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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の壱「黒うねりの儀式」
3/14

『それで――ボクに訊きたいことがあるのかな?』


 怯えて、真っ青になる少女たち。くろうねりは凶悪そうな笑顔を浮かべながら、とりあえず静香に距離を詰める。


「ひっ!」


 短い悲鳴を漏らして、へたりとドアに背中を預けてへたり込んでしまった。

 情けない、とは言えまい。

 いじめっ子であることなど、今は全くの無意味。怪異を前にしては、ただの無力な少女でしかないのだから。


「……あ、あああ」


 ガタガタと震える静香。くろうねりが大きく口を開けば、すぐにでも丸飲みできてしまいそうだ。

 だが、そうはしない。とりあえず危害を加えるつもりはないのか――それとも、なぶるつもりなのだろうか。


『何か、知りたいことがあるんだろう?』


「……は、はは。あ、あのあの……!」


 今にも気を失ってしまいそうな様子だが、何とかこらえているようだ。静香は、どうにか言葉を絞り出す。


「あ、あなた――く、く、くろうねりさん……なんですか?」


 バカげた質問だ。けれども、そんな言葉しか出てこない。こうなる前は、面白おかしくどんな質問してみようか――などと、洋子と一緒に話題にしていたくらいなのに。


『ああ、そうだよ』


 きちんと質問には、答えてくれる。

 確かに、おまじないの本に書かれていた通りだったのか。ガタガタ震えるだけの静香に興味を失くしたのか、次は教室の窓際に立ち尽くす洋子に近付いていった。


『質問は?』


「……ひ、ひああ」


 怯える洋子は、質問すらできなかった。元々彼女は気弱なのだ。

 静香について回るだけで、流されていることが多い。茉莉をいじめようとしたのも、静香が率先していたぐらいだ。


 けれども、それが彼女の免罪にならないだろう。加担した以上、共犯である。


『それで』


 とりあえず静香と洋子に声をかけたくろうねりは――今度は、茉莉と理恵に狙いを向けた。

 そして、言葉にする。それは、おまじないにあった件だ。くろうねりという怪異が現れたということは、すなわち――


『ボクの生贄は、君なのかな?』


「……あう」


 茉莉は気絶する手前だった。


『黒い右手の生贄』、それが自分だということを知っていたから。


 この先の運命を知って、彼女は泣きたくなった。何て理不尽――どうして自分がこんな目に。ああ、こんなことなら――

 昨日、インターネットで検索していた画面を思い出す。

 憎い相手を呪ってくれる神社。くろうねりが存在するなら、その神社も本当だったかもしれない。先に仕掛けておけば、このような結末にならなかったかもしれない。


 涙がにじむ。食いしばった歯が、がちがち震える。抱き留めてくれる理恵に、しがみつく。


 金井理恵、友人だった少女。

 今は、もう違う。

 いじめっ子の静香と洋子と仲良くなり、自分を裏切った。それでも、今は彼女にしがみついてしまう。仲の良かった時の記憶に、すがってしまうのかもしれない。


 もう友達でない、彼女に。


 ――いや、違う。

 違っていた。

 それとも、戻ったのかもしれない。

 おそらくは裏切った後悔と、その罪悪感ゆえに。


 金井理恵はまたこの時、鈴木茉莉の友人となったのだ。


 一瞬、わからなかった。静香も洋子も、ぽかんとしていた。

 茉莉が理解したのは、少し遅れてからだ。

 理恵のとった行動に――


『……へええ』


 感心したようなくろうねりの声には、感嘆の色があった。

 それが本心なのか、それとも嘲りなのかは――今は、わからない。

 

 理恵は茉莉の右手首から紐を奪い取り、自分の手首に巻いたのだ。


       ◇


 誰もが、その行動の意味を理解できなかった。


「……理恵ちゃん?」


 茉莉が茫然とした声で、名前を呼んだ。 

 理恵は彼女を軽く押して遠ざけると――一歩踏み出した。身体を震わせながら、くろうねりに右手を差し出す。その生贄は、自分だとでも言うように。


 ――そう、理恵は犠牲をかって出たのだ。

 土壇場で、友人を思う気持ちを取り戻したのだ。裏切ってしまった罪悪感もあっただろう。静香と洋子に逆らう勇気を持てなかった。そんな自分を、きっと責め続けていたに違いない。


 静香と洋子も言葉を失い、事態を見守る。

 茉莉がふらつく足で近寄ろうとするのを、理恵は左手で制した。


『君が、代わりになると言うのかね?』

 

 肯定の言葉を、口にすることはできなかった。

 頷くだけで、精一杯だった。その恐怖に歪んだ理恵の表情を満足そうに眺めて――

 くろうねりは、よりいっそう深い笑みを浮かべた。邪悪で、凶悪で、それでいて――嬉しそうに。


『んー、素晴らしい友情だね。美しい自己犠牲だ』


 白々しく、そんな言葉を吐く。勇気を振り絞った理恵と、困惑する茉莉を嘲るよう。くろうねりは、大きく身体を震わした。


『うんうん、いいねえ。ボクは――そういうの大好きだ』


 そして、無情にも理恵を連れ去ってしまうのだろう。そうする性根の腐った怪異なのだろう。ヒトの全盛を嘲笑い、踏みにじる。無力な少女には、そんな現実を前に抗うすべはない。

 

 ――いや、違う。

 そうではなかった。

 くろうねりの言葉は、おそらく本心だったのだ。


 だからこそ――


 ぐにゃりとねじれて、おおきく盛り上がる左右の腕。ぐぐいっと伸びた両手が――ふたりの少女を掴んだ。 


『では、こちらにしようかな』

 

 静香と洋子だった。くろうねりは、本来の生贄ではない彼女達に狙いを定めたのだ。


「……え、え?」


「ちょ、何で!」


『君達、気に入らない。面白半分で友達を売ろうなんて最低だよ。とっても性格悪いよ? ボク、そういうの嫌いだなー』

 

 正論を吐く、くろうねり。確かにそうではあったが――まさかこいつが言おうとは。全員にとって意外過ぎた。


『なので、君達を連れて行くよー!』


 静香と洋子が悲鳴を上げる。それを搔き消すように、大きな風が吹き抜けた。

 茉莉と理恵は身体を丸くして、こらえる。

 そして、おそるおそる目を開いた。


 くろうねりは、忽然と姿を消していた。もちろん、静香と洋子もろともに。



 言葉を失い、茫然とたたずむ茉莉と理恵。

 やがて、誰かが近付いてくる足音がした。

 閉ざされていたはずのドアが開かれて、顔を出したのは生活指導の男性教師。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。


「おまえたち、ここで何をしていたんだ?」


 機嫌の悪そうな様子も、仕方ない。

 くろうねりの起こした突風のせいで――机と椅子の何個かは倒れて、資料の大半が散乱していたからだ。そこだけ見れば、茉莉と理恵が大暴れしていたと思うしかない。

 まさかここに先ほどまで他にふたりと、化け物がいたなどと――想像できるわけもなかった。


 他の教師も何人か、追いついてきた。その中には、茉莉と理恵の担任教師も姿もあった。

 彼女は教え子の姿に気付くと、思うところがあったのか――小さな声を漏らす。

 それから少し迷った素振りを見せてから、おずおずと男性教師に呼びかけた。


「……その、阿崎先生」


「何ですか? 唯先生」


 年若い女性教師に声をかけられて、中年の男性教師は少しだけ態度を軟化させた。


「……すいません、彼女達はわたしのクラスの生徒で」


 ――結果として、彼女が助け舟を出してくれた。

 

 これまで、茉莉へのいじめを見て見ぬふりをしてきた彼女が――今ここで、ほんの少しの勇気を振り絞ってくれたのだ。










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