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 自分に近づいてくる『お父さん』に、向かい合った。


「……どうして!」


 亜矢は、わめく。

 彼女には、わからなかった。


「どうして、逃げてくれないの!」


 悪いのは、自分なのに。

 罰を受けるのは、自分のはずなのに。

 


「亜矢、逃げるんだ」


 父親は、自分を見て、優しくそう言った。

 それは――命懸けで、娘を守ろうとする父親の姿だった。

 

 その父親に向かって、『お父さん』は大きく手を振り上げた。

 


「――ねえ、どうして!」


 どうして、そこまでして、自分を守ろうとするの!

 絶叫をともなった、問い掛けに、

 


「それが、父親ってもんじゃあないの?」


 少女の声が、それに答えた。

 

 強い風が、吹きぬけた。


      ◇ 


 突き抜けたのは、弾丸だったのか。

 一瞬、状況がわからない。

 地面に倒れ伏した『お父さん』。

 そのとなりに、ひとりの少女が立っていた。

 腰までの白い外套をまとい、左右に縛った髪に、小さな長方形を並べた髪飾り。巫女や神主が手に持つ錫杖に、くくる紙の形に似ていた。

 愛くるしい顔に、どこかふてぶてしい、頼もしさを彩った少女が――そこにいた。


「……あ、あ」


 それは、ひと月ほど前。

 旧校舎で助けてくれた、ひとりの少女だった。


「危ないところだったな、嬢ちゃん」


 下から声。

 見ると、黄金の毛並みの子猫が、ヒトの言葉で話しかけてきた。もう驚かない。

 その猫にも、見覚えがあった。


「亮介、その人は大丈夫?」


 少女――言織は、亜矢から顔を背けた。肩越しに、亜矢の父親を見る。

 その先では、父親の身体を、ひとりの青年が抱きかかえていた。ほっそりとした、眼鏡をかけた優しそうな青年。

 彼には、見覚えがなかった。


「うん、大丈夫だ」


 亮介と呼ばれた青年は、大きく頷いた。父親の胸のあたりを、さすっている。よく見れば、薄くぼんやりと光っていた。

 アニメで見た、回復魔法みたいな光景だった。


「命に別状はないよ。まあ、後できちんと病院で診てもらう必要はあるけどね」


「まあ、一般人に蒼の多用はきっついからね」


「……貴方達は?」


 亜矢の父親が訊いた。


「まあ、正義の味方ってところかな」


 言織がひょうひょうと答えて、


「ただの傀儡か」


 うずくまる『お父さん』を見た。少しだけ、口調が凍る。


「後腐れなくて、いいね。んじゃ、さっさと終わろうか」


 左手を、ひるがえした。そこに現れたのは、何枚かの小銭。形状は、五円玉に似ていた。 六紋銭。

 言織が扱う、道具の名前。


「……ぐ、ぐうああああっ!」


 起き上がった『お父さん』が、獣のような声を上げて――言織に襲い掛かった。

 亜矢と父親が、身体をこわばらせる。

 ふたりだけが、顔色を変えた。

 言織は、きっと顔色も変えずに。

 あっさりと、終わらせた。

 

    ◇

 

 まぶしい光が広がって、消えた。

 亜矢が目を開くと、言織が何かを拾い上げるところだった。

『お父さん』が消えて、代わりに転がったヒト型。亜矢が赤いペンで『お父さん』と書き込んだ紙は、少し焦げていた。


「……あ、あの」


 うまく言葉が出てこない亜矢。


「どうも、ありがとうございました」


 その向こうで、父親が亮輔と言織――ロクスケにも、お礼を言っていた。


「助かりました。何か、お礼を」


「いえ、別に」


 亮介は頭を振った。


「そういうわけには」


 父親は、食い下がる。命の恩人だ。当然かもしれない。


「んー、どうするよ? 亮輔」


 言織が困ったように、亮輔を見た。


「……そう言われてもなあ」


 救いを求めて、ロクスケを――

 ロクスケに、言葉を投げかけようとした。

 すでに、足元に子猫はいなかった。


「あーっ!」


 ある一点を指さして、声を上げる言織。

 塀の上を、軽やかに駆けていく後姿。

 面倒なので、後は任せた。

 そんな感じで、さっさと現場放棄していやがった。


「ロクスケっ! てめえーっ」


「にゃーおう」


 白々しく猫鳴き声で、疾走していく。

 言織は走りだし、


「まあ、そういうことで」


 亮輔は軽く頭を下げると、一匹とひとりを追いかけて行った。



 取り残された亜矢と父親。

 少しの間、半ば茫然と言織達を見送った。

 亜矢は、遠慮がちに父親に近付いていく。


「……お父さん」


「大丈夫か?」


「……うん」


 自分こそ痛いだろうに、そんな言葉を投げかけてくる父親。亜矢は、胸が熱くなった。


「ごめんなさい、お父さん」


「いいさ」


 父親は小さく微笑むと、亜矢の頭を優しく撫でた。



 ――その光景を、ずっと遠くから見ている影があった。

 

 ヒトの流れが戻っていく、駅前。

 彼女が使った人払い――人間の意識に働きかけて、一定の場所を避ける術が、もう切れていたからだ。

 亜矢の父親は、様子のおかしい娘の後をつけていた。そして、娘を想う強い気持ちで、その術を破っていたのだ。


「ふうん」


 少し高い、ビルの天井。常人では、決して見えない遠くの距離を、彼女の赤い瞳は殺していた。

 興醒めとも、興味深いとも、あいまいな声音。


「こういう結果ね」


 黒ずんだセーラー服。肩までかかる長い黒髪。

 その少女は、独りごちた。

 それから、何かに気づいたように首を動かす。身体をひるがえす。

 次の瞬間、その姿は幻だったように掻き消えていた。

 


 ――少ししてから。


「……また、逃げられた」


 少女がいた場所に、ひとりの少年が立っていた。

 右目を、垂らした黒髪で隠した、少女のような少年――景。後ろには、宵崎も一緒だった。

 悔しそうに、つぶやいたけれども、


「…………」


 しゃがみこんで足元を、指で探ってみた。

 すると、その指に、黒いもやのようなものがこびりついた。


「……残滓(ざんし)


 少しだけ、微笑む。

 それは、彼女の妖気の残り香だった。

 ほんの些細な、かすかな染み。けれども、景は見逃さなかった。

 


「――次は、逃がさないよ」

 

 

 

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