二
学校近くの小さな公園。
翔太は、ひとりブランコに座っていた。
平日の、お昼過ぎ。
他に人影はない。
行方不明騒ぎのせいで、学校は臨時休校。本当は家に帰らなければいけないのだけれど、とてもそんな気にはなれなかった。
うなだれながら、思い出すのは昨晩のことだった。
◇
本当に、行きたくなかったのだ。
「正志にバカにされてもいいの?」
別に、それはしょうがないとも思ったけれど。
ただ、亜矢がムキになるから、仕方なく付いて行った――
「へへ、雰囲気出てるじゃねーの」
「そうねー」
正志と麻衣はいかにも乗り気。中には、少し震えている者もいたけれど、引き返そうとする声はないようだった。
ただひとり、翔太だけが――
「ねえ、やっぱりやめようよ」
「おい、びびってんじゃねえよ」
口を挟んでくる苅野。つられて、何人かが笑い声をあげた。
亜矢が、不愉快そうに眉をしかめる。
「それじゃ、行こうぜー」
先頭を切って、足を踏み入れる正志。すぐ後を、麻衣。他の面々も続く。
最期に、
「ほら、行くわよ」
亜矢が、翔太の腕をひっつかむ。
「…………」
翔太は、もう一回旧校舎を見た。
真っ黒な闇の中、そびえたつそれは、まるで大きな化け物みたいだった。今にも何倍にもふくれあがって、襲いかかってくるみたいで――
「や、やっぱり嫌だよ!」
翔太は、亜矢の手を振りほどいて、逃げ出してしまったのだ。
「……ほんと、情けないよ」
涙声で、つぶやく翔太。
「やっほ」
そこに、声がかかる。
「え?」
顔を上げると、同じ年ごろに見える少女――言織が立っていた。
「君、あそこのがっこの人? ちっと、話聞かせてくんないかね」
◇
「ふーん、なるほどねえ」
並んで、ブランコに腰かけて。
翔太から事情を聞いた言織は、相づちを打った。
「……警察も、先生達も、僕の話を聞いてくれないんだよ」
「そりゃあねえ」
頭の固い大人達は、そんなものだろう。狭い常識しか見ようとせずに、見えないものは信じない。
肝試しに行った子供達と、言織から見ればおんなじようなものだった。
「僕、僕は……逃げ出しちゃったんだよ」
がっくりと頭を下げる翔太。
自分で自分が情けないよ、と。
「僕は、弱虫なんだ……」
言織が手渡した缶ジュースにも、手付けずだった。
「まあ、そんなに気に病むなよ」
言織が、軽く肩を叩いた。翔太は、怪訝そうに見る。
「君がいなかったら、あたしが事情を聞けなかったしね」
悪いけど、行方不明になった子供達は自業自得だ。
「てかさ、怖いと思ったら近付かないってのも賢明だっつーの」
まあ、だからって、見捨てるのも忍びない。
よいっと、立ち上がった。
「ま、あとは任せといてよ」
「え、お姉ちゃん?」
年頃は同じに見えたが。独特の雰囲気に圧されて、気が付けばそう呼んでいる。
「あたしが、何とかしてあげるよ」
ひょうひょうと、言う言織。翔太は顔色を変えて、立ち上がる。
「そ、そんな! 危ないよ? ……あ、相手は、お化けなんだよ!」
「だいじょーぶだって」
にやっと、笑う言織。
その笑顔は、愛らしい顔を裏切って、何とも頼もしい。
「あたしは、そういうの得意だからね」
それから、ひらひらと手を振ると、言織は歩いていってしまった。
◇
問題の旧校舎。
警察らしき姿が、周囲をうろついていた。
言織達は――少し離れた路地裏から、その光景を観察している。
厳密に言うと、一行のひとり。少女にも見える少年――一野儀景だった。
視線上には建物があり、双眼鏡でも見ることは不可能。
けれども、景は自身の特殊能力――妖術を駆使して、視ているのだった。
普段は隠している左目。髪を掻きあげ露わになったそれは、拳大ほどの血走った眼球。その不気味さが、彼がヒトでないことを語っている。
障害物は透過して。彼の視線は、目的物を。その先までも、はっきりと見据えていた。
「どう?」
景に声をかける言織。
「そうだね」
と、答える。
「結界が張られているね」
問題の旧校舎は、確かに異空間へとつながっていた。現在出入りしている大人達には、認識できない、となりの空間。
「入り口は、すぐには見つからない。子供たちがあっさり入れたところを見ると、夜に自然に開くタイプだろうね」
「子供どもは、無事?」
「生命力の反応、かすかに感じる。一晩以上過ぎている割に、それほど疲労は感じない。きっと、向こう側ではそれほど時間は過ぎていないだろうね」
「まあ、すぐさま命の危機があるって感じでもねーか」
と、言織の頭上でロクスケ。
「出直そうぜ。宵崎も、昼間は調子でねえからな」
迷い家で留守番をしている老人のことを、話題に乗せる。
「夜か」
言織は空を仰いだ。
「んー、とりあえず戻って一眠りしよう」
夜更かししていて、眠いのだ。
欠伸をひとつ、帰途に付く。
作戦開始は、夜が更けてから。
まずは一服、態勢を整えよう。