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「ねえ、欲しくない?」


 赤い瞳の少女は、怪しげに笑う。

 差し出してくるのは、人型の紙。異様に真黒く、どこか禍々しい。

 けれども、それが――

 今、彼女にとってはこの上もなく、至上に思えた。

 思えてならなかった。

 凶の少女の、甘い声。それが、とても心地いい。

 笹原亜矢は、その声に誘われて――手を伸ばす。


 

「欲しいでしょう?」


 伸ばしてしまう。


「理想のお父さん、欲しいでしょう?」

 そうして、少女の差し出すものを、受け取ってしまった。


      ◇

 

 とある放課後。

 杉本翔太が通う小学校。

 彼は、とある事件をきっかけに仲良くなった久保田正志と、笹原亜矢と一緒に廊下を歩いていた。

 ちなみに、同じくその事件の折、亜矢と接近するきっかけもあったのだが――翔太自身が奥手なこともあって、関係は現状維持である。

 歩いていくと――廊下で、群れる女子がいた。ひときわ華やかな女の子に、何人かの女の子が群がっている。

 何やら楽しそうに話していて、輪の中心にいた女の子が、翔太達――いや、亜矢の姿に気が付いた。


「笹原さん、こんにちは」


「あー、ん。どうも」


 微妙に顔色が変わったのは、翔太の気のせいだったのか。


「今日も杉本君と一緒? うらやましいわね」


「まーねえ。そっちは、何なの? なんだか、楽しそうだけどね」


「別に? ただ、今度の日曜日に、わたしのヴァイオリン発表会があることで、ちょっとね」


「さいですかー」


「パパも、応援に来てくれるの? 笹原さんも、どう?」


「ごめんね、わたし。そういうの、よくわかんないわー」


 何だろう。


「…………」

 横で聞いていて、見えないトゲトゲの応酬を感じる翔太だった。


「なあ、行こうぜ」


 正志が、助け船を出す。


「あ、そうだね。それじゃあ」


 亜矢は手を振って、心なしか早足で歩きだす。


「亜矢ちゃん、今のは……」


 振り返りながら、気遣うように翔太が訊ねた。


「四組の須藤朱里」


 亜矢は、言った。明らかに、不機嫌そうだった。


「去年、同じクラスだったんだけど……びみょーに、わたしに突っかかってくるんだよね」 苦虫をつぶした感じで、つぶやく。


「ったく、何がヴァイ・オ・リ・ンだっての。上流気取りやがってさー」


「ふーん」


 正志は、相づちを打った。


「金持ちなのか」


「多分ね」

「いいなー、きっとカード買い放題だろうなー。レアカード、たくさん持ってるんだろうな」


「正志君……ちょっとそれは違うと思う」


 割と本気でうらやましがる正志に、翔太は突っ込んだ。

 

     ◇

 

「それじゃあねー」


「おう」


「また明日」


 帰り道、亜矢はふたりと別れる。

 独りになると、よみがえってきた。

 朱里の、言葉。

 自慢げに話してた姿に、イライラしてきた。


(パパだって? ファザコンなんじゃないの!)


 あれは、あきらかに自分に喧嘩を売っていた。

 思い出す。

 三年生の運動会の時。

 自分は、父親が突然これなくなった。

 約束していたのに。急な仕事だった。そのよこで、朱里は家族三人ではしゃいでいた。被害妄想じゃない。確かに、こちらを意識していた。

 母親に、文句を言っていた自分を見て――にやりと笑いやがった。


 忘れるもんか。

 それからだ。

 ことあるごとに、聞こえよがしに父親の話題をしてくるようになった。

 やれ何々を買ってもらっただの。やれ、どこどこに連れて行ってくれただの。

 見た目は可愛いし、華もあるので、それなりに人気者だった。

  三年、四年と二年間同じクラスだったので、本当に――ずいぶんと不愉快な思いをさせられたものだ。

 何かと自分に、突っかかってきていた。向こうが勝手にライバル意識を持っていたんだろう。迷惑な話だ。

 勉強も運動も、自分が少し上だったので――そこが、弱点だと思ったに違いない。

 だから、五年生になって別々になった時は、心底ほっとした。

 ――それなのに。


(あーっ、ほんとイライラするわね)


 ひとり、いきり立つ。

 もっとも、それも、家が近付くにつれて収まってきた。

 来週の日曜日。

 家族で、テーマパークに行くのだ。

 大きな仕事が片付いたとかで、父親の予定も落ち着いていた。家族で――と、いうより父親とお出かけ。ずいぶんと、ひさしぶりだ。

 とても、とっても楽しみだ。

 うんと甘えよう。うんと楽しもう。

 人のことは、言えない。

 亜矢自身、十分にファザコンだった。

 

      ◇ 

 

 夜。

 八時前に、父親が帰ってきた。

 自分の部屋で漫画を読んでいた亜矢は、玄関の方からの声に気が付いて、顔をあげる。階段を駆け下りて、「おかえりー」と出迎える。


「……ああ、ただいま」


 疲れた顔で、微笑む父親。亜矢は、カバンを受け取った。夕食の支度をしていた母親が、台所から顔を出す。


「おかえりなさい」


「ただいま」


 父親は母親にもあいさつを返して、靴を脱いだ。

 それから、お風呂だ。夕ご飯は、三人一緒に食べる。

 先月はずっと帰りが遅い時が続いたけれど、最近は、ずっとこんな調子だった。

 学校であったことを話しながら、楽しい夕食。

 朱里のことなど、とうに吹き飛んでいた。


「そういえば、亜矢。最近、翔太君とはどうなの?」


「え?」


「仲良くしてるの?」


 母親の質問に、亜矢は箸をとめる。


「別に、ふつーだよ」


「そう?」


「んもー、翔太とは別にそんなんじゃないの。変なこと、言わないでよー」


 頬をふくらませるけれど、満更でもない。だけど、ちょっと恥ずかしかった。


「ねえ、お父さん?」


 照れ隠しに声をかける。


「……ん? ああ、何だい?」


 父親は、気もそぞろだったようだ。


「どうしたの? なにか、考え事」


 少し不満そうに尋ねる亜矢に、母親も続ける。


「おいしくなかった?」


「え? いや、そんなことはないよ」


 不安そうな母親の声に、笑って答える父親。それから、自分の言葉を肯定するように、ご飯をかっこみ始めた。

 


 ――今日は、そのくらいだった。

 



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