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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の漆「貴方の後ろの、影法師」
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 柏木浩二を救ったのは、言織達ではなかった。

 もっと彼自身にとっては、さしたる問題はない。

 救われた事実。結果は、変わらないのだ。


 彼が意識を取り戻したのは、公園のベンチ。

 襲われていた路地裏ではなかった。

 目を覚ますと、ひとりの少女――言織が立っていた。 


「助けてくれたんですよね?」


 完全に状況を把握は出来ていないけれど、それだけは確かだろう。


「ありがとう、ございます」


 その言葉に、言織は顔をしかめた。


「余計なお世話だったかもね」


 そう言って、見せる。

 破れた紙切れ。その原型は、ヒト型だろう。

 それは、青色。

 思い出す。

 あのおまじないで、自分の誕生月だとされていた色だ。


「心当たり、ある?」


「……はい」


 それだけで、話は通じた。


「諦めるくらいなら、死んだ方がマシ。それだけの夢あったみたいだね」

 

 それを、諦めた。

 諦めて、だらだらと生きていた。

 

 ――だから、あれは、自分を殺しに来たのだ。


 

「…………はい」


 痛みをともなって、柏木浩二は頷いた。


「あれさ、本当にあなたを殺せたよ」


 言織は言う。


「だから、君は助けるべきじゃなかったのかもしれない。だって、これから先の人生、あたしには責任持てないからさ」


「…………」


「たださ、これが初めてだったよ」


「え?」


「この影法師、殺しにくるって奴ね。十体くらいやっつけたけど、どいつも殺す真似程度で、本当に当人を殺す力なんてありはしなかった。だけど、あなたのこれは――そうじゃなかった」


 言織は、まっすぐに自分を見つめてくる。

 その視線から、目を逸らせなかった。


「それだけ、本気の想い、あったんでしょ? だからさ、無責任な言葉だけど――あなたには生きてほしいな」


「…………」 


 返す言葉が、見つからなかった。


「ん、じゃあね」


 言織はもう少し浩二を見てから――踵を返した。

 彼女の仲間らしき姿も、それに続いた。

 

 浩二は、その場にひとりになって――

 うつむくと、少しだけ泣いた。


       ◇


 ここより、話は代わる。

 実際に柏木浩二を救った、彼女の顛末を――語ろう。

 彼女に、名前はなかった。


 自分の生まれた瞬間は、おぼろげにしか覚えていない。

 気が付けば、そこに在り、まどろみから目覚めるように意識を持った。

 髪の色は真黒だが、その容姿は言織と呼ばれる少女と瓜二つ。妖魅の道具で、ヒトを怪異に誘う不吉の少女。 

 彼女は、自分がそういう存在だと、ぼんやりと自覚した。


 ヒトは、愚かだ。

 自覚をしながら、あるいは無自覚のまま、誘いに乗って堕ちていく。

 彼女自身が生み出したものではないが、才能と呼ぶ運命を司る卵があった。そこより生まれた怪異を食い物とし、自らの欲望を叶えた青年がいた。

 歌手として大成を果たした青年の名前は、那山忠彦。

 その代償として、罪悪感と孤独を抱えて生きていく。

 けれども、同じモノを前にして、全く違う選択をした青年もいた。


 市東正春という青年。

 彼は甘い情を捨てきれず、自らの夢の成就を拒絶した。

 結局、才能は実らずじまい。青年が渇いてきた年月を思えば、彼女には理解できなかった。当然に怪異の犠牲を選ぶものと思っていた。

 それから、美しい女性の姿となった怪異と共に暮らすようになった。

 夢は叶わずとも、それなりに幸せそうであった。


 彼女は、少し疑問を持った。

 けれども、自分の存在の方向性に従う。

 ヒトに不吉を招く怪異として、行動を続けた。  

 ある時は、見通す眼鏡を手渡した。

 ある時は、紛い物の命をなぞるヒト型を手渡した。

その結果は、彼女の予想を裏切った。

 眼鏡を受け取った少年は、望む結果が出たことに後悔をした。

 ヒト型を手に入れた少女は、偽りの父を拒絶した。その危機に駆け付けてきたのは、少女の本当の父親だった。


 ――ヒトという存在に、興味を持った。


 そうして、今回。

 またも、自分には関わりのない怪異に巻き込まれた、ひとりの人間。

 柏木浩二。

 その影法師は、彼を殺せる存在だった。

 他の影法師が偽物の殺人鬼であった中、彼の影法師は本物だった。

 今回、助けは間に合わなかった。

 放っておけば、目の前で殺された。


 助ける理由はなかった。

 同時に、見捨てる理由もなかった。

 だから、気まぐれか。何かの必然があったのか。

 ただ、ふと思ったのは事実だ。

 助けたら、どうなるのだろう? 

 黒い少女は、柏木浩二の命を救った。

 周囲から放つ、無数の黒い錐。彼を殺そうとした影法師を射抜き、貫いた。

 悲鳴のような金切り声を上げて、影法師は消え失せた。


「……君は?」


 戸惑う柏木浩二。

 少女は視線の力で、眠らせる。自分の役目は、ここまででいい。状況の説明、後のことは彼女達に任せればいい。

 すぐに来るだろう。

 言織と呼ばれる妖しの少女と、仲間達。


 少し気にかかるのは、それまで自分の存在が保てるか――そのことだった。


 ヒトを救ってしまった。 

 その行動は、彼女自身を殺すことと同義であったのだ。

 存在の方向性。

 鎖我と呼ぶ。

 生まれたての怪異は、生まれ方に縛られる。

 彼女は、そもそもヒトを破滅に導く怪異。断じて、ヒトを救う怪異ではない。

 それゆえに、ヒトを救ったその行動は、彼女の在り方を否定した。

 ある程度に年経た怪異であれば、自らの在り方に抗うことも可能であっただろう。しかし、彼女は怪異としてはまだ幼い。


 だからこそ、その矛盾が彼女自身を殺すのだ。


 自己犠牲。

 悲壮な決意。

 そんなものは、特段なかった。

 眠るように意識が消えていく――悪い気分ではなかった。

 心残りは、その少女と言葉を交わせなかったことだ。

 困惑するように――消えていく自分を見つめる、自分と容姿がよく似たその少女。

 言織と呼ばれる少女に、もっと早く会いに行けばよかったのだ。


       ◇ 


 間に合わなかったはずの、路地裏。

 柏木浩二が、うずくまっている。

 自分の足元に転がるのは、殺人影法師の成れの果て。真黒い紙の、小さなヒト型。


「……どういうことだったの?」


 引きちぎれたそれを拾い上げて、言織はつぶやく。


「多分、さっきの彼女が助けたんだろうね」


 近付いて、浩二の息を確かめた景が答えた。どうやら、意識を失っているだけの用だった。


「でも、あの子はさ……?」


 振り返る言織。背後に立っていた宵崎とロクスケは、顔を見合わせた。ふたりには、ある程度の推測ができているようだった。


「鎖我に逆らったんだろうな」


 近付いてくるロクスケ。


「さが?」


 聞きなれない言葉だった。


「生まれたての怪異……妖怪にまだ至ってない存在ってのは、生まれ方にその在り方が大きく左右されるってのは知ってるよな? そいつを、鎖我って言うのさ」


「……それは、知ってるけどさ」


「特に恐怖怪談系から生まれた奴ってのは、タチの悪いやろーが多い。人間に危害を加える類いが、ほとんどだ。今回、俺らが追ってた娘っ子も、そうだった」


「…………」


 ロクスケの説明をおとなしく聞く。


「……そのはずだったのが、何かの拍子にこの人間を救っちまったんだろう。だから、矛盾が生じた。そのせいで、存在を保てなくなっちまった――そんなとこだろう」


「極めて稀な結果だが……今までも、数回ほど見たことがある」

 

 宵崎が続けた。


「特に、人間霊が悪霊の類いと化した場合……生前の人間の意思や良心が勝る場合がある」


「今回は、人間霊だったってこと?」


 言織は眉をひそめた。


「……あの子、あたしに似てなかった? 気のせい」


 額を抑える。

 奇妙な感覚。少しだけ、吐き気にも似た不快感。


「もしかしてさ……あたしの中にある、記憶の欠落に関わってるのかな?」


「いずれわかる」


 ロクスケは言織の前を通り過ぎて、浩二の前に立ち止まった。


「とりあえずは、一件落着だ」


        ◇


 そうして、ひとつの事件は終わりを迎えた。

 けれど、これで終わりではない。

 そもそも彼女は原因たる元凶ではなく、八津代にて瘴気が色濃くなったがゆえに生まれた怪異の結果。


 ――今より、十年前。

 この町で、人知れず×××あった。

 表向きは、不審火による放火。容疑者の名前がテレビで報道され、事件は解決した。

 それが、とある組織の暗躍によるものであったことなど、町の住人は知る由もない。

 太古より、今に至るまで、ヒトの歴史の裏側で××続けていた者がいることなど、この国に住まう人々は知らない。

 ×魔×。

 超常××××××××××××××。

 十年前の真相×××××××××××××××××知る者は限られている。

 

 結果だけは、残った。

 ×××××、その忌むべき呼び名は沙惨華。戦前より、ヒトの歴史に潜み、ヒトの日常の裏側より、ヒトを破滅に誘い続けてきた凶悪×××。

 人外にして、人害。

 ×××熾烈を極め、×××××××××××幾人か失った。

 もし×××××完全に××していれば、この国の大半は地獄と化しただろう。

 それを思えば、××犠牲と言えたであろう。

 

 それでも、払った代償は、少なくない。

 

 怪異は、生まれ続ける。

 ヒトが、ヒトとして生き続ける限り。

 その想いが、ヒトならざるものを生み出すのだ。

 新たな脅威も、生まれ得るのだ。

 ×××爪痕。その結果。

 この町では、新たな怪異が生まれやすくなった。

 

 人々は、知らない。

 何も知らず、日々を過ごしていた。


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