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 目覚めは、ひどく奇妙だった。

 とても頭が重いはずなのに、かえってすっきりとしてしまっていた。

 少女の赤い瞳に覗き込まれて、まるで催眠術にかかったみたいに、意識が薄れていって――いつの間にか、眠り込んでいた。

 夢だったのかだろうか。

 違う。

 夢じゃない。

 枕元に、置いてあった。


「…………」


 亜矢は、手を伸ばす。起き上がって、じっと見る。

 馬鹿らしい。


(……そんなこと、あるわけないじゃない)


 そう思って、ベッドから出ると、机の上に置き去りにした。

 部屋を出ようとして、少しためらった。父親と母親に、どんな顔をすればいいのだろう。 だけれども、

 お腹が鳴った。トイレにも行きたい。

 このまま引きこもっているわけにもいかない。

 意を決して、外に出た。

 


「……おはよう、亜矢」


 下に降りると、母親がいた。ばつが悪そうだった。亜矢も、あいまいに言葉を返す。


「うん、おはよう」


「ご飯、どうする?」


「……食べる」


「すぐ、温めるわ」


 そそくさと、奥に引っ込む。

 ダイニングの時計を見る。驚いた。 

 もう十時近くだった。あきらかに寝過ごしだった。

 あたりを見回す。父親の姿はなかった。


「……お父さん、もう出かけたわ」


 母親が、声をかけてきた。

 明日まで出張らしい。他の業者への納期か何かで、不手際があったらしい。現場の責任を取るために、東京まで発ったとのこと。

 母親の言葉を、亜矢は意識的に聞き流した。

 砂を噛むような思い。

 空腹なはずなのに、半分くらいしか食べれなかった。


「……ちょっと、出かけてくる」


 中途半端な朝食を終えて、立ち上がる。


「お昼は?」


「ん、適当にするからいい」


「ちょっと待っててね」


 言うと、母親は財布からお金を取り出した。


「これで……何か好きなもの、食べてきなさい」


 千円札が二枚。一応、受け取る。


「お父さんのこと、許してあげてね? また今度、出かけましょう」


「うん」


 イラっと来たけれど、それを出すのも、もう面倒だった。

 亜矢は臨時のお小遣いを手に、家を出た。

 

      ◇

 

 歩きながら、携帯電話を取り出す。少し古いモデル。

 それこそ、朱里あたりが見せびらかすような最新型には程遠い。そう言えば、数日前、父親に買ってもらったとか言ってた――ような気がする。


(……まあ、どうでもいいけどね)


 独りでも、手持無沙汰だ。翔太に連絡を取りたいなと思ったけれども――やめた。今じゃ、父親のことを愚痴るだけだ。きっと、自分が情けなくなる。それは、嫌だった。

 目的地もなく、ぶらぶらと歩く。なんとなく、駅前にたどり着いた。


「……あ」


 たまたま目に入った、ショーウインドウに並ぶ最新携帯。はやりの最新モデルだった。


(少し、欲しいかなー)


 そんな思いがよぎった時、声をかけられた。


「あれ、笹原さん」


 そちらを振り向いて、思わず顔をしかめてしまった。

 あろうことか、須藤朱里だった。父親らしい男性が、となりに立っている。人のよさそうな、恰幅のいい恰好。自分の父親より、ずいぶんと年上のようだった。


「お友達かい?」


 朱里に声をかけた。


「うん、パパ~」


 甘え声で、答える。


(パパ~じゃねーっつの!)


 心の内を知ってか知らずか――いや、どちらにしても、亜矢の神経を逆なでするのは、変わりない。そして、それは朱里にとっては望むところだろう。


「こんなところで、どうしたの?」


「別に」


 冷淡に答えるものの、その視線が、朱里の手元に行った。大事そうに抱えた、小さな紙袋。


「これ? えへへ~、最新のスマートフォン。パパに買ってもらったんだ」


 別に聞いてないし。聞きたくないし。亜矢のむかつきが、更に揺れた。


「あっそう」


 朱里のいちいち腹の立つ言葉を、聞き流し――は、できなかった。少しの間、やりとりをして、打ち切った。


「ごめん、急ぐから」


 無愛想に言い放って、ほとんど駆け足でその場から離れた。

 


 小走り程度だったのが、いつの間にか本気で駆けていた。

 公園で立ち止まり、荒い呼吸を整える。手近なベンチに腰掛けて、頭を投げ出した。

 最悪だった。

 なんで、よりにもよって、須藤朱里と出会うのだ。このタイミングで。しかも、向こうは父親と一緒だった。ほんとパパ~じゃねえよ、まったく!


「あー、まったくむかつく!」


 ため息とも怒りともつかぬ声。大きく身体を揺さぶると、その拍子に零れ落ちた。


「ん?」


 足もとに落ちた――

 それは、一枚の紙きれだった。

 黒く、真黒いヒト型の。


「……何で」


 つぶやく。

 少し、声が震えていた。


 

 ――ねえ、欲しくない?

 

 休日は、買い物に付き合ってくれて、遊びに連れってくれて――仕事仕事なんて、言わない、そんなお父さん。

 

(……バカバカしい)


 そう思いながらも、その手は、落ちたヒト型を拾い上げていた。

 

       ◇ 

 

 ファーストフード適当に昼をすませて、何も買わないまま、家に帰った。

 おざなりに母親にただいまを言って、部屋に向かう。

 なんだか、妙に疲れた。

 ベッドに寝転んだ。

 うとうとしていたら、ドアを叩かれた。


「……ん?」


 まぶたをこすって、起き上がる。気が付けば、赤い日差しが部屋に差し込んでいた。

 結構、時間が過ぎていたようだ。


「亜矢、ちょっといいかしら?」


 ドアの向こうで、母親の声がした。


「……何?」


 少し不機嫌そうな声で、ドアを開ける。


「ポストに、こんなものが入っていたんだけど……心当たりある?」


「……え?」


 朱里が持っていた紙袋と同じものだった。つまり、あの携帯ショップの買い物袋。メモが貼ってあった。

『亜矢へ』と。

 訝しく思いながら、亜矢は受け取り、開けてみる。

 出てきたのは、最新のスマートフォンだった。それも、亜矢が好きな水色で、形もかわいらしく好みだった。


「誰からかしら?」


 母親が、首を傾げる。

 亜矢も訝しげに思ったけれど、当たり前のように、頭によぎった。


 

 ――お父さん。

 

 父親ではない。亜矢が、ヒト型に願った『お父さん』

 

(……本当に?)

 

 ――本当、なの。

 


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