一
夢の叶う、おまじない。
まずは身体を洗って、身を清めます。
誕生日の色を示す紙を用意します。
その紙を、ヒト型に切ります。
その紙に、マジックで氏名、生年月日を書きます。
自分の絶対に叶えたい夢を書きます。
※常識的に考えて、可能の範囲の夢でないと効果がありません。
その紙を、深夜の午前十二時から、午前十一時五十九分まで身に付けてください。多少の時間の前後は、問題ありません。大事なのは、信じる心です。
最後に、その紙を燃やしてください。
立ち上った煙を、全身に浴びてください。
その時に、ある言葉を叫んでください。
これで、おまじないは終わりです。
※いつ実行しても構いませんが、誕生日に近いほど、効果があります。また、誰かに実行したことを知ってもらうと、その効果が倍増します。
◇
荒垣瑛一は、鋭く舌を打った。
明らかに不機嫌そうな顔で、不機嫌そのもので毒づいた。
「くそったれ」
東京の商社に通う、今年三〇を数えるサラリーマンである。
毎日毎日、一時間かけて電車で通う。無能な上司と馬鹿な同僚。やりたくもない仕事。やりがいのない、ルーチンワーク。ストレスが溜まって仕方がない。
今日は、有給を取っていた。
上司には皮肉を言われたが、知ったことか。毎日毎日、頑張っているんだ。休みたい時に休んで、何が悪い。自分のノルマは達成している。文句を言われる筋合いはない。
しかも、今日は誕生日だ。
誕生日くらい、好きなように過ごしたかった。
とはいえ、独り暮らし。誕生日を祝ってくれる家族はいない。友人も、最近は疎遠になっている。
持て余して、駅の周りをぶらつくことにした。ふと目を引いたのは、パチンコ屋の派手なのぼり。
新装開店のあおり文句が、目に飛び込んできた。
今日は、誕生日だ。
きっと、勝てるはずだ。
勝てるに決まっている。
と。
至極自分勝手な思考を経て、パチンコ店に踏み入った。
そして、今に続く。
ろくに食事もせずに、気が付けば四時過ぎ。気が付けば、五万円あった財布の中身は、残り一枚になっていた。
「最後の勝負だ」
スロット台の液晶画面は、敵と戦うロボットを映していた。これで、ロボットが勝てばボーナス確定。
とはいえ、せいぜい得られるメダルは二〇〇枚ほど。換金して、約四千円。すでに、四万の負けを取り戻すのは難しい。
しかし、英一の頭には、そんな冷静な考えは残っていなかった。
わけのわからない決意を決めて、最後の一万円を両替する。そうして、千円札をスロット台の横に差し込んだ。換金されるメダル五〇枚。
さあ、継続だ。
そうして、冒頭に至る。
最後の最後で煽られて、はずれだった。
五万円は、これで消える。
ついでに、貴重な一日もほとんど終わっていた。
「ち、ざけてんじゃねえよ」
ぼやいた瞬間、となりの客と目があった。若い男。気の弱そうな、眼鏡をかけた二〇ほどの男だった。いわゆる萌えキャラを題材とした台を打っていて、なかなかにメダルが出ていた。
不愉快だった。むかついた。
威嚇するように、睨みつける。ビクッとして、そっぽを向く。
少しだけ、溜飲が下がった。
本当に、ほんの少しだった。
全然、足りなかった。
「くそ、面白くもねえ」
店を出る。
気分は最悪だった。
このまま帰れる気分でもない。
女遊びでもして行くか。
どこかで金を下さないといけない。
そう思って、角を曲がった。
――そうして、
世界が、切り替わった。
「……あ?」
声を漏らす。
どこかの路地裏だった。
こんなところに来た記憶はない。
それに、ひどく薄暗い。
さっきまで夕方だったはずだ。まだまだ明るかったはずだ。
それが、一転していた。
「おいおい、何なんだよ?」
辺りを見回して、不意に、背筋がそそけだった。
背後に、気配を感じたのだ。得体の知れない、ねばつく感覚。
はじかれたように、振り返る。
誰もいなかった。
ついでに、今来たはずの道もなくなっていた。そこは、突き当たりになっていた。
「……な、な、なな?」
恐怖に震えて、振り返る。
そこには、立っていた。
真っ黒いヒト型。
影そのものが、擬人化したかのように。
ちょうど、自分自身の影が。
そして、それは明らかに自分に敵意を向けていた。
正体のわからない何かを前に、それだけはわかった。
それで、充分だった。
荒垣栄一が、ぶざまに腰を抜かして、みっともない悲鳴を上げるには、こと足りた。
影は、ナイフのようなものを掲げて――それすらも、真っ黒――飛びかかってきた。
次の瞬間、荒垣瑛一は横に転がった。
自分でよけた、わけではない。
影のナイフが届きそうになった刹那、横ざまから誰かに蹴り飛ばされたのだった。