもの、仕方ない」


 茉莉の瞳を見ようとして、それはできずに、視線を逸らす。


「…………」


 茉莉はうつむく。何かを考え込んでいる様子だった。


「だって、どうにもならないでしょ?」


 彼女が何かを言う前に、理恵は悲鳴になりそうな声でさえぎった。

 くろうねりという怪異が、ふたりをさらって行ったなんて誰が信じてくれる。

 ありえないことだった。そんな現実に、誰が対処してくれるというのだろう。

 結局、茉莉と理恵は普通の少女に過ぎない。超常たる事実に何もできはしない。


 ――そう、普通の人間ならば。

 彼女達だけならば。



「嬢ちゃん達、何かお困りかい?」


 唐突に、声がした。

 子供のような、澄んだ声。

 茉莉と理恵はあたりを見回すが、姿はない。


「……え、え?」


 先ほどの怪異もあり、青くなる理恵。

 逆に、茉莉は少し冷静だった。理恵よりも早く、声の主に気が付く。


 声は、足元からだった。


 その姿に、最初は戸惑うが――割と素直に受け入れていた。少し遅れて気付いた理恵は、ありえない光景に小さな悲鳴を漏らす。


「何かやばい出来事に遭った、そんな匂いがしてるぜ?」


 話しかけてくるのは、一匹の小さな猫だった。


 夕暮れの陽を浴びて、金色にも見える茶トラの猫。それは、明らかにヒトの言葉を話していたのだ。


       ◇


「ついてきな」


 ふたりから事情を聞くと、猫はそう言って歩き出した。


「…………」


 ついていこうとする茉莉の肩をつかんで、理恵が引き止める。


「ちょっと、本当に行くの?」


 不安そうな表情。無理もない、それが普通の反応だ。人語を解する猫、まともであるわけがない。


「助けになってくれるって、言うし」


「だ、だって! さっきのこともあったでしょ? お化けは、本当にいるんだよ。あの子だって――」


 そこで、言葉を小さくする。少し離れた場所で振り返る、不思議な猫に視線を向けながら。


「……まともじゃないかも、しれないじゃない」


「でも、放ってはおけないよ」


 そんな茉莉の言葉に、理恵は頭に血が上った。


「あ、あんたは――お人よし過ぎるのよ!」


 静香と洋子のことなんて、もう気にすることはない。少しは後ろめたいけれども、彼女達の自業自得だ。     くろうねりの言っていたとおりだ。

 この場で自分達――特に茉莉が危険を抱えてまで、事態を収拾することなんてない。


「大丈夫」


 微笑む茉莉。


「理恵ちゃんは、先に帰ってて。この猫さんには、わたしだけがついていくから」


 心配させまいと振舞ってはいるが、かすかな不安が見て取れる。 

 そんな友人を見て、ひとりで行かせるわけにはいかない。


「仕方ないわね」


 理恵は苦虫をつぶして、苦笑して、あきらめたように肩を落とした。


 この友人――親友が、普段は気が弱いくせに、ここ一番で妙に頑固であることを思い出したからだ。



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